お父様は語る
「―――レオナルド。お前も15歳。成人ではないかもしれんが子どもでもない。」
そんな事を言いながら、王都屋敷の執務室に備え付けの応接ソファに体重を預ける。
目の前にはレオナルドが緊張した趣で座る。
ちなみにこの国では18歳から成人だ。
王立学園の入試で、前世の記憶通りにレオナルドが主人公に決闘騒ぎの前振りをしたと聞いたその夜。
私は息子と会話をする場を設けた。
思えば15年前に戦争が終わり、公爵家を継ぐ事になった頃から、私も妻もひたすら仕事しかして来なかった。
戦禍で傾いた領地や国家の立て直し。
―――それは立派な仕事なのかもしない。
しかし、その結果が傲慢なぽっちゃり系悪役貴族となった息子なのだ。
ならばこの状況は私の責任だ。
「今から話す内容は国家機密に属する。他言無用を誓えるか?」
「は、はい! き、貴族の誇りにかけて! 」
―――貴族の誇り、ね。
ここ1週間ほどレオナルドの様子を見ていて思ったのだが、この子の傲慢さや怠惰さは自信のなさが原因なのだと思う。
公爵家の嫡男として箱入りに育てられたせいかレオナルドには何かを成し遂げた成功体験などはない。
だから自分の能力への信頼―――、つまりは自信がなく、ただ漠然とした不安と公爵家嫡男と言う身分から来る幻想的万能感しかない。
言わば、自分が偉いと勘違いした小型犬がキャンキャン吠えているのと何ら変わらない。
先ずはそこから―――つまり、貴族と言う種族への幻想を説明せばならないんだろうな。
「……あ、あの、お父様? な、何か変な事を言ったでしょうか……? 」
私が無言だったからだろう。
レオナルドは不安そうに私に声をかけてくる。
その顔は年齢よりもかなり幼く見えた。
「―――うむ。 先ずは貴族とは何か、と言う所から話をしようか。 ……あぁ、別に貴族としての心構えがどうのとか言う精神論ではない。
もっと実際的な話だ。」
「実際的……?」
「我々貴族の役目とは魔物を初めとした様々な外敵からこの国を護る剣にして盾。 これはこの国の成立より変わることのない役割だ。」
こくりと頷くレオナルド。
これは広く共通認識としてこの国に広まっている。ごく当たり前の常識だ。
「―――では、その魔物とは何か? 」
分かるか? と目線でレオナルドに尋ねる。
「え、えっと、も、魔獣等の魔性を帯びた獣や魔族、森人族や土人族、人魚族、小人族、巨人族等の亜人種が分類されるハズです。」
うん。この辺も常識の範疇だ。
流石にそこまで無知ではないらしい。
日本のファンタジー界隈では鉄板の種族だな。
こくりと頷いてやると喜ぶレオナルド。
「―――我々、貴族も魔物に属するのだ。」
「え、そ、そんなはなずは……。あ、でも我々貴族は確かに魔法を使うから……。」
ほう。勘所は悪くないらしい。
内心、息子の頭の柔らかさに加点を付けながら話を続ける。
「そうだ。 生物学上の分類で言うならば、魔法を使えるほどに魔力を操る事が出来る我々貴族は魔物に分類される。」
―――遥か大昔、魔法を操る術を持たない原始人類は常にモンスターの驚異に晒されていた。
たった1匹のモンスターを倒す為に何人もの犠牲を出しながらギリギリの綱渡りをして生活を営んでいたらしい。
しかし、そんな中に突如魔力を操る事が出来る戦士が産まれた。
生物学上の突然変異、進化、はたまた倒した魔物を食する事で魔力を操る器官を取り込んだのか……。
理由は定かではないが、魔力を操る戦士は確実に原始人類の中でその数を増やしていった。
それこそが現在の貴族の始まりであるとされている。
ただし、この話は扱いを誤ると人間社会の分断を産むことから上位貴族内だけの口伝として扱われている。
……というゲーム内の設定だ。
まぁこの世界は現実なので実際の歴史なのだが、いわゆるゲーム後半で分かるこの世界の真実と言うやつだな。
まぁかくいう私も前世のゲームの記憶を思い出したのが最近だから、今の今まで気付いていなかったのだが……。
ゲームや漫画でよくある、実は主人公達が敵側だったみたいな設定的どんでん返しがしたかったのだろうが、個人的には今ひとつパンチがない気がしている。
「な、なるほど……。あ、となると亜人種達は元は人間なのですか?」
「そうなるな。 より魔力の扱いに特化して行った事による進化……いや、分化か? まぁ元は人間と考えて間違いない。」
この話を上層部だけとは言え、代々受け継いできた我々王国民は他種族への差別意識と言うのはほとんどない。
逆にこの話を知らない、もしくは重要視していない新興の近隣国である共和国や帝国では亜人種差別が横行している。
ファンタジー系であるあるの亜人奴隷と言うやつだな。
そんな事を掻い摘んで説明するとレオナルドは驚愕に震えた。
「そ、そんな理屈が……。」
事の大きさ故にまだ話を掴みかねているのか、鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をしている。
「ちなみに、この話は重大な国家機密に当たるから吹聴するとお前でも処刑されるから気を付けろよ?」
「……えっ!?」
知っている人は知っている程度の話ではあるが、それなりに大事な人間族の秘密だ。
「―――この話で大事な事はだ。 我々貴族は魔物であり、魔獣等のように通常の人間と比べて性格的に攻撃性が増大しているという事だ。」
「!?」
これもファンタジーあるあるの魔物が人間を襲う理由付け設定だな。
内なる魔に侵されて何やかんやして強い力を得れる代わりに攻撃的になる例のアレだ。
「特に思春期頃、10代半ばになるとかなり不安定にりやすい。……心当たりはあるだろう?」
「……はい。」
元々自覚はあったのだろう。
苦々しい顔をするレオナルド。
「お前をフォローする訳ではないが、それは貴族の若人ではよくある話だ。そして、その為に学園と言う王立機関が存在している。」
ファンタジー作品だと魔を取り込みすぎると、最終的にモブは化け物になるし、ネームドのイケメンや美人は人の優しさ的なやつに触れて人間に戻ったりするものだ。
ストーリーの山場になること請け合いだな。
しかし、実際問題、何万人もいるこの国の若者達にそんなドラマティックな事を毎年されると国が成り立たなくなる。
その為の教育機関であり隔離施設となるのが王立学園と言う特務機関なのだ。
「つ、つまり王立学園の存在意義とは……」
「強力な力を持つ情緒不安定な若者達に社会性を叩き込む教育の場であり、適度な息抜きをさせる為の隔離施設。……口さがなく言うならば猛獣の檻だな。」
レオナルドが抱く貴族という幻想を打ち砕く為にハッキリと真実を口にした。
「そ、そうですか……。」
惚けた様な顔で力なく体重を椅子に預けるレオナルド。
何だかその顔は実年齢以上に幼く見えた。
「……すまんな。レオナルド。」
貴族である事の矜恃や特別感。
そんな物がこの子の柱になっているのは誰の目から見ても明らかだ。
私は真実を伝える事でそれを砕いてしまった。
何せ貴族とは神に選ばれた神聖な存在でもなんでもない。
単なる魔物の1種なのだ。
生物学上は人間ですらない。
王立学園に入る事は特別な事や優秀である事の証明でも何でもない。
単なる隔離施設なのだ。
「……すまない。」
我が子の人格の柱を打ち砕いてしまった謝罪なのか、こうなるまでこの子を放置してしまった事への謝罪なのかは分からない。
ただただ謝罪の言葉が無責任な私の口から出て、部屋の中を舞って消えていった。




