お父様と乙女ゲー講座
応接室に紅茶の香りが漂う。
前世で言う所のアールグレイに似た香りだ。
あまりお高い銘柄ではないのだが、前世で飲みなれた味に近いので私はこの銘柄を好んで飲んでいる。
公爵らしくもっと高級品をと言われているが、この辺は好みの問題なので仕方ない。
「―――落ち着いた様で何よりだ、ご同郷。」
「ホントにね……。貴方が話の分かる人で助かったわ。ご同輩。」
応接室のソファに向かい合って座る私達。
ジュリアは服や顔をちゃんとして来る様にと言いつけて一旦退出させた。
2人で色々と話をした所、どうやらシャル君は想像していた様に前世は日本生まれの日本育ち。
何なら私とほぼ同じ年頃を生きていた事が分かった。
彼女は前世では服飾系の仕事をしていたそうで、今世では自分のブランドを立ち上げたいと考えている様だ。
「しかし、やはりあの会社が乙女ゲーを作っていたんだな……。それが知れただけでも私にとっては僥倖だよ。」
色々と知識の擦り合わせをしていく中で、私の予想であるブレイブ・ブレイドの制作会社が乙女ゲーを作っていたという事実が発覚した。
どうやら世界観はそのまま焼き回し。
フィンスター家も出て来るようだった……。
「あぁ、さっきの話ね。 スマホゲーだったと思うんだけど、個人的にはあれは乙女ゲーと言われると少し違うのよねぇ。どっちかと言うと、キャラゲー? ストーリーがホント糞でさぁ。
何かどっかで聞いた事のあるような在り来りなイベントばっかり! まぁ一応乙女ゲーの事とかも勉強してるんだろうけど、何かズレてるって言うかさ? 素直に面白くないのよね。」
酷い言われようである。
「そんなクソゲーをよくやっていたな……。」
「悔しいけど、キャラビジュと声とUIが優秀だったのよ……。ストーリーは完全にクソって言い切れるんだけどねぇ。」
マニアだな……。
これはあれだ。にわか知識でドヤ顔をすると怒るタイプとみた。
「なるほどな。あー、私は乙女ゲーに詳しくはないのだが、状況から見てジュリアが敵役の悪役令嬢で君がヒロイン役に相当すると考えているんだが、正しいだろうか?」
「ふーん。 公爵様って乙女ゲーした事ないでしょ? 多分、ネット小説とかでしか乙女ゲーを知らないんじゃない?」
ぬっ。正解だ……。
そもそも私は言うほどゲーマーでもない。
ブレイブ・ブレイドをやり込んでいたのも、大学デビューに失敗して暇をしていたからだ。
「そもそもだけど、乙女ゲーに悪役令嬢なんて存在しないわ。」
……え? そ、そうなの!?
「基本的に乙女ゲーはプレイヤーが恋愛を楽しむゲームだからね。ちょっとしたお話のスパイスで敵役として出て来るのはライバル女子とかかな? それも珍しいっちゃ珍しいけど……。
あ、ジュリアはそのポジションね?
そっかそっか!今わかったけど、私があのゲームやってて感じてた違和感ってこれだわ!
多分、あのゲームのシナリオライターも悪役令嬢のイメージでジュリアを描いてたのよ!
だから細かい所で気持ち悪い違和感があったのね! いや、ジュリアは私の推しなんだけどさ?
むしろ最推し?あのゲームした時も最終的に男そっちのけでジュリアとの友情エンドに行ったし、私。やっぱり可愛いは正義ってやつ?
後あれ、主人公の事をヒロインって言うと個人的にはちょっと違和感あるのよねー。あくまでも主人公はプレイヤーの写し身だしさ。
後々―――、」
「あー、すまん。色々と興味深い話だが、親として先にジュリアの話を聞きたいんだが。」
……さっきもそうだったが、この子めっちゃ喋るな。
「おっと、ごめんなさい。 えーっと、さっき言ったみたいにジュリアのポジションはライバル女子なの。 だから基本的に破滅したり主人公が幸せになったら不幸な目に合うって事はないから安心して良いわ。」
な、なるほど?
ライバル女子と悪役令嬢は似て非なるものらしい。
シャル君の話を噛み砕くと、そもそも乙女ゲーは恋愛を楽しむゲームだ。
なので、主人公の女の子は小説でよくある婚約者がいる王子様に懸想したりしない。
NO NTR!
そして相手と結ばれて、そのまますぐにライバル女子を国外追放したり処刑したりしないのだそうだ。
そもそも、その手のざまぁ展開の逆転劇と言うのは漫画や小説特有のストーリー展開であり、主人公を通して恋愛を楽しむ乙女ゲーではまずないのだそうだ。
同じ相手を好きになったのであれば、淑女協定もかくやと言う程お互いを尊重し合い、むしろ敵役の女の子は親友ポジションになったりするらしい。
「ジュリアはホント可愛くてさぁ! 恋に恋する乙女って言うか、別に王子様の事もそこまで好きじゃないんだけど周りに流されて王子様の婚約者に名乗りあげているだけなの。 そんな幼い恋って言うのかなぁ? 不器用だけど頑張る感じがめちゃくちゃ可愛いの! はじめてのおつかいとか見てる気分になるのよ!」
お、おう……。
めっちゃグイグイ来るんだけどこの子……。
「あー、となると別に原作ゲームになぞらえてウィリアム王子との婚約何かする必要はないのか? 正直、シャル君の話を聞くと微妙としか思えないんだが……。」
正直、私としては王家との婚約なんかしても面倒くさいだけなんだよなぁ。
そもそも、もうガッツリ親戚だし。
ジュリアも本心から望んでいないのなら、別にわざわざ婚約させる必要を感じない。
「うーん。その辺はよく分からないかな。
ストーリー的にはジュリアはどのルートでも出て来るけど、そこまで重要なポジションって言う訳でもないのよねぇ。ただ、フィンスター家が物語の黒幕的な感じでは描かれていたわ。」
「あー、フィンスター家が悪い感じなのは乙女ゲーの方も一緒なのか……。」
くそ。私が何をしたと言うんだ……。
確かに王家を傀儡にしている黒幕的な感じで見られているのは否定出来ないが……。
「でもさ? 公爵家的には王家と結び付く方が良いんじゃないの? 政略結婚的な感じでさ。
いや、もしジュリアが嫌がってるなら絶対止めるけど。」
「ふふっ。私は王家何か目じゃないくらいの金持ちだからな。公爵家としては王家はそこまで重要な家ではないんだ。 結局はジュリアの気持ち次第だよ。」
そう言った瞬間、シャル君の目付きが変わる。
あ、あれ?
「へー! なんだ、良いお父さんじゃん。
……そんな良いお父さんであるご同輩にさぁ?お願いがあるだけどね? ちょーっとアタシに出資してみる気ない?」
先程までのわちゃわちゃした雰囲気は引っ込み私を見るその瞳はいっそ蠱惑的とすら思えた。
え、ど、どうしたん……?
「さっきチラッと言ったけど、私は前世でデザイナーをしていたの。まぁ色々経験積みたかったから片手間でメイクアップアーティストやヘアコーディネートみたいな事もしてたけど。
夢は自分のブランドを立ち上げること。
……言いたい事は伝わるかしら?ご同郷。」
蠱惑的な顔のままジリジリとにじり寄ってくるシャル君。
「あー、つまり、知識チートをするからその手伝いをしろと?」
「そ。 どう? 私の頭の中には今から数百年先のデザインの歴史が入ってる。 デザイナーとして服飾、美容関係の数十年の経験だってあるわ。
後は強力なスポンサーが欲しいのよ。」
ソファの端まで追いやられ、逃げ場をなくした私にピッタリと私に引っ付く距離で座るシャル君。
「えっと、あー、実は自動車産業を起こそうとしていてな。 既存の馬車や馬を扱う団体の扱いに困っていたんだが……。」
「なるほどぉ? 世界的ハイブランドのエルメスなんかは元々馬車の関連会社だったわ。 それ以外にも名だたるブランドが馬車産業の衰退からアパレル産業へ移行したのは有名な話よ。」
シャル君の青い瞳が細められる。
「元々公爵家で馬車産業団体にはテコ入れをする必要があったから、その事業の一端としてアパレル部門を君に任せる形でどうだろう?
勿論、フォロー出来る人員はつける。」
ふるふると震えるシャル君。
え、駄目だった?
「さいっこー!! 公爵様大好きっ!!」
感極まったシャル君が抱き着いてくる。
いや、ちょっと……!?
「お待たせしてすみません。
お父様、シャル―――。」
タイミング悪くガチャっと扉を開けてジュリアが入って来てしまった。
問1、以下の質問に答えよ。
普段あまり会わない父親が、自分の親友に抱き着かれて押し倒されている現場を見てしまった10歳女児の気持ちを述べよ。
まるで永遠のように感じる一瞬が過ぎる。
「……………………不潔。」
そう言い残し、ジュリアはドアを閉めた。
い、いや、違う!
違うんだって!?
ジュリア!?ジュリアちゃーーーん!!




