悪役貴族とお父様
俺の名はレオナルド。
レオナルド・ジョンストン・フォン・フィンスター=ヘレオール。
王国で最も力を持つ公爵家の嫡男だ。
俺の家名であるフィンスター=ヘレオール家はお父様の生家であるフィンスター公爵家と、お母様の生家であるヘレオール公爵家が合わさった国内最大規模の領地を持つ家だ。
先の大戦―――降魔大戦終結時、我が国は荒れに荒れていた。
主戦場となったお母様のヘレオール公爵領はボロボロ。お母様以外のほとんどの親類縁者は戦死していたと言う有様だ。
領地は広大、途方もない程の人民が住むヘレオール公爵領。
そんな領地を納めるなど、当時まだ学生だったお母様には出来ない。
どこか適当な婿を探すと言うのが筋なのだが、主立った貴族家は同じく戦争の被害でそんな余裕は一切ない。
しかも広大な領地経営を持つノウハウを持つ者など数える程しかいなかった。
そして、そんな数少ない候補がお父様だったと言うわけだ。
お父様は凄い。
10歳になる頃には正式に領地経営に参加していた神童。
当時から様々な発明や新制度を発明したり提案していたらしい。
度量衡、つまり単位や規格の統一化と会計制度の見直しなどを行い、領内の無駄や曖昧さを徹底的に省いた話など個人的には震えるほどの偉業だと思う。
そして先の大戦ではその武勇を持ってこの国を救った掛け値なしの英雄だ。
―――降魔大戦。
それは今から20年前、お父様が15歳の時に始まった各国を巻き込む―――いや、大陸全てを呑み込む大戦争。
人と魔族の生存競争だった。
お父様は当時は学生だったが、貴族の義務として初陣を果たし、そのまま各地の戦場を終戦までの6年間、転戦し続けたらしい。
エルランザ砦防衛戦。
グィーン峠侵攻戦。
ゴルン平野撤退戦。
城塞都市オーディス市奪還戦。
そして、大戦終結の契機となった当時の魔族達の国の首都である魔都ディエスイレ包囲戦。
武力、戦術、戦略、お父様はあらゆる戦場で己の有能性を示し続けた。
そして大戦の英雄として、今は王国始まって以来の大貴族、フィンスター=ヘレオール公としてこの国を差配している。
だから俺には両親と過ごした思い出はない。
それは寂しいと誤解されがちだが、産まれてからそれが普通だったし、むしろ俺としては誇らしい気持ちだった。
だってそうだろう?
俺のお父様とお母様は正しくこの国を差配する重鎮。遍く全ての民達の指導者なのだ。
お二人の後継として俺は幼い頃から誇りを持って勉強に打ち込んだ。
……しかし、学べば学ぶほどに自分の不出来さを突き付けられる事になった。
例えば、俺が10桁の四則計算が出来るようになったのは6歳の時だった。
お父様の仕事を少しでも手伝いたかったんだ。
でも、お父様は同じ頃には高等数学の未解決問題を学者と議論していた。
俺が10歳の時に国の政策が経済に与える影響に関する分析として論文を書いて学会で認められたが、お父様が10歳の時には公爵家を始めとした国中の官僚や政治家を指導していた。
初めて大魔法が使える様になったのは12歳の時だが、同じ歳の頃のお父様は宮廷魔法使い達に弟子にしてくれと頭を下げられていた。
初めて公爵家騎士団の団長から模擬戦で1本を取れたのが13歳の時。
13歳のお父様は独力で各地の不遇な戦士や冒険者を集めて自分の騎士団を組織していた。
寝食をかなぐり捨て、どれだけ努力を積み上げても決してお父様には敵わない。
いつだったかお母様には、貴方は貴方なのだから頑張り過ぎるなと慰めて頂いた事があった。
優しいお母様の事だ。
心から俺の心配をして頂いているのだと思う。
しかし、しかしだ。
俺はお父様の子どもなのだ。
あの大英雄―――、ロベルト・マクスウェル・フォン・フィンスター=ヘレオールの子だ!
せめて、せめて何か1つでもお父様の功績に比肩出来る何かが欲しかった。
そう思って我武者羅に勉学に励む俺にとある噂が耳に入ってきた。
曰く、お父様が俺に会わないのは仕事が忙しい訳ではなく俺が無能だから。
誰が言い出したかは分からないその噂は、俺の心にストンと入ってしまった。
あぁその通りだな、と。
俺は納得してしまったのだ。
ならば無能な俺に出来るのは、せめて貴族としての体裁を保つことしか出来ないだろう。
そう考えた瞬間、あれだけ打ち込んでいた勉強も次第に手につかなくなった。
明確に心が折れたのだ。
そして、そんな俺の口からは貴族の体裁を保つふりをした醜悪な自己弁護の言い訳しか出なくなってしまっていた。
「……すまない。」
―――しかし、そんな俺に英雄であるお父様が謝罪を口にした。
「や、やめてくださいっ! お、お父様が謝る事など何もありません!」
謝罪の理由は分かる。
無能なりに貴族の対面を保とうとしていた俺に対して、そんなものは幻想なのだと突き付けた事への謝罪、もしかしたら今まで放置していた事への謝罪もあるのかもしれない。
しかし、それはお父様が謝ることではない。
ただただ俺が無能だっただけなのだ。
「お父様へのご期待に添えなかったのは……、た、ただ俺、がむ、無能だっただけなのです。」
知らず知らずに涙が溢れて来る。
「ご期待に……、いえ、もしかしたら期待などされていなかった、のかも知れません。」
感情が昂って上手く言葉が出てこない。
あぁ、何て俺は不出来なのだ。
「こ、こんな無能に、生ま、生まれついて、本当に―――。」
「―――そんな事はないっ!」
お父様が怒りを露わにして立ち上がる。
「レオナルド。お前が初めて言葉を話したのは1歳になる前だった。1歳になる頃には歩き出していた。3歳になる頃には文字を覚え、本を読み出した。」
そう語りながらお父様は私の前に膝をつき、目線を合わせてくれる。
「お前の成長を聞く度に私は叫びたい気持ちを抑えるのに必死だったよ。私の息子を見よ! 私の息子は誰よりも優秀なのだと。」
俺の手を握るお父様の大きな手の熱を感じる。
「お、お父様……。」
「お前は私の自慢の息子だ。」
そのお父様の言葉が切っ掛けで俺の口からはまともな言葉が出なくなり、ひたすらに嗚咽だけが漏れ出て来る。
心の中のシコリが溶け出すように涙が溢れ出てくる。
―――あぁ、やはり俺は不出来な無能だ。
お父様に認められたい。
そんな単純な思いで俺は頑張り続けていたのだと今更になって気付くのだから……。




