お父様と悪役長女
みんな揃って街道をテクテクと歩く。
流石に赤眼状態で都近くの街道をぶっちぎる訳にも行かないので完全に徒歩だ。
ウィンドブルム領の首都たるウィンドブルムの街までもう数キロ。
このまま歩いても小一時間といった所だ。
本来、公爵である私が他家の領地に行くとなると非常にややこしい話になる。
何せ私の立場は公爵。
私の立場を無理矢理、前世の役職に当てはめるなら内閣総理大臣とか大統領とかそう言う立ち位置になる。
キング? あいつはほぼ名誉職だ。
伯爵は県知事くらいか?
ある日突然、総理大臣がノンアポで遊びに来た県知事の気持ちを考えると、それはもう恐怖でしかないだろう。
そこで我が魂の故郷ジャパンのトラディショナルスタイル。水戸の黄門様をパクる事にした。
何せ彼は越後のちりめん問屋のご隠居だ。
この場合のちりめんとは、ちりめんじゃこではなく布地の一種である「縮緬」である。
現代風に言えば新潟のアパレル企業の元社長くらいの意味になる。
つまり―――。
「はー、ご家族で旅行がてら仕入れに……。
わざわざ公爵領から? ええっと、ミト商会ですか……。」
「ええ。フィンスター公爵領ではそれなりに名前の通った問屋をしていましてね。 今回は名高いウィンドブルム領の生地を仕入れに。」
「あー、なるほど。」
私が出した身分証を確認する警備兵くん。
ウィンドブルム領の行政都市。
その名も同じくウィンドブルム。
前世で言う所の県庁所在地みたいなもんだ。
このレベルの都市となると勝手に入ることは出来ないため、身分確認が必要となる。
はっはっはっ。どれだけ見てくれても構わないよ。
なぜならそれは間違いなくウチの領地で発行している本物の身分証だからな!
書いてる事は全部嘘だけども!
何せこっちはマジモンの為政者。
ミツクニ・ミトなる謎商人の身分証を用意する事などおちゃのこさいさいだ。
「ちなみにミトさんは徒歩でこちらまで?
仕入れなのに?」
……おっと、不味いぞ。
確かにこの人数で徒歩と言うのは変だ。
え、ええっと……。
「―――ねぇ、パパ! まだかかるのぉ!?
あーもう!馬車も壊れるしほんっと最悪!
ねぇ?シャル。ぜーったいお高い服と鞄買ってもらおうね!」
「え? あ、う、うん! そ、そうよね! ホントそう! 星絹や風花綿布よね!」
少し上等な平服――、商家の子どもの様な格好をしたジュリアとシャル君が怒った様子で声を掛けてくる。
―――あれ? これは誰だろう……?
見た目は間違いなくジュリアだ。
しかし、オーラとでも言えばいいのか?
その雰囲気はまるで別人。
怒った口調で話しつつも、その仕草や目つきにはどこか品がある。 その手の動き、足の運び、そんな小さな動きから目が離せない。
なんだろう? この気持ちは……?
「え、あ、ああ……。うん。」
咄嗟の事で言い淀む私を茶目っ気たっぷりな目で笑うジュリア。
「とりあえず馬車よ! 私もうあんなボロ馬車何か嫌だからねっ! あー、でも先に生地でも良いかな? 私、星絹って見た事ないのよねぇ。風花綿布はあったかしら?」
そう言いながらジュリアは警備兵くんにその目線をやる。
「あ、えっと、それならここから入って少し歩いた所にある生地屋通りがオススメです。そこならお探しの 星絹や風花綿布があるはずです!」
まるで女王に仕える騎士の様な態度で警備兵が受け答えする。
……え、どういう事?
「あら、ありがとう! 警備兵さん!」
「マイケルと言います! 勤務時間でなかったのならご案内したかったのですが……。」
「むぅ、残念ね。 じゃあそれは次の楽しみにとっておくわ。約束よ? マイケル。」
「はいっ!」
くすりと妖艶に笑うジュリア。
不思議だ。 そのコロコロと変わるジュリアの表情や仕草から誰もが目を離せなくなっている。
まるで憧れの女優を目の前にしたファンの様な気持ち、と言えばいいのだろうか?
全力で彼女の希望を叶えたくなるような、従いたくなるような気さえしてくる。
「ゴーウェン! 話は聞いていたかしら?」
「はい、お嬢。」
H隊隊長のゴーウェン・ザック・フォン・リボニードが慇懃に返事を返す。
彼は義足、義眼の戦士だ。
短く揃えた茶色い髪。
無精髭が似合うナイスミドルだ。
「何人か先にやって店をピックアップしておきます。馬車の方は……。」
「マイケル?」
「ここに地図が!」
満足そうに笑うジュリアが優雅にマイケルから地図を受け取るとゴーウェンに渡す。
「よろしくね? ゴーウェン。」
「お任せ下さい。お嬢!」
何だかゴーウェンのその態度は嬉しそうにブンブンと尻尾を振る犬を連想させる。
ゴーウェン。お前もか……?
『猟犬』ゴーウェンの名が泣くぞ?
いや、2つ名は犬だけどさ。
お気をつけて!とにこやかに手を振るマイケルくん。……君、結局身分の確認をしたの私だけだけど良かったの?
「はぁ……。相変わらずの女王様っぷりでしたね。お父様。」
「む。ジュリアの事か? いつもあんな調子なのか?レオナルド。」
何せ私は家庭を顧みない仕事一辺倒の駄目な父親だ。いや、だったと過去系にしたいが……。
何にせよ、あまり子ども達の家での様子は分かっていないのだ。
一応、ベスやオーギュストを始めとした家臣達から話は聞いていたが、実際に目の当たりにするのはほぼ初めてだ。
「ええ、あのオーギュストですら面と向かって逆らえない雰囲気がジュリアにはあるんです。
俺も王都にいたから久しぶりにジュリアと会いましたが、何だか女王様っぷりに磨きが掛かっている気がしますね。」
オーギュストもなの!?
アイツは齢数百年、海千山千の完璧執事だぞ?
私ですら嗜められることがあるのに……。
しかし、確かによくよく考えれば変な話だ。
使用人とは言え彼等は貴族やそれに相当する家の出で、ちゃんとした大人だ。
いくら私の子どもとは言え、10歳の小娘の我儘をそこまで叶え続けるだろうか?
これ下手したら洗脳とか魅了とかそういう魔法やスキルなんじゃないか?
そんな事を思いながら、事情を知っていそうなシャル君をチラリと見る。
「トップモデルにはたまにいるのよ。なんて言うのかしらね? 人を魅了する天性のオーラを持ってるの。あの子はまさにそれよ。」
私の考えが伝わったのだろう。
コソッと教えてくれる。
「たった数ヶ月、私がモデルや女優の立ち振る舞いとか仕草を仕込んだだけであれよ?
逸材過ぎてホントヤバいわ。 日本の繁華街を歩かせたら秒でスカウトが殺到するわね。」
何だかウチの娘の評価が凄い事になってきるでござるよ……。
勉強も魔法も剣も苦手な女の子なのに……。
「私があの子の服を作りたい理由の一つよ。
確かにあの子は私の推しだし大好きな親友よ。
でも、デザイナーとしてどうしてもあの子の才能が欲しいの。」
「モデルねえ……。親としてはルッキズムにとらわれずに中身や本質を磨いて欲しいなとは思うんだが……。」
「ハッ!いかにもモノの本質を理解しようとしない頭でっかちな意見ね? 公爵様。
戦士が最強を目指す。学者が真理を求める。
これはそう言う話しよ! プロのモデルってのは心・技・体を兼ね備えたアスリートや格闘家、この世界で言うなら戦士と同じよ! 内面からの美しさなんてあって当然! 美しく見える所作や立ち振る舞い、そして美しさを追求した鍛え抜かれた外見! 私達が求める美とはその先にあるの!」
まるで美しさと言う概念に憑かれた邪法の権化の様な目付きでシャル君が詰め寄ってくる。
こ、怖い……。
もうこれ完全に目的の為なら悪魔に魂を売るタイプの狂人だよ……。
ま、まぁでもジュリアも程度の差はあれど、こういう道に進みたそうにしているしなぁ。
「お、お手柔らかにね……?」
「当然よ! そこは私も大人だしちゃんとやるわよ。」
―――この時の私はこれでこの話を棚上げしてしまった。深く追求する事をしなかったのだ。
ジュリアの人を虜にする天性の才能。
もしこの時、私が深く話が出来ていればあんな事にはならなかったかもしれない……。




