お父様は気付く
私には産まれた時から謎の記憶があった。
それは朧気だけど、確かな記憶。
そこはここではないどこか。
違う世界、違う国に住むある1人の男の記憶。
20半ばまで学生として過ごした青春の記憶。
時に失敗をして恥をかき、時に成功をして有頂天になり、ただ我武者羅に働いた記憶。
学生時代からの恋が実り結婚をした記憶。
子が産まれ、孫もいたかもしれない。
男が住む国には大きな戦火もなく、少し退屈だけど満たされた世界の記憶。
とある凡俗な男の人生の記憶だ。
記憶が人格を形成するのであれば、どこか別の世界で生きていたとは言え、彼は間違いなく私の1部であるだろう。
前世の記憶と言っても良い。
実際この記憶のお陰で私は15年前の戦争を生き残り、公爵家の三男坊と言う生まれからこの国一番の大貴族に成り上がることが出来た。
生まれ落ちた時から形成されていた人格故か、幼い頃は神童と持て囃され、あらゆる知識を貪欲に吸収していった。
前世の記憶からすると中世から近代にかけての文明であるこの世界において、様々なブレイクスルーを実現し、当主の座についてからはさらにそれは加速した。
その結果、自分の領地をこの国でも有数の都市へと発展させることが出来た。
私はこの前世の記憶に感謝をしている。
今の成功は間違いなくこの記憶によるものだ。
だがしかし、拭いきれない違和感があった。
それは初めて魔法を使った時。
この国の地理を学んだ時。
我が家の家名を聞いた時。
いつもどこかで前世の記憶が疼いた。
思い出せそうで思い出せない。
毎回そんな違和感を感じるのだ。
そんな違和感に答えをくれたのは、何を隠そう私の長男、レオナルドだった。
あれは先週、領地にあるカントリーハウスから久しぶりに王都のタウンハウスに訪れた時だ。
それはレオナルドの入学試験に合わせ、溜まっていた王城での仕事や誘いを受けてそのままになっていたパーティーへの誘いを片付けようと領地からえっちらおっちら1週間かけてやって来た矢先の出来事だった。
「き、貴様っ! どうこの責任をとるつもりだ!?」
「え、あ、で、でもこれは―――」
「う、うるさいうるさい!! お前がこんな所でボサっと突っ立っていたからだ!!」
廊下に不愉快な罵倒と困惑する女の声が響く。
この声は―――?
見るとそこには醜く顔を歪めた黒髪ぽっちゃりボーイと、真っ青な顔をして崩れ落ちるピンクブロンドの三つ編みメイドがいた。
メイドの歳の頃はレオナルドとそう変わらないだろう。
確か、行儀見習いで家にやって来た寄子の貴族家の出だったはずだ。
2人の足元には粉々に割れた、おそらく10枚程度だろう、食器の破片が散らばっている。
……あれは私の食器だな。
たかが食器に金を掛けるのも馬鹿らしいと思いつつ、それも上級貴族の嗜みかと購入したそこそこの高級品だ。
2人のやり取りを見るに、私が王都屋敷に来るので、普段は閉まっていた私の食器を運んでいたメイドにレオナルドがぶつかったのだろう。
うん。どう考えても悪いのはレオナル―――。
「―――ぐっ!?」
思わず呻くほど前世の記憶が疼いた。
前世の俺が心の中で叫ぶのだ。
思い出せ、と。
「お、お父様!? い、いつからこちらに!?」
俺の姿に気付いたレオナルドが震える声で尋ねてくる。
……いつからか。
それはタウンハウスにいつ来たのと言う意味か、この事故をいつから見ていたのかと言う事なのか……。
まあ後者だろうな。
私が黙っていると、その後もいかに自分は悪くないかを早口でまくし立てるレオナルド。
曰く、メイドがフラフラしていた。
曰く、自分はしっかり避けた。
なとなど。
冷や汗をダラダラ流し、目を泳がしながら自己弁護を続ける。
いや、どんだけ必死だよ。
レオナルドの言動は絶対自分が悪いのを自覚している奴のそれじゃあないか……。
まるで前世で100万回は見た悪役貴族―――。
ピシャン!っとまるで雷に打たれた様に身体中に電気が走る。
―――そうだ。
悪役貴族……!
私は、この光景を見た事がある!
あれはゲーム……、そう! ゲームだ!
たいして売れなかったパソコンのゲーム!
ドマイナーなゲームだったが、システム周りやグラフィックの出来がそこそこ良かったので2作目も発売されたインディーズゲームだ!
確か名前はブレイブ・ブレイド!
在り来りなストーリーが織り成す陳腐なファンタジーRPGだ!
そうだよ。大学デビューに失敗して暇を持て余した夏休みにひたすらやり込んだあのゲーム!
1度気づいてしまえば、まるで堰を切ったように当時の記憶が蘇って来る。
剣と魔法のファンタジー。
主人公は赤髪のツンツン頭、元気いっぱいな平民の少年だ。
彼は持って生まれ莫大な魔力を認められ貴族ばかり通う学園に通う事になる。
そこで様々な出会いやイベントがあり、紆余曲折を経て勇者として魔王討伐の使命とゲームの題名にもなっている勇者の剣を与えられるのだ。
そんな在り来りな英雄譚に付き物の手垢のついた嫌な悪役貴族がいた。
入学試験では主人公の邪魔をし、それに失敗すると次に会ったら決闘をしてでも貴様を叩きのめすと喚き散らす。
その流れで入学早々に決闘騒ぎを起こし、当然のように惨敗。
学園生活では毎度毎度主人公の邪魔をし、その度に負かされ恥を上乗せする。
最終的には廃嫡され失意のどん底に落ちた心の隙を魔族に付け込まれ、そのまま人類を裏切って殺される……。
ざまぁ展開の為に生み出されたと言っても過言ではないぽっちゃり系悪役貴族。
その名はレオナルド・ジョンストン・フォン・フィンスター。
―――ウチの息子じゃないかっ!!?




