悪役貴族はご不満
―――俺はやっぱりアイツが気に入らない。
ある日突然俺の前に現れた、何だか分からない鳥頭で失礼な奴。
平民とか貴族とかもはや関係ないレベルで変な奴だ。
お父様がアイツを呼び出した日。
結局アイツは公爵家付きの食客となった。
アイツは王都の外れにある孤児院で暮しているので、早朝からウチの王都屋敷まで歩きで通っている。
スケジュールは早朝から身体を使った訓練。
昼食後からは主に礼儀作法や座学。
夕食後には魔法の訓練。
終わるのは大体夜の10時から11時くらい。
朝の5時からひたすら勉強をする毎日だ。
ちなみに、朝夕の訓練はひたすら課題をこなす自主トレメイン。
昼間の教師は俺の家庭教師達。
つまり、必然的に俺達は一緒に勉強する事になった。
1日16時間以上の勉強なんてハードスケジュールをアイツは実に嬉しそうにこなしている。
こうやって誰かに何かを教えて貰えるなんて初めてで、しかも金まで貰えるなんて公爵家には感謝しかない!なんてキラキラした顔をして礼を言われた。
まぁ、身の程を分かってるなら良いんだが……。
2週間程、一緒に過ごしてみて分かったのだが、アイツは無能ではない。
むしろ、腹立たしいくらいに優秀だ。
例えば、軍事身体強化魔法『赤眼』を覚えるのに俺は半日くらいかかった。
でもアイツは僅か数時間で覚えてしまった。
お父様曰く、『赤眼』はかなり感覚が大事な魔法だから理論派の俺より感覚派のアイツの方が覚えやすいと言っていた。
お父様の言う通り、確かに感覚派のアイツは座学にかなり苦戦している。
決して地頭は悪くないのだが、性格的にかなり大雑把なのが原因だろう。
それでも礼節の方は何とかギリギリ及第点……に近付いている気が薄らとしているのはアイツの努力の賜物だろう。
そう認めるのは少し癪だが……。
癪と言えば、訓練がてらアイツと戦う事があるのだが、戦績はほぼ互角だ。
最初のうちは俺の策がハマって翻弄出来るのだが、次第にアイツは俺の策を食い破ってくる。
咄嗟の機転や爆発力は悔しいが俺より上だ。
本当に腹立たしい……。
アイツと訓練をする様になって3週間が過ぎた3月の頭頃、お父様から課題を申し付けられた。
お父様は忙しい合間を縫って俺達の様子を見に来てくれる。
「お前達もある程度『赤眼』に慣れて来た様だな。そろそろ入学式も近いし、もう少し実践的な訓練に移ろう。」
―――来た! 試しの儀だ!
俺は内心飛び跳ね喜んだ。
試しの儀とはウチの騎士団伝統の試験だ。
新人騎士に実戦経験を積ませる為に、その新人の実力ならまず大丈夫と言う魔物の巣で着の身着のままでサバイバル訓練をするのだ。
これを受けれると言う事は、その実力をお父様に認められた事に他ならない。
よぉし!やるぞっ!!
―――常闇の森。
王都近くにある森林地帯の俗称で、有名な魔物の発生地域である。
野生動物と魔物の違いはその攻撃性。
基本的に野生動物は、それが熊であれ狼であれ慎重で臆病だ。
奴等はその動物的本能に従い、自分や家族が生きる為、食う為に戦う。
しかし、魔物はそうではない。
戦い、強くなる事を主眼に生きる異常生物。
そんな修羅の坩堝のような森で約1ヶ月のサバイバル訓練が開始された。
―――ドカン!
轟音と同時に木々が吹き飛ぶ。
成人男性の胴体より太い木の幹を撒き散らしながら6本足の熊が走る。
「ふっざけるな! 何だあの化け物は!?」
「アイツはフォーアームズベアだ! 後ろ足の倍くらいデカイ4本の前足が特徴的な魔獣だって本で読んだぞ!」
「俺も読んだよ! バカタレ! でも、あそこまでデカイ何て書いてなかったぞ! どう考えても立ち上がったら体長5mは超えるぞ!?」
『赤眼』状態で2人揃って化け物熊から逃げる。
策も何もない一心不乱の逃走だ。
しかし、あちらは5m超の化け物で六足歩行。こちらは普通サイズの人間の二足歩行。
魔力出力自体は俺たちの方が大きいのだが、悲しいかな足の長さも体の構造も違い過ぎる。
逃げ切る事など不可能だ。
「このままじゃ埒が明かん! 一か八かやってみるぞ!」
「おう! 任せろ!! 埒を明けてやる!!」
アイツの右腕が炎に包まれ、俺の左手がバチバチと帯電する。
2人で同時に振り返り、化け物熊の顔面に向けて殴り掛かる。
「GuOOooooONNnnn!!」
質量差を埋める為に魔力は全開。
後のことなんか何にも考えていない一撃は、熊を馬鹿でかい咆哮と共に吹っ飛ばした。
拳を放った格好のまま、俺達は固まったままだ。数m先に化け物熊が仰向けに倒れている。
「や、やったか……?」
「た、多分……?」
ジワジワと達成感が込み上げて来る。
「「ぃやったぁ―――」」
グォオォオオン!!ギャギャッ!!カロロロ!
歓喜の声を上げようとした瞬間、周りの魔獣達の殺気が膨れ上がる。
「なぁレオ……。み、見られてる……よな?」
「あ、ああ。多分……。他の魔獣達の……気配を感じる……。」
「気配って言うか殺気じゃね?」
「皆まで言うな! 現実をみたくないんだ! 頼むから察しろ!」
「レオって口と態度は偉そうな割に結構繊細だよな……。」
それからコソコソと熊の生死を確認してその場を後にした。
熊の解体が出来れば良かったのだが、流石にあんな殺気まみれな場所であの大きさの熊の解体何か出来やしなかった。
サバイバル訓練の何が大変だったかと言えば、当然衣食住の確保だ。
お父様からは常闇の森は資源が豊富だから最低限の装備だけあれば大丈夫と言われ、ほとんど着の身着のままで森に放り込まれた。
確かに資源は豊富だ。
いたる所から魔物達の気配や殺気を感じる。
しかし、魔物を狩ることよりも解体する事の方が大変だった。何せ魔物達はデカイ。
あの化け物熊の5mでさえノーマルサイズ。
下手すれば10mクラスも普通にいたくらいだ。
まともな解体や血抜きなんか出来やしない。
俺達は血なまぐさい肉を焦げるまで焼いて何とか飢えをしのいだ。
それ以外にも木の実や草など豊富に生えていたが、食べれるかどうかもよく分からない。
アイツが物は試しだ!とか言って木の実を食べたが、1晩中吐いていた。
と言うか、サバイバル訓練の間は2人揃ってずっと腹を下していた。
寝床は拾って来た木と草ででっち上げた簡素なテントもどき。
服と言う概念はサバイバル訓練1週目でなくなった。魔物に襲われ過ぎてボロボロの布切れになったのだ。 俺達が身に纏うのは申し訳程度に下腹部を隠す泥まみれのボロ切れ。
『赤眼』のお陰で何とかその状態でも生き延びる事が出来たが、旧来通りの身体強化魔法だと無理だっただろう。
正直、まだスラムの浮浪者の方が人間らしい生活をしていると思う。
しかし、そんな過酷な状況の中、あの馬鹿は日々の訓練を止めなかった。
ある晩、見張りの交代前に目が覚めると、あのバカがその辺で拾った木の枝で素振りをしているのが見えた。
……剣筋がしっかりして来たな。
元からアイツは身体能力は高かったが、剣を腕で振っていた。
しかし、今はまるで剣を腕の延長の様に捉えてしっかりと体全体を使って振れている。
「―――すまん、レオ。起こしちまったか。」
こちらを振り返らずに声を掛けて来る。
また一段と感覚が鋭くなってやがる……。
「……随分と余裕だな。こんな状況でも素振りをする余力があるのか?」
「――余裕何かないさ。俺はまだまだ弱い。」
アイツは素振りを止めて真っ直ぐに俺を見る。
常闇の森と言われるほどに月明かりすらささない真っ暗な闇の中、不思議とお互いの顔だけがハッキリ見えた。
「戦績は互角だったと思うがな?」
「レオが勝つ時は余裕を持って勝つけど、オレが勝つ時、オレはズタボロじゃないか。悔しいけど、そもそもの地力が違うんだ。」
それくらいは頭の悪いオレにも分かると、フンと鼻を鳴らす。
……まぁ、間違ってはいない。
俺がコイツに負けるパターンは、戦況をひっくり返され、度胸比べや我慢比べになった時がほとんどだ。
「まだよく分かってないけど、入学式の時にオレ達で決闘をするんだろ? それも皆が平民とか貴族とかどうでもよくなるくらいのド派手な大勝負。」
「……お前、俺やお父様があれだけ説明したのにそんな浅い理解しかしてないのか?」
確かに間違ってはいないが、物事の理解が大雑把過ぎる。本当にコイツはいつもいつも……。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ニカッと笑う鳥頭。
「馬鹿なオレが頭使っても仕方ないだろ? オレは余計な事を考えずに突っ走るだけだ。」
「……はぁ。そんな事だと今に騙されて酷い目にあうぞ?」
「オレだって人は選ぶさ! レオは良い奴だ!」
―――コイツはいつもこうなのだ。
酷く純粋で、危なっかしい。
勢いに任せてどこまでも愚直に、真っ直ぐに駆け抜ける事しか知らない。
そして、ここ1ヶ月……。 いや、きっと初めて会った時からコイツの愚直さに俺は巻き込まれてしまっている。
そして、とても業腹な事に、俺は不思議とそれが嫌ではないのだ……。
「……はぁ。お前がもっと嫌な奴だったら楽だったのにな。」
「ど、どう言う意味だよ!?」
言葉通りの意味だと言い放ち、交代の時間まで寝直そうと寝床に向かう。
「―――あぁ、そうだ。《《アル》》。
その棒は捨てるなよ? 後で俺も使う。」
「ははっ、分かったよ。 ホント、レオは負けず嫌い―――え? 今なんて言った?」
「ふん。 不敬にも散々俺の名前を縮めて言い放っているんだ。 文句は言わせんぞ。」
「え、それ渾名って言うか、初めてオレの名前を―――!?」
ギャーギャーと喚くアルを無視して寝床に入る。
ちっ。本当にやかましい奴だ。
そう思いながら、俺は知らず知らずのうちに自分の口角が上がっている事に気付いた。
……くそ。つくづく業腹だ。




