第36話「幻影の迷廊」
新たな月が訪れ、学院はまた一つの試練を用意したとの報せが届いた。今回は「幻影の迷廊」と呼ばれる特設フィールドでの試験だと告知されている。詳細によれば、そのフィールドには特殊な魔力が満ちており、M級魔物だけでなく、幻惑魔法による見た目や音の偽装が施されるらしい。これまでと異なるのは、敵が実際にそこにいるのか、それとも幻影か判別しづらいという点だ。
朝、学院の広場で参加予定者が説明を受ける。試練の目的は、幻影だらけの迷廊内で指定の宝石を三つ入手し、出口へ戻ること。ただし、幻影によって偽りの通路やダミーの魔物が出現し、本物のM級魔物と紛れ込むとのことだ。正体不明の影が行く手を阻む中、どれだけ冷静に状況を見極めるかが問われる試練だと担当教官が述べる。
ワシは人混みの中から離れて立ち尽くし、考えを巡らせる。M級魔物は本物なら従来の戦術で対処できるが、幻影の存在が厄介だ。光や音を使って誘導しようとしても、相手が幻なら効果がないし、逆に本物かどうか迷っているうちに消耗する恐れもある。
「どう見抜く?」ワシは心中で自問する。魔力感知が多少できれば、本物の魔物と幻影の微妙な差を感じ取れるかもしれない。あるいは幻影には実体がないから、足音が異なる、攻撃が当たらないなどの特徴があるはずだ。
リールが近づいてきて、小声で「幻影相手に誘導戦術は通じないかもね。本物かどうか分からない相手に手を尽くしたら、徒労に終わるかもしれない。」
ワシは頷く。「確かに。偽物に手間をかければ無駄な消耗だ。むしろ、最初は極力戦わずに観察し、幻影を見抜く基準を掴むことが大事かも。幻影は質量がないか音が出ないなど、何かしら不自然な点があると思う。」
リールは真剣な表情で「それに、あんたはM級魔物を安定して倒せるようになったけど、本物と幻影を間違えて全力攻撃したら、体力と時間を無駄にするわ。卒業までにK級相当を目指すなら、こういう試練で目利きを鍛えるのも有効ね。」
ワシは微笑む。「ああ、今はお前のからかい呼び(ワシ呼び)にも動揺しないくらいメンタルが強くなってるからな。冷静に対処すれば、必ず手があるはずだ。」
スタートの合図が鳴り、参加者たちが順次、幻影の迷廊へ放り込まれる。ワシの順番になり、闇に包まれた通路へ足を踏み入れる。壁には不規則な紋様が浮かび上がり、かすかな風が吹くたびに光が揺らめき、廊下の形すら変わったように見える。
最初は慌てず、ゆっくり歩みながら感覚を研ぎ澄ます。音を立てずに周囲を観察し、突如出現する魔物らしき影にも飛びかからない。じっと見ていると、ある影がふわりと揺れて壁をすり抜けた。「あれは幻影だな」と心中で確信する。
次に、明らかに重量感のある足音と唸り声を立てて近づく影が現れる。床に爪の引っかかる微かな感触、呼吸の湿度、そういう生々しさがある相手は本物かもしれない。ワシは慎重に近づき、物陰から音をわずかに鳴らすと、魔物が反応して動く。実体があると確認すれば、短剣で一撃を狙える。魔物が立てた足音の響き方から、本物と判断して突撃、急所を的確に突くと、確かな手ごたえを感じて息絶えた。
「よし、見極め成功。」一匹倒せば道が開く。先へ進むと、分岐路で幻影が大量に出現して視界を乱すが、焦らず確認する。幻影は干渉してこないし、攻撃しても空を切るだけなら行動を起こさない方がいい。通り抜け可能な幻は無視し、存在感のある影だけに注意すれば、無駄な攻撃をしなくて済む。
しばらく進むと、目標の宝石を収めた台座が見えた。そこに座り込む魔物がいるが、果たして本物か?ゆっくり近づくと、魔物が微かに呼吸音を立て、尻尾を揺らして地面に微細な振動を伝えている。その生々しさが、本物であることを示していると判断し、僅かな音で魔物の意識を誘導。魔物が首を傾けた瞬間、後ろへ回り込み一撃で仕留める。
宝石を手に入れた後は、幻影の群れを避けながら出口へ戻る。目利き能力が試される試練だが、ワシは安定して本物と幻影を見分ける術を身につけた気がする。
脱出に成功し、試練終了後に教官が結果を発表する。上位に名前が読み上げられ、他の参加者が驚いた表情を浮かべているのが分かる。「幻影戦術に初挑戦なのに、すでにM級を安定攻略し、幻影を見極める冷静さまで発揮している」と評される。
会場を出ると、リールが駆け寄ってくる。「やっぱりあんた上位よね。本物と幻影を見極めるなんて難しそうなのに、どうやったの?」と興味津々に尋ねる。
ワシは肩を軽くすくめ、「実体のあるなし、音の響き方、生々しさで判断した。慣れてくれば、簡単な見分け方法が見つかる。」
リールは感心し、「それなら次回、同じような試練があっても対応できるわね。M級が当然のように対処できるなら、そろそろK級に近づくためにさらなる魔力制御や剣術強化も考えないと。」
夜、寮の部屋でノートを開き、今回のポイントを記す。幻影と本物を区別する観察力と判断力が身についたことで、どんな変則的な環境でもM級魔物をほぼ確実に倒せる自信がある。月ごとの試練を経て、対応力が増し、無駄な消耗が減り、戦闘スタイルが完成度を増している。
「これでM級は盤石な基盤になりつつある。この一年でさらに技術と魔力操作を鍛えれば、K級近くまで行くのは現実的だ。」心中で微笑む。
窓外には月が輝き、静かな風が吹いている。ワシは瞼を閉じて、明日からの特別講座や自主訓練を思い浮かべる。幻影の迷廊も攻略した今、次にどんな変則的な試練が来ても、きっと冷静に対応できるだろう。
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