拾ったオークが美少女エルフに変身するらしいが、オレはそのことに気づいていない件について
——オークを拾った。
迷宮の奥底での出来事である。お宝の山はすっかり取り尽くされた宝物庫の隅で「ぶひぶひ」と鳴いていたのがコイツである。
オーク——まあ二足歩行する豚をイメージしてくれれば良い。身長はオレの肩ぐらい。オークにしては小柄だ。たぶん雌。肌の色が白いのは珍しいが、まあそれ以外は取り立てて特徴は無い。なぜか赤い首輪を嵌められ、鎖に繋がれていた。
まあ普通なら、サクッと退治して経験値に変換するところだが——オレも焼きが回ったのかな。オークは近づくと警戒して唸り声を上げたが、オレは手にした剣で鎖を切ってやった。
「ほら、どこへでも行きな」
「——……」
たぶん人間の言葉など理解しないだろうが、そんな言葉も掛けてやった。オークのつぶらな瞳が、オレを見つめている。様な気がした。なんていうのか、その時オレはちょっとセンチメンタルな気分だったのだ。
つい先刻。仲間と一緒に苦労してこの迷宮の深奥までやってきたのだが、その仲間たちから見捨てられたのである。仲間はオレを置いて、全員転移魔法で帰ってしまった。
迷宮に一人取り残されるってことは、まあ死んでもいいってことだ。そこまで何か恨まれる理由あったか? 理由は——分からない。ショックだった。迷宮に潜る直前には酒場であんなに盛り上がったのに……人間不信になりそうだ。
「さて……出口を目指すか」
こんな空の宝物庫にいても仕方が無い。生きて出れるか分からないが……オレは出口を目指して歩き始める。
「……えっと、何か用?」
「ぶひ」
オレの後ろに、あの白いもちもち肌のオークがついている。言葉は通じない。でもオレが三歩歩くとオークも三歩歩き、二歩進むと二歩進む。ジャンプするとジャンプした。
「うーむ……」
「ぶひぶひ」
これは……もしかして懐かれたのかな? 友好的なオークというのは聞いたことがないが、だが多少の知恵はあるモンスターだ。このオークも一匹では迷宮を脱出できまい。だから行動を共にする……まあ理には適っているか。
「……一緒に来るか?」
「ぶひ」
「ならオレが前を行くから、お前は後ろを警戒しながらついてきてくれ」
「ぶひぶひ!」
オークは「がんばるぞ」みたいな仕草をした。うーん、言葉が通じているのかな? まあいい。少なくとも一人で迷宮を行くよりマシだろう。
とか思っていたら、存外役に立った。
「ぶひっ!」
『ギャシャアア』
白いもちもち肌のオークは俊敏な動きでリザードマンを攪乱する。あれだ、動けるデブだ。攻撃する手段は持っていないが、横に縦にと俊敏に動ける。
オークの動きに気を取られているウチに、オレは剣でリザードマンを斬り倒す。
「よし! よくやった!」
「ぶひっ」
オレが親指を立てると、オークも爪を立てて応えた。何度が戦闘を重ねる内に、オレたちの連携はすごぶる良くなっていった。言葉は通じないが、逆にその分相手の表情や動きに注目するので、かえって連携が取りやすいまである。
「あー、いいな、お前。こんなに連携がスムーズに行くのは初めてかもしれないなー」
「ぶひ」
オレはちょっとだけ、仲間に裏切られた心が癒やされる気がした。コイツは嘘つかないし……あ、そういえば。
「……お前、名前なんていうんだ?」
「ぶひ」
オークは爪を指し示した。その先には何かの植物が壁一面に生えている。……そろそろ迷宮の出口も近い。しかしあの植物、なんていう名前だったか……そうだ、アイビーだ。結婚式のブーケトスとかに使われるやつだ。
「もしかして、アイビーって名前なのか?」
「ぶひ」
白いもちもち肌オークは胸を張った。ぶるんとふくよかな下腹が震える。ちなみにオークの腹の構造は豚と一緒だ。
なるほど、アイビーというのか。しかしお前、人間の言葉わかるのな。ちょっとビックリしたわ。
「じゃあアイビー。あとちょっとで迷宮の出口だ、頑張るぞ!」
「ぶひっ!」
すっかり意気投合したオレとアイビーは、元気よく迷宮の出口に向かって突き進むのであった。
—— ※ —— ※ ——
「……出られた」
そうして実にあっさりと、オレたちは迷宮を出ることが出来た。喜び合う一人と一匹。迷宮の出口は山の中腹にある。オレたちはそのまま山を下り、川沿いにあった小屋で一泊する。
「お前……本当にもちもちしているなあ」
「ぶひ」
オレはアイビーの身体を洗う。迷宮に籠もっていたからオレもアイビーもすっかり垢まみれだ。石鹸で泡立てた布で、アイビーの背中を擦ってやる。まあオークの手足は短い。背中まで届かないからな……。
ごしごしと白い肌を擦る。豚は結構清潔好きな動物だ。そしてオークもどうやらその点は一緒らしい。アイビーは心地よい表情をしている(様に見える)。
「ぶひ」
背中が一通り擦り終わると、アイビーはくるりと振り返った。豚と同じ、動物の乳がでんと見える。ホントに豚と一緒なんだな……。
「なんだ、こっちも擦れっていうのか?」
「ぶひ」
「自分の手届くだろ?」
「ぶひぶひ」
アイビーは何やら猛烈に主張している……様な顔をしている。さすがにオーク語は全く分からないが、コッチも洗えと言っている気がする。
「この甘えん坊め」
「ぶひぶひぶひ」
仕方が無いので、オレは丹念に擦ってやる。まあオレも、実家で豚の世話をしているころはよくやっていたしな。なんだか懐かしくなって、隅々まで綺麗にしてやった。アイビーは満足そうだった(気がする)。
—— ※ —— ※ ——
そして一週間ぐらいかけて、王都まで帰ってきた。さて、アイビーはどうしよう? とりあえず服は着せた。まあ見た目は豚なので全裸でも良いかなと思ったが……二足歩行される存在が全裸というのはちょっと……と思った。あと赤い首輪は外せなかった。なんかめっちゃ硬くて、剣の刃先の方が欠けた。なんだろ、あの金属?
そしてアイビーはオークである。コイツに害が無いことはオレは分かっているが、さて門番がすんなり通してくれるか——。
「よし通れ」
「ぶひ」
杞憂でした。あっさり通れた。まあ王都だと獣人種もそう珍しくもないが……やはり好印象の決め手は清潔感なのかなと思った。お風呂に入って正解だった。
「おお、一ヶ月ぶりの王都だ。懐かしいなー……」
「ぶひぶひー」
王都は相変わらず賑やかだった。通りの出店では、よく分からない発掘品が景気よく売られている。近年、迷宮の発見が相次いで古代文明の壺やら魔法の品やらが数多く出土する様になった。
まあオレもそれで一攫千金を狙う冒険者の一人ってワケだ。まあそんな山師の集まりなので、今回みたいに裏切られたりもする。分かってはいるが、田舎育ちのオレには少々辛い現実だ。まあ今のオレにはアイビーがいるけどな……。
さて次の仕事を探すかー、思って冒険者組合に顔を出した。それがいけなかった。アイツらと出くわしてしまった。あの、オレを裏切って迷宮に置き去りにした連中だ。
「あっ……アンタッ! 生きていたのッ」
俺の顔を見ると、魔術師の女キルケーは思わずそう叫んだ。そしてはっと気づいて口を押さえる。それで何となく察する。あー、もしかしてオレのことを冒険者組合に事故死か何かで報告したのか。まあそうだよな、置き去りにしましたとは言えないもんな。
「よ、よう。アンス! お前、ぶ、無事だったんだな」
わざとらしい笑顔で近づいてくるのは盗賊の男ノイエだ。その後ろにはやはり動揺を隠せない神官の男ケーンがいる。嗚呼ケーン。正直、裏切られて一番ショックだったのはお前だよ。まさか神官が裏切るなんてなあ……。
あ、アンスっていうのはオレの名前ね。
「ぶひ」
微妙な空気を感じてか、周囲の視線がオレたちに集まってくる。慌てたキルケーがオレに近づき、ぐいっと腕を取る。そのオレの肘が、キルケーの豊満な胸に食い込む。
「ぶひぶひッ!」
何やらアイビーが唸っている。オレはその柔らかさにドキッとしつつも、平静を装う。そうやって色仕掛けで誤魔化そうっていうんだな? そうは問屋が卸さないぞ?
「さすがアンスね。あんな状況から生きて帰れるなんて! さあ聞かせてちょうだいな、貴方のの冒険譚を」
大袈裟に、そして妖艶に囁くキルケーの吐息が耳にかかる。そ、そんなことで……騙されないぞ!?
「……もちろん、そこでお宝の山分けの話もしましょ?」
「う、うん……そうだな」
「ぶひぶひぶひッ!」
所詮は田舎から出てきたばかりの若造のオレ。すっかりキルケーの色香に惑わされて、近くの酒場へと連れていかれてしまった。ぶひぶひとしていた鳴き声も、その内に聞こえなくなっていった。
—— ※ —— ※ ——
「あー、うんざッ。こいつ結構吞んだわねー」
アイビーはイラつきながら、ぺっと下品な唾を吐いた。それは床の上で寝転がるアンスの頭に命中する。
そこは貧民街の空き家の一室。月光だけが差し込む室内にはキルケーとノイエ、そしてケーンがアンスを取り囲んでいる。アンスは酔い潰れている。
「だから私はあの場で殺そうと提案したのだ。こうやって万が一のことがあるからな」
そう言ったのは神官のケーンだ。その表情は無慈悲で、とても神に仕える者の顔とは思えない。ケーンの視線は盗賊のノイエに向けられている。彼は肩を竦める。
「でもこいつ戦士なんだぜ。殺すっていっても誰が殺すんだよ——オレはやだね」
「だから酔い潰したんでしょ。ここまで来たら、やるしかないよ」
キルケーは懐から短剣を取り出した。彼女は魔術師ではあるが、この状態なら戦士であるアンスを殺せる。
——彼らがアンスを裏切った理由は至極簡単だ。宝物庫で見つけたお宝の中に、大きな宝石が三つあった。そう三つ……四つではない。そう、彼らは欲に目が眩んだのだ。
「……ちょっと待って。これって、あたしが殺すって流れなのかしら?」
「オレでもいいけど……ナイフ抜いたのなら、最後までやったら?」
「私は神官です。人殺しは禁忌ですので」
「お前、ほんと酷い坊主だな?!」
キルケーは仕方が無く、ナイフを振りかざす。
——その時。
「誰だッ!?」
ケーンが叫ぶ。突然、女の笑い声がしたのだ。外から? 三人は慌てて外へと出る。するとそこには——豚がいた。
「ぶひ」
失礼、オークがいた。赤い首輪をした白いもちもち肌のオーク、アイビーだった。
「おまえ……アンスが連れていたオークか?」
ノイエが怪訝そうな表情でアイビーを見る。たかが小柄なオーク一匹。大した問題ではない……ないはずだが、なぜか彼の五感は激しく警告を発していた。
月をバックに立つ白いオーク……あれは、なにかヤバイ!
「貴方たちね? ご主人様を裏切ってくれたクズ共というのは」
「オークが、喋った?」
キルケーが目を剥く。しかもその声はさっきの女の声。透き徹る様な美しい美声だった。
「……まあ、そのお陰でご主人様と出会えたのだから、ちょっとは勘弁してあげても良くってよ?」
「何を言っている! このオーク風情が!」
ケーンは武器のメイスを取り出して、アイビーに殴りかかった。が、その腕が途中で止められる。
「な……に……?」
オークの短い手ではけして届かない距離。なのにケーンの腕が止められた。見れば、アイビーの姿が変貌していく。
——月光の下で。
短い手足が長く伸び、さらりと美しい銀髪が垂れ下がる。ウエストはきゅっと引き締まり、胸と尻が艶めかしい曲線を描く。そして、きりっと透き徹った目鼻立ち。薄い唇が口角を上げる。
「え……エルフ?」
ケーンが呻く。そう、白いもちもち肌のオークだったものが、今や神秘のオーラを纏った銀髪のエルフへと変貌を遂げていた。白いもちもちの肌と赤い首輪だけが、二者を結びつけている。
ケーンはその場に尻餅をついた。圧倒的な魔力の流れをオーク、いや銀髪のエルフから感じる。これは普通のエルフじゃない……神代のハイエルフだ!
「ど、どうしてハイエルフがこんなところに……?!」
「ん? まあそうねえ……あの迷宮を開放したのは貴方たちだから、まあ多少は恩義があるかもね。まあ何と言っても一番は、鎖を断ち切ってくれたご主人様だけどね」
「ご、ご主人……さま……?」
「……貴方たち」
「は、はひいっ!」
三人の応える声が思わず上擦る。
「男二人は、もう二度と私たちの前に姿を現さないと誓うのなら、逃がしてあげてもいいわ」
「は、はい。勿論ですッ!」
「あ、あたしは?!」
そんなキルケーに、銀髪のエルフはゴミを見るかの様な視線を投げ掛けた。
「……アンタはご主人様に色目を使ったわね? そんな汚らわしい女を、私が許すとでも思って?」
「いや、あれは色目というか……あくまで捕まえるためで、けしてその気があったわけじゃないのよ! むしろ興味はまったくないってい」
「ご主人様に魅力が無いっていうのッ!!」
突然激昂したエルフの眼から、閃光が放たれた。
「え……うそ」
ノイエが呆然と呟く。今までノイジーがいた場所には、今、豚がいる。二足歩行のオークではない。本物の豚だ。その豚はぶひぶひ鼻を鳴らすと、一目算に貧困街の闇の中へと消えていった。呆然と見送るノイエ。
「ま、魔法だ……神代の、本物の魔法だッ」
ケーンはそう叫ぶと、泡を吐きながら四つん這いで逃げ出した。はっと我に返ったノイエも、慌てて逃げ出す。
銀髪のエルフは、それを興味なさげな視線で見送った。
「殺しても良かったけど……血で肌が汚れちゃうしな」
そう呟くと、銀髪のエルフはアンスが運び込まれた空き家へと入っていく。床の上ではまだアンスが寝ている。どうやらこれは朝まで起きなそうだ。
「ああ、ご主人様ぁ……」
銀髪のエルフはうっとりとした表情で、アンスの直ぐ傍に寝そべった。そしてその長い手足でアイスを包み込む。
「安心してくださいね……アイビーは、助けてもらったご恩は一生忘れません……ずっとお側におりますよ……」
「——だから、絶対裏切らないでくださいね——」
—— ※ —— ※ ——
「あー、いてて。あったま痛てーッ」
オレは目を覚ました。見慣れない床。ここどこだ? キルケーたちと呑み始めたことまでは覚えているが、その先が記憶が無い。随分と酒を呑んでしまった様だ。
むに。
「ん?」
起き上がろうと手を動かしたら、何か柔らかいものに当たった。むにむにと揉むが、揉み心地がいい。ああ、それは豚の乳房だ。
ゆっくりと起き上がる。オレに密着する様に、白いもちもち肌のオーク、アイビーが寝ている。あれ? おかしいな。王都に入る前に着せてやった服を着ていない。全裸だ。
まあ全裸と言っても二足歩行する豚だしな……。このままでもいいのかな?
しばらくするとアイビーも目を覚ました。
「おう、おはよう。よく眠れたか?」
「ぶひ」
アイビーが返事をした。よく眠れた、という返事だと思っておこう。
「さて、これからどうするか。とりあえず冒険者組合に戻って……キルケーたちと相談の続きをしないとなー。気が重い」
「ぶひぶひ」
「なんだ? 何か言いたげだな?」
「ぶひぶひぶひ」
「ははは、よく分からん。まあとりあえず朝飯にしよう。——行こうか、アイビー」
「ぶひ」
朝日の中。そうしてオレはアイビーの手を引き、ゆっくりと酒場を目指して歩き始めた。
【完】
おはようございます、沙崎あやしです。
今回の短編小説は「オーク+異世界」で攻めてみました。お楽しみいただけましたでしょうか?
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