君の寝言によれば、ライトニング・アルヴァーニがムーンサルトをすると、百式トレンジットが破裂するらしい。
僕の妻の寝言は、早朝、極まれに発生する突発的な劇場だ。ただ、起きた妻に「何の夢、見てたの?」と聞いても大抵は覚えていないので、僕は妻の見ている夢を勝手に想像するしかなかった。それでも、妻はいつも面白い話を僕に聞かせてくれる。
「……あ、やば」
妻が何か言い始めたのに気が付いて、僕は眠りから徐々に覚醒し始めた。
「ら、ライトに……絵に……具? らいとにんぐ・あるうぁーに……」
僕の頭の中には、ぽやんと手持ちライトと絵具が出現する。ライトニング・アルヴァーニ?ライトと絵具を持った金髪碧眼の男を想像した。……爽やかな笑顔の好青年で想像してしまって、妻の夢に僕が出ていないことに不満を持ってもいいだろう。僕はモヤっとして少し目が覚めてきた。
「ぐ、い、いっ……ムーンサルトを止めなきゃ……」
その金髪碧眼青年は、夢の中で大変なことになっているらしい。僕は絵の具とライトをぶん投げてムーンサルトを決める、いけ好かない男を想像した。少し苦しそうな妻の声に、僕は目を開いて隣の表情を見ようと身体を動かす。
「だめ、百式トレンジットが破裂するから……」
僕は完全に覚醒した状態で、妻の寝言を聞いていた。なるほど、青年のムーンサルトによって百式トレンジットとやらが破裂の危機らしい。
「止めるには……力が欲しいか……」
僕は笑った。妻は世界征服でもするつもりだろうか。
「力士が排水溝に詰まった……? そうか、ネットし忘れてたから……」
そういえば、妻は昨日、風呂場の排水溝もそろそろ掃除しなきゃって言ってたな。
「あーーーッ! 馬鹿!!」
ふと気を逸らしていた僕に構わず、妻はいきなり大きな声を出すと、勢いよく上半身を起き上がらせた。そのまま、数秒、静止。
僕はそんな妻に、のんびり声をかけた。
「おはよう」
「……おはよう」
ゆっくり振り返る妻は、ぼんやり僕を見た。
「何の夢見てたの?」
「なんか、なんだろ……? なんか爆発した」
妻の努力の甲斐なく、百式トレンジットは破裂したらしい。さて、僕は、どうしても聞いておくべきことがある。
「で、ライトニング・アルヴァーニって誰?」
「えっ、誰それ? 新しい俳優?」
どうやら僕の想像した金髪碧眼好青年は妻の記憶には残れなかったらしい。僕は安心した笑いを零して、妻のぴよんと伸びた寝癖を撫でた。