お父様と市場視察
ウィンドブルムの生地屋通り。
そこは大小様々な生地屋が軒を連ねる紡織の都に恥じぬ活気溢れる市場だ。
馬車数台がすれ違えるほどの大きな通りに並ぶ数え切れない生地屋の数々。
そして当然そんな所を歩けば―――。
「さぁ見ておくれ! この滑らかさ! 艶と輝き!
そんじょそこらの安物には出せない代物だ!」
「滑らかさならシルクだ! どうだいこの流れるような滑らかさ!」
「ウィンドブルムの生地と言えば魔力素材!
ウチの生地は全て極上の魔力を纏わせているんだ! ほら見て! 輝きが違うだろ!?」
「やっぱり染め方が大事よ! 生地が良くても染めの技術が駄目なら全部駄目になるわ! その点ウチなら安心! このムラのない綺麗な色!」
通りを歩くと左右からこれでもかと言うくらいの熱烈な売り込みを受ける事になる。
このノリ、観光地のお土産物屋さんかな?
転生してつくづく思うのだが、世界が変わってもこういうノリは変わらないな。
人が人である限り、その営みは国や世界が変わっても変わらないものなのだろう。
「―――はあ!?巫山戯ないでくれる!?
この手触りはどう考えても短繊維綿でしょうが! せめて長繊維綿で作った生地を持って来なさい! 話にならないわ! それに何この下品な光り方! 私が探してるのはやっすいスパンコールじゃないのよ! あら? でもそこのチュール生地は良い感じね。良い透け感だわ。 取り敢えずそれを10反貰える? あ、違う。こっちだと単位は巻きだっけ? じゃあ、そのチュール生地を10巻き! 支払いはこの人で。―――ってアンタ! そのコソッと隠した今の生地! そう! それ! それシャンタン生地でしょ!? それ絶対買うから置いときなさい!
後さぁ、そんな生地扱ってるなら当然あるわよねぇ? はぁ? サテンに決まってんでしょ!
あるのは分かってんだからさっさと出しなさい! 色? 取り敢えず全部っ!」
うん。シャル君さぁ、人の営みは変わらないにしてもちょっと馴染み過ぎじゃない?
完全にやり取りが現地人じゃん。
何でやられたよみたいな顔した店員さんからおまけまでせしめてるの?
って言うかさっきからめっちゃ買うね?君。
いや、良いんだけどさ。
馬車を買うみたいな話を警備兵のマイケル君に言ったのをどうしようとか思ってたけど、この量だと絶対いるわ。
生地屋通りについてからかれこれ数時間。
ガッツリ買い物をするシャル君に声を掛ける。
「あー、大漁だね? シャル君。」
「ふふん!こんなの序ノ口よ! でも、困ったわね……。確かに良い素材なのは認めるけど、どれもこれも最上級じゃないの。ここまで来てもやっぱりないのかしら……。」
ほう? シャル君の熱意や知識、そしてがめつさや目敏さは私としても認めている所だ。
そんな彼女をして見付けられていないのだからこれはもうないと考えた方がいいのではないだろうか?
と言うか、そろそろ勘弁して欲しい。
予算的には全く問題ない範囲だが、如何せん荷物持ちがもういない。
レオナルドやアラン君、H隊の連中は揃って大量の布地に溺れている。
「んー、色々と良いものばかり買ってた気がするけど、これじゃあ駄目なの?」
うーんと唸りながら悩むシャル君と大量に買い込んだ生地を見比べてジュリアが尋ねる。
「……駄目ではないわよ? さっきも言ったけど上級なのは間違いない。でも、決して最上級じゃないの。私がジュリアに作る初めてのドレスよ。拘れる所までとことん―――。」
シャル君は言葉を途中で止め、ふらふらと路地裏の店に吸い込まれて行く。
ど、どうしたんだ?
そこは裏通りにある古い生地屋だった。
表通りの店と比べればかなり年季の入った店構えで、店の前には店員すらいなかった。
……この店やってるの?
定休日じゃない?
そうでなくても一見さんお断りの雰囲気が凄いんだけど?
「すみませーん! 生地下さーい! どなたかいらっしゃいませんかー!?」
いや、グイグイ行くなっ!?君!
私の躊躇などどこ吹く風。
シャル君が叫んでいると店の中から年季の入った返答が返ってきた。
「はいはい。そんな大きな声を出さなくても聞こえていますよ! ワシゃあまだ耳はちゃんと聞こえてるんじゃ。」
その話し方と裏腹に、その姿はまるで精霊の様な女性だった。
女性にしては身長は高く、私とそう目線は変わらない。
細身の身体、薄く光る新緑の髪。
そして何よりも目立つ尖った長い耳。
うらびれた店の中から妙齢の森人族の女性が現れた。
「あらエルフ!エルフね! 初めて見たわ!」
「そりゃワシらは本来、もう少し北側に住んどるからねぇ。それで? 人間のお嬢ちゃん。
しがないエルフのババアがやってるこんな店に本日は何をお求めで?」
いやいや、ババアなんて見た目じゃ……。
あ、そうか。
エルフは一定の年齢を超えると見た目が殆ど変わらない長命種族。
30代くらいに見える彼女も、実際のところは齢数百年とかそんな感じなのかもしれない。
「表に置いてあるコットン生地。あれ超長繊維の上物よね? あれ売って頂戴!」
「へぇ! なかなか見る目のある嬢ちゃんじゃ! しかし良いのかい? あれは高いぞぉ?」
まるで孫を揶揄う様な顔でシャル君に笑いかけるエルフの女店主。
「私の親友の為に最強のドレスを作るのよ!
妥協するつもりは一切ないわ!」
恥ずべき事など一点もないと言わんばかりのドヤ顔でシャル君が応える。
「ハッ!見る目はありそうなのにとんだ素人じゃな! 確かにあのコットンは上物じゃ!
でも、親友の為に作るドレスにコットンなんて使うようじゃまだまだお子ちゃまじゃねぇ?」
「はっ! あんたが何歳かは知らないけれど、随分と枯れたババアなのは間違いないわね!人間生きてたら汗をかくわ。特にこれからは夏になるからどうしてもね。今回のドレスのコンセプトは戦う女! 戦うにしても汗ジミなんてみっともないものを見せれる訳ないでしょ!? 」
前から思っていたが、シャル君はかなり喧嘩っぱやいな……。
エルフさんもそうだけど、君達ヒートアップするの早過ぎない?
頑固な職人か何かなの?
あ、頑固な職人だったわ。
「ほほぅ! なかなか面白い事を考える嬢ちゃんじゃ! そうなると欲しいのはシルクに負けない艶と滑らかさを持つコットンじゃな?」
「そうよ。だから外に置いてある―――。」
「嬢ちゃん、着いといで! 後そこの黒髪の貴族っぽい男、あんたがスポンサーだね? あんたもおいで!」
―――え、私も?
「ワシはこれでも職人でね。 嬢ちゃんみたいな面白い事をしようとする職人は大歓迎じゃ!
お目当ての極上モノを見せてやろう!」
ニヤリと笑うエルフの店主。
職人ってこんな奴ばっかなの?




