お父様は負ける
王都全体を囲う壁の先。
見晴らしの良い草原で私は途方に暮れていた。
月明かりがなんだか眩しい。
いや、待って?
少しオッサンに考える時間を下さい。
つまり、レオナルドはユーリア君が好き。
ユーリア君は?
見た感じレオナルドの事を好きそうだけど、彼女はテロ組織と繋がりがあるっぽい。
最悪、ハニトラの可能性がある。
これは正直微妙だ。
しかし、困った事に目の前に白い炎を纏ったアラン君が立ち塞がっている。
見た目からして白炎の勇者とかそう言う感じ。
ゲームのラスボス戦とかの有様だ。
こっそりと割られた防御結界を貼り直しはしたが、流石にあの白炎を纏った状態のアラン君と力比べをする気はない。
殺す気でやれば何とかなりそうな気もするが、その線はなしだ。
そして、問題のレオナルドだが……。
迷いのない真っ直ぐとした眼で私を見ている。
ルビはメではなくマナコだな。
私の立場で考えるなら、ユーリア君は処分した方が後腐れがなくて正解だと思う。
しかし、レオナルドにとってはそうではない。
1人の人間として、清濁どころか、善悪や正解も不正解も全て呑み込んだ上で決めたと言う大人の顔をしていた。
親としては非常に喜ばしい事だと思う。
つい先日まで、あんなに自信なさげに視線を踊らせ自己保身しか口にしなかった子がこうも変わったのだ。
我が子が自分の人生を自分で選ぼうとしている。それはとても素晴らしい事だろう。
……そう思うのだが、公爵としての私がそれに否をかけている。
え、マジでどうしたらいいんだ……?
「タイム! タイムです!」
時間にして数秒ほど思考の海に漂っていた私の意識をユーリア君の言葉が現実に引き戻す。
私の攻撃のせいでボロボロになった寝間着の上にレオナルドのローブを羽織ってその素肌を隠したユーリア君が走って来た。
「御館様もいきなりの事で混乱されていると思います! 少しお話をさせて下さい!」
あー、うん。
確かにそれはありがたいんだが……。
君、さっきまで私に殺されかけてたんだよ?
何でそんな普通に声を掛けられるの?
胆力やばくない?
「―――御館様の懸念としては、言ってしまうと私が信用出来ないという事ですよね?」
レオナルド達から少し離れた場所で移動し、開口一番ユーリア君がぶっ込んで来る。
「まぁ、砕いて言うとその通りだな。」
「あぁ、やっぱり! そうですよね!」
にこやかに頷くユーリア君。
うん。どこにそんな嬉しそうにする要素があったのん?
「魔族の血が入ってる時点で駄目とかだとどうしようもないので助かりました!」
あぁ、そっちね。
その辺は前世の知識もあってあんまり忌避感はないな。
前世風に言ってしまえば日系アメリカ人みたいなもんだ。いや、アメリカ系日本人かな?
「レオナルド様と結婚させて下さい! 政略結婚だったらご安心出来ませんか?」
笑顔で中々の爆弾を投げられたでござる。
いやいやいや、信用出来ない相手との結婚なんて―――いや、政略結婚か……。
貴族的にはまぁ悪くない……か?
戦争していた相手と講和目的で子ども達を結婚させるなんて言うのはよくある話だ。
フィンスター=ヘレオール家とセーデルホルム家で考えると、そうおかしな話でもない……。
いや、駄目か?
まだセーデルホルム家が魔族側だと確定してはいないが、セーデルホルム家当主の考えがどうか分からないし……。
うーん……。
「実際、条件的には悪くないと思うんです!
ほら、フィンスター=ヘレオール家って大戦の余波で2つの公爵家が引っ付いた家だから、正直な話、王家より大きいじゃないですか? そこに下手に大きな家と結び付いたら政治的にややこしくなると思うんです。その点、ウチはフィンスター家派閥の伯爵家。しかも私は次女です。とってもお買い得じゃないですか??」
「あー、うん。そうだね……。」
悩む私の顔を見て、ユーリア君が一気に畳み掛けて来る。
確かに、ウチがデカすぎるからレオナルドの嫁探しに苦労しているのは事実だ。
下手に領地持ちの侯爵やら辺境伯辺りとくっ付いたら領地や権力がデカくなり過ぎる。
それはとてもとてもややこしい。
今のフィンスター=ヘレオール家も戦後処理の暫定的な処置だからで押し通しているのだ。
ウチの子ども達が大きくなれば、フィンスター家とヘレオール家に分ける計画だ。
ともあれ、大きな家との婚約は駄目。
かと言って、その辺の男爵家や子爵家から嫁を引っ張ってくるのも微妙だ。
そう考えれば、寄子である伯爵家の次女と言うのはぶっちゃけありだ。
それにセーデルホルム家と言えば、我々王家関係者からするとそれなりに意味のある名前だ。
つまり、公爵家にとって2人の結婚は、条件的にはかなり好ましい。
「それにオディマの件ですが、少なくとも私が知る限り、セーデルホルム家とはまだ結び付いていません。協力の打診が会ったのが数ヶ月前くらいですね。」
なるほど……。それが事実ならまだ手の施しようはありそうだ。
しかし……。
「……数ヶ月前となると、君がウチに行儀見習いに来る直前の話だろう。そこから話が進展している可能性もあるんじゃないか?」
この際、彼女への信用とか信頼は棚上げするにしても彼女は次女だ。
現当主や次期当主の考えはまた違っている可能性はそれなりにあるだろう。
「そうなれば、私を旗印にセーデルホルムを2つに割って戦争をすればいいじゃないですか♪
むしろ、敵がハッキリするのでお得だと思いますよ?」
え、怖っ……。
何言ってんのこの子?
「それは……君の両親や姉君に弓引く行為だぞ? それは分かって―――。」
「私はセーデルホルムの女です。」
それが全ての答えだと言わんばかりにユーリア君が言い切る。
うん。目が座っていると言うか、ハイライトが消えてるね。
セーデルホルム家の話はある意味有名だ。
特に、王家の関係者の間では。
何せ先々代国王の愛人だったのだ。
当時の王家は今よりも権力がなく、それこそ絵に描いた様な愛のない政略結婚だったらしい。
そんな冷えきった2人の仲を取り持っていたのが当時のセーデルホルム家当主だった。
当時の3人の関係の詳しい所は分からないが、伝え聞く所によるとその仲は決して悪くはなかったらしい。
個人的にはセーデルホルム当主を側室にでもすれば良かったと思うのだが、その辺は政治的な忖度が働いていたのだろう。
当時のセーデルホルム家は単なる男爵家だったと言うのも関係しているかもしれない。
しかし、普通ならその繋がりを利用して上手く立ち回るのが貴族なのだが、セーデルホルムはそんな事は一切しなかった。
関係を仄めかす事もなく、当時の王や王妃、王家に尽くしたらしい。
セーデルホルムが愛人だと発覚したのは先々代の遺品整理のタイミングだった。
あのジジイは後生大事に当時のセーデルホルム当主との手紙を大量に残しており、私も1度その手紙を読んだことがある。
それはあのジジイへの心からの愛に溢れた手紙だった。
あのジジイは何度もセーデルホルム家を昇爵させようとしていた。
それは政治的な理由で側室にする事が出来ない罪滅ぼしだったのだろう。
しかし、その返事は常に否だった。
『私は貴方を愛しております。
しかし、その愛に応える必要はありません。
格別の配慮も不要です。
貴方を愛する事だけが私の喜びであり、それこそが我等セーデルホルムの矜恃なのです。』
そう綴られた手紙の後には、もっと王妃に優しくしろと言った叱咤や、あの毅然とした態度は素敵だったと言った惚気、そして常にあのジジイへの愛に溢れていた。
セーデルホルム家を伯爵にしたのは私の叔父であり、当時のセーデルホルム家当主の腹違いの兄である先代の王であった。
「セーデルホルム……。その名を出されると王家の関係者として何も言えなくなるな……。」
クスリとユーリア君が笑う。
「王家と当家は何の関係もございません。
―――ただ、私達はいつの時代も愛に狂い、愛に死ぬのです。」
その目はまるで殉教者の様であり、託宣を受けた巫女の様でもあった。
「ふぅ……。仕方ない。レオナルドと君の《《婚約》》を認め―――。」
「……私、家族だからこそ許せる事ってあると思うんですよね。」
私の言葉を遮り、やけに冷たい目をしたユーリア君は言葉を紡ぐ。
「例えば、確たる証拠もないのにいきなり殺されかけるとか。……ねぇ?お義父様。」
「……分かった。私の負けだ。―――だから、義娘よ。そんな目で見るのは止めなさい。」
そういう事になった。
本日の教訓。
原作知識を信用し過ぎると痛い目にあう。




