お父様と天啓魔法
「リロイ。状況は把握しているな?」
「へ、へぇ……。い、い、一応はき、聞いています。何でも、こ、このでっかい建物にま、魔族が侵入したとか、な、何とか……。」
団長の顔が怖いからか、それとも単に滑舌が悪いからか、何度も吃りながらリロイが団長の質問に回答する。
多分両方だろう。
「私からもう少し補足しよう。」
とりあえずリロイには状況を正確に認識してもらわないと不味いからな。
リロイは頭が悪い。
アラン君の様な地頭は悪くないが、大雑把な認識しかしないのではない。
単に長い言葉や難しい言葉、話の流れが頭が悪いので全く理解出来ないのだ。
だからリロイには分かりやすく、端的に懇切丁寧に状況を伝えなければならない。
「この建物に国中の貴族が集まっている。それは知っているか?」
「え、えっと、わ、若の入学式ですよね?」
「……ああ、そうだ。」
「や、やっぱり! わ、若はオラ何かと違ってとてもとても、す、凄いんです! やっぱりなぁ、若はく、国中の貴族から、お、お祝いされるべきだと思ってたんですよ!」
うん。全く状況を理解してないな。
いや、レオナルドを褒めてくれるのは嬉しいけどさ。
「ありがとう、リロイ。……しかし、そんな中に魔族が入り込んだのだ。」
「ま、魔族もお、お祝いに!?」
ちげぇよ……。
「そうだと良かったのだが、魔族達はどうやらレオナルドや私達の命を狙っている……あー、つまり、殺しに来ているんだ。」
「え、ええ!? せ、戦争ですか!?」
「そうなるかもしれん。」
あぁ、このリロイとの独特なやり取り……。
戦時中はよくやったなぁ。
「せ、せ、戦争……。ま、ま、また? あ、あ、危ない目に合う……。」
脂汗をかきながら全身がガクガクと震え、目を見開くリロイ。
「い、い、いやだ。も、もうオラはあ、あんな危険な目には……、で、で、でも、き、騎士団の皆が……。み、皆がき、き、危険な目に……お、オラ、オラは……!」
「戦争なんかもうやりたくない。私も心からそう思うよ。 リロイ、《《分かるか》》?」
そう言いながら天幕の中央に置かれた机に競技場の地図を指差す。
地図を見ながらリロイは首を振る。
ぬ……。違ったか?
私の杞憂だったよう―――。
「ち、ち、違います。も、もっと、と、遠く!」
「団長!! もっと広域の地図を!王都全域の地図を用意しろ!」
「ここに! リロイ、これで良いか!?」
慌てて団長が王都全域をカバーする地図を持ってくる。
これぞリロイだけに許された固有魔法。
天啓魔法だ。
効果は単純。リロイが危険と感じる何かを察知する探査魔法。
元々リロイは侯爵家の出だ。
この世界では爵位が高ければ基本的に生来の魔力量も多い。
しかし、彼の魔力量は男爵以下しかない。
その理由がこれだ。
生まれつき彼だけが使えるこの天啓魔法に彼の魔法使いとしてのリソースのほとんどを持っていかれているのだ。
「こ、ここです! ここから、い、嫌な気配がし、します!」
リロイが示す場所は、王都でも最も高い建物。この都のシンボルの1つでもある時計塔。
「大時計塔かっ!」
「こ、ここから、ね、狙われる……、そ、そんな気が、な、何となく、し、します。」
自信なさげなリロイを他所に、血相を抱えた団長が即座に指示を飛ばす。
「A隊からC隊は大至急、結界を張れっ!! 大時計塔からの狙撃を警戒っ! D隊は近衛と共同で周辺警戒!」
「大時計塔へ派遣出来る班はあるか?」
「F隊なら動かせます。4人組に向かっているE班のフォローは―――。」
「こ、ここからは、い、い、嫌な気配は、し、し、しません。」
「決まりだ。F隊は私が貰っていく。残りの部隊は適宜運用してくれ。」
何せ『千里天眼』がここから嫌な気配はしないと言ったのだ。
そこがどんな地獄に見えたって危険はない。
逆に言えば、リロイが危険だと言ったのであればそこは間違いなく死地だ。
大時計塔はここから10キロは離れている。
どんな方法であそこから狙っているのかは分からない。
少なくとも私には無理だな……。
「こ、こ、公爵様……。い、いつも、お、思うんです。こ、この魔法は、な、なんの根拠もな、ないんです。た、単にオラが嫌な感じがするって言うだ、だけでして……。」
いつも通り、しどろもどろと自信なさげにリロイが言い訳をする。
―――リロイはこの魔法に自信がない。
パッと見は凄そうなこの魔法だが、落とし穴がある。
この魔法で分かるのは、あくまでも術者への危険だけなのだ。
極論、隕石が降ろうとも大地が裂けようとも、リロイに影響がないならこの魔法は何ら危険を知らせない。
しかし、リロイが大切だと思っているモノに関しては距離も時間も関係なく発動する。
つまり、私達がリロイに仲間だと認識されていれば術式は発動するのだ。
「その答えは、それこそいつも通りだよ。
お前は私達の盟友であり、共に戦場を駆けた仲間なのだ。お前の感覚を疑うなどありえん。」
私は―――、と言うよりウチの騎士団の連中で誰かを疑う事はあってもリロイの感覚を疑う奴はいない。
確かにリロイは頭が悪い。
戦争が終わって英雄と持て囃され、実家の侯爵家に戻って来て欲しいと頭を下げられて戻ってみたのだが、あまりにも頭が悪過ぎて結局、何の仕事も任せて貰えずにまたウチに帰って来たくらいに頭が悪い。
別に剣の腕が立つ訳でもないし、魔法も人並み以下だ。時々吃り過ぎて本気で何を言っているのか分からない。
騎士団の皆からは『小さきもの』なんて渾名を付けられて弄られる始末だ。
しかし、彼がいたから私達は死なずに済んだ。
どんな凄惨な戦場でも、リロイの感覚が我々の指針となったのだ。
ウチの騎士団の連中は、口では彼を揶揄する事はあっても彼に敬意を忘れる奴はいないし、彼を疑う奴もいない。
『千里天眼』リロイ・ダミアン・フォン・スチュアート。
間違いなく、彼は我が騎士団が誇る英雄の1人である。
「すまんがここを頼むぞ、団長、リロイ。」
「はっ!」 「は、はいぃ!」
2人を残して天幕を出る。
部下達が仕事をしたのだ。
この暴力が支配する国の公爵家の当主として私も仕事をせねばならない。
―――さて。行くか。




