ライバル女子とヒロイン
「―――大丈夫? シャル。」
泣きそうな声をしながらシャルの安否を気遣うジュリア。
「平気よ。 ちょっと殴られただけだもの。
ふふ。こんなのお父さんの拳骨に比べれば屁でもないわ!」
手足を拘束された彼女達は黒塗りの簡素な箱馬車に詰め込まれ、どこともしれない場所へ運ばれている。
「私なんかの事より、カーミラ婆さんの方が気になるわ。……ねぇ大丈夫なの?」
2人の向かいに同じく両手足を縛られたカーミラを心配そうにシャルが見詰める。
「だ、大丈夫じゃ。げほ、げほ。忌々しいのはこの首輪じゃ。どうも魔力の収束を阻害する効果を持っているみたいでな……。さっきから身体が怠くていかん……。」
カーミラの細い首には無骨な金属製の首輪がつけらていた。
エルフは高い魔力を持つ種族。
その生命維持にも魔力を無意識的に使っているため、魔力を乱されると人間で言うと風邪のような症状が出てしまう。
「うーん。外してあげたいけど、私達も縛られてるし……。あーもう! どうして私の属性は炎なのかしら? こういう時不便で仕方ないわ!
お兄様達みたいにもう少し真面目に訓練をするべきだったわ!」
ぷりぷりと怒るジュリア。
その手には金属製の頑丈そうな手枷が嵌められていた。
「私も水だしね。 それにここで暴れても足枷をされてるから逃げ出す事も出来ないし……。」
2人は平民だと思われていたので、カーミラの様な首輪を付けらていない。
しかし、彼女達の魔法は状況の打開には不向きであった。
これが熟練者だったならウォーターカッターやヒートソード等の魔法を使うのだが、そこまで真面目に魔法を学んで来なかった2人には出来ない芸当だ。
普通の身体能力強化なら出来るが、流石に鋼鉄製の枷を引きちぎる事と出来なかった。
これが赤眼を使えるレオナルドとアランなら、同じ様に拘束されても鉄製の枷程度は簡単に引きちぎれるだろう。
「ありがとう、嬢ちゃん達。 とりあえずここで大人しくしておけば今は問題はないじゃろ。
まぁ問題は、連れて行かれる先がどこかが分からん事じゃな……。」
孫を労るような顔で微笑むカーミラ。
その額には汗がびっしりと浮き上がっている。
2人は座っているのも辛そうなカーミラを何とか馬車の座席に寝かせた。
「多分この街の労働者ギルドじゃないかしら。 あー、思い出したら腹が立つわ! あの三馬鹿トリオ! シャルを殴るなんて! 私、絶対許さないんだから!」
「ありがとう、ジュリア。 いざとなったら2人でアイツらに魔法を打ち込みましょう!
―――私としては他のエルフ達が気になるわ。
アイツらかなり慣れていたっぽいし、もしかしたら皆拉致されて無理矢理働かされてるんじゃないかしら?」
カーミラの店に戻った2人が見てしまったのは、労働者ギルドの3人組がカーミラを誘拐する現場だった。
咄嗟に人を呼ぼうとしたのだが、大人と子どもの力差故にこうして拘束されて馬車に詰め込まれてしまったのだ。
「ありえる話じゃ……。げほっ。げほっ。
ワシの同胞はこの街に300人ほどおっての。
皆派遣労働者になっておるんじゃが、げほっ。げほっげほっ! 皆連絡がつかんくなっとる。
じゃからワシも派遣労働者になれば何か掴めるかと思ったんじゃが……。」
「絶対そうじゃん! アイツら後でぶん殴ってやりましょう!」
「私お父様に言いつけてやる……!」
3人組の文句を言いながらも、手枷を付けられたまま何とかカーミラの汗を拭いてやるシャル。
そんなシャルにジュリアは声を掛けた。
「……前から思ってたんだけど、シャルって平民なのに魔法が使えるんだよね。 やっぱり貴族とか他人種の血が入ってるの?」
普通の平民は魔法を使えない。
戦時の混乱で崩れてしまった不文律ではあるが、それはこの国に長く続いた原則である。
「あー、隠す程の事でもないんだけどね。
私のお父さんとお母さん、若い頃に駆け落ちしたんだって。多分お母さんが貴族なのかな?
だから私は魔法が使えるんだ。」
これは原作ゲームの設定だ。
物語後半で発覚する事実なのだが、この手の演出はシャルとしては嫌いだった。
彼女からすると主人公はあくまでもプレーヤーの写し身なのだから、余計な設定を盛り込まれると没入感を阻害される様な気がするのだ。
だからと言う訳ではないが、彼女は自分の母親がスチュアート侯爵家の三女だった事など吹聴する気はなかった。
「か、駆け落ちかぁ。あ、でもそれってシャルは貴族になるんじゃない?」
「まぁ、その家が私を認めてくれたらね?
でも私にとって大事なのは私。 目的のためならなんだって利用するつもりだけど、それが足枷になるなら要らないわ。
私は貴族令嬢になりたいんじゃなくてデザイナーとして自分のブランドを持ちたいの。
だから私にとっては、パン屋の娘の方が良いかもしれないわね。」
「………………!!」
ジュリアにとってそのシャルの言葉は正に晴天の霹靂だった。
産まれた時からジュリアは貴族として育てられた。 家と領地、民を守る事が貴族の矜恃。
でも、シャルは違う。
そんな物は単なる足枷だと切り捨てたのだ。
「ふ、ふふ。やっぱりシャルはすっごいね。
きっとオーギュスト辺りが聞いたら貴族としての責任感がー!とか言って怒るわ。」
「はん! 義務と権利は分かるけど、こっちは生まれてずっと平民だし? 私みたいな小娘に頼らなきゃならない国や家なら滅びたらいいのよ!
私は私の夢を裏切る気はないわっ!」
ジュリアは高らかに宣言するシャルを眩しそうに見る。
あぁ、シャルはどこまでも純粋で綺麗だ。
自分もそうなれたら―――。
「―――私も、シャルみたいになれるかな?」
消え入りそうなジュリアの声。
貴族として生きた自分が、己の夢に生きるのは全てへの裏切りではないかと叫ぶ。
それは胸の内にひっそりと燃える炎の吐露。
シャルの様に生きれたら。
ジュリアの秘めた思いをシャルは―――。
「あら? 私なんかを目指して貰っちゃ困るわ。
ジュリアは私の一番星なのよ?
貴女には世界中の人達が羨み憧れて、思わず傅く最強の女の子になって貰うつもりだから!」
シャルはジュリアの思いを否定する。
自分の真似事程度で満足して貰っては困る。
貴女には世界を照らす一番星になって貰うのだと、さも当然の様にシャルは言う。
「え、ええ!? な、何それ……。そんな勝手なこと言われても……!」
「あら。今知ったの? 貴女の親友はとんでもない我儘娘なの。 ご愁傷様、まともなご令嬢になりたいなら来世に期待すると良いわ。」
「―――ふ、ふふふ。 なら来世でも駄目ね。
私は来世でもシャルと親友になるもの。」
時と場所を忘れ笑い転げる2人。
笑いながらジュリアは思う。
―――ねぇシャル。
貴女は私の事を一番星と言ってくれたけど、きっと私は月なの。
そして貴女は太陽。
貴女がいるからこそ私は輝けるんだもの。
だから貴女が信じてくれるなら、私はどこまでもいける。
きっと、この世界全てを魅了せてみせる!
「若いとはええのぅ。短命種で言う所の青春と言うやつじゃな。嬢ちゃん達はいい女じゃ。」
「あー、その評価は嬉しいんだけどさ、カーミラ婆ちゃん。やっぱりこんな感じだとこの世界でも行き遅れたりすると思う? いや、夢を追うことに後悔はないのよ? 後悔はないんだけど、やっぱり30歳とか40歳も過ぎて独り身だとさ?
ちょーっと心にクルものがあるというかさ?
深夜に一人でお酒とか飲んでると違う人生もあったんじゃないかなぁって思う時が来そうと言うかさ? ほら、ジュリアとか何だかんだで結婚早そうだけど私はそうじゃなさそうな気がそこはかとなくしててさ? その辺とかどう思う?
婆ちゃん?」
前世ではおばあちゃん子だったシャル。
この世界で初めて出会った高齢者のカーミラにおばあちゃんみを感じてしまっていた。
「やけに具体的じゃな……。」
「たまに出るシャルの発作よ。」
呆れるカーミラに対し、ジュリアは慣れたものだった。
「おい! お前ら! 今から馬車から降りてもらうが大人しくしてろよっ!」
「騒ぐんじゃねぇぞっ! 特に金髪小娘!!」
「テメェらが騒ぐと他の耳長達を痛めつけてやるからなっ!」
3人組が馬車の前に立ち、ドアをガンガンと叩きながら叫ぶ。
「……さいってー。」
「特に他の人達を痛めつけるって所がね。
でも、シャルの発作が治まって良かったわ。」
「ごほっ!ごほっ! 嬢ちゃん達、巻き込んでしもうてすまんのぅ……。」
労働者ギルド、ウィンドブルム支部。
ドアの向こうには、まるで刑務所のような堅牢な施設が暗闇にそびえ立っていた。




