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探偵マイク  作者: 光翔
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7 夜の星塔と追跡の物語

剣持は、マイクとリンにT市での滞在先について尋ねた。

「…お二人は、T市での滞在先は決まってるんですか? もし、まだ決まってなければ、ホテルを紹介しましょうか。T市には詳しいんで」

「…ありがとうございます。実は、市中心部のホテルを予約していたんですが…」

マイクは、感謝の意を述べつつ、当初の予定を説明した。

「…まさか、容疑者が逃走するとは思っていませんでしたので。T市でカイを逮捕・起訴するには、ある程度の期間滞在することになりそうです。そうなると、当初予約したホテルよりも、もう少し経済的で便利なところの方がありがたいんですが…」

リンが、事情を説明して、ホテルの紹介を改めてお願いした。

「…任せといてください! 仕事が終わったら、一緒にホテルを探しに行きましょう」

剣持は胸を張って答えた。

仕事が終わり、剣持はマイクとリンを先に夕食に連れて行くことにした。

「…せっかくT市に来たんだから、美味しいものを食べてもらいたい。寿司でもどうですか?」

剣持に案内されたのは、住宅街にある細い路地の奥まった場所にあった寿司屋だった。店自体はこじんまりとしており、カウンターの中には恰幅の良い女将さんと若い女性店員の姿が見える。

剣持が入店すると、女将さんは顔を綻ばせて出迎えた。

「…剣持さん、久しぶりね! いつもありがとう」

二人は、旧知の仲であるかのように気さくに挨拶を交わした。

空いているテーブル席に案内されたマイクとリンは、メニューを手渡された。

「…おすすめは、うなぎとイクラですね。ここの名物でもあるので、ぜひ食べてみてください」

剣持は、メニューを覗き込む二人に勧めた。

注文を終えると、剣持は言葉を継いだ。

「…店はちっちゃいけど、味は抜群なんですよ。地元じゃ有名な寿司屋なんです。それに、このおっかさんも気さくで面倒見が良くてね。俺なんかも、よく世話になってるんだ」

そして、付け加えるように言った。

「…若い頃は綺麗だったんだよなぁ、おっかさん。俺が知るちょっと前だけどさ」

剣持の言葉を聞いて、女将さんは笑い声をあげながら、

「…また冗談言っちゃって! 剣持さんったらったら」

と、冗談めかして剣持を咎めた。

女将さんと剣持の親しげなやり取りに、マイクとリンは少し緊張がほぐれた。

ほどなくして、注文した寿司がカウンターから運ばれてきた。

運ばれてきた寿司を見たマイクとリンは、思わず声を揃えて「美味しそう!」と呟いた。

口に運んだ寿司は、新鮮なネタの味がしっかりと感じられ、絶品だった。

「…剣持さん、美味しいですね! 穴子もウニも最高です」

リンが目を輝かせて、剣持に感謝の言葉を伝えた。

「…だろ? 女将さんの腕は確かだからな」

剣持も、満足そうに笑みを浮かべた。

食事を終え、剣持はマイクとリンをホテルへと向かわせた。

T市警から車で10分ほどの距離にある、ビジネスホテルだった。

外観はこじんまりとしていて、装飾も派手ではない。しかし、部屋の中は必要最低限の家具が揃っており、清潔感があり、どこかアットホームな雰囲気すら感じさせる。

そして何より、宿泊料もリーズナブルだった。

「…ここ、いいんじゃないですか?」

マイクが、リンに意見を求めた。

リンも、部屋の中をぐるりと見回し、

「…うん、快適そう! それに、値段も手頃だし」

と、納得した様子で答えた。

「…なかなかいいホテルだね。剣持さん、ありがとう」

マイクとリンは感謝の言葉を言った。

フロントでチェックインを終えると、剣持は声を弾ませた。

「…T市は夜景と夜店が有名なんだ。もし、寝る時間じゃなければ、スタータワーに登って夜景を見てみるのもいいかもしれないよ。360度、街並みが一望できて、特に夜はライトアップされて綺麗なんだ」

と、提案してきた。

マイクは、興味を示した。

「…夜景、見たいですね」

しかし、リンは、

「…私は、ちょっと… 部屋に電話あるから、O市の母に電話しておきたいんだ」

と、断りの言葉を口にした。

マイクは、夜店に行くという剣持の提案も、同様に断った。

剣持は、少し残念そうだったが、

「…そうか、じゃあまた今度でいいか。ゆっくり休んでください」

と、気を取り直して言った。

三人は、別れの挨拶を交わすと、剣持はホテルを後にした。

マイクとリンは、それぞれ自分の部屋に戻った。

部屋に戻ったリンは、早速母に電話をかけていた。

一方のマイクは、ベッドの上に寝転がっても、なかなか眠りにつくことができなかった。

マイクは、孤児院育ちで、安否を知らせるべき家族もいなかった。

マイクにとって、今一番大切なのは、なんとしてもカイを逮捕することだった。

T市での想定外の出来事に見舞われながらも、マイクは、ベッドの中で拳を握りしめ、決意を新たにした。

「…絶対に、カイを捕まえてやる…」

T市での初夜は、期待とは裏腹に、不眠の夜となった。

翌朝、T市警に早々と出勤したマイクとリンは、早速、剣持に捜査の進捗を尋ねた。

「…昨日の襲撃現場や、カイの潜伏先になりそうな場所を捜査しているけど、今のところ目撃情報は入ってないな」

剣持は、眉間に皺を寄せながら答えた。

マイクは、剣持の言葉に少し落胆の表情を浮かべた。

そんなマイクに、剣持は続けた。

「…署長が、カール・ギャングの頭、琢見タクミとの面会を午前中に設定した。署長と俺で、カール・ギャング本部に出向いて、カイの行方について情報収集するつもりだ」

カール・ギャングは、T市の裏社会で暗躍する組織として知られていた。警察とは決して相性が良いとは言えない相手だったが、状況が状況だけに、ギャングの力も借りる必要があったのだ。

剣持の説明を聞き終えたマイクとリンは、

「…我々も同行させてください」

と、剣持に申し出た。

一瞬、剣持は驚いた様子だったが、すぐに

「…それもそうだね。署長に相談してみよう」

剣持がそう話している最中、ちょうど個室から署長が出てきた。

マイクとリンは、署長にカールのアジトへの同行を申し出た。署長は、少し考え込んだ後、

「…構わん。だが、あくまで表向きは俺たち警察の天下だ。向こうの縄張りなんだから、不用意な行動は慎むように」

と、了承の意を示した。

署長のパトカーに同乗し、一行はカール・ギャング本部へと向かった。

ギャング本部に到着すると、署長は名刺を構え、入り口にいた用心棒に手渡した。

用心棒は、名刺を確認すると、

「…組長は、署長さんだけと会うと言っていたんですが…」

と、無愛想な口調で返事をした。

署長は、渋々とした様子で用心棒についていき、奥の応接室へと消えていった。

残された剣持、マイク、リンは、手前の控室で待つことになった。

応接室に入った署長は、ソファに座っていた男に一礼をした。その男こそが、カールの組長、琢見だった。

「…お久しぶりです、琢見さん」

署長は、どこか気遣わしげな口調で挨拶をした。

琢見は、小さく頷き返すと、

「…ご用件は何ですか? 今日は忙しいんで、長話はお断りしますよ」

と、不愛想な様子で言った。

署長は、腰を落ち着かせると、切り出した。

「…実は、我々が追っている容疑者が、琢見さんの組員と接触があった可能性がある。その男の名前は、カイと言う」

琢見は、眉一つ動かさずに、

「…カイ君とは、ここ最近は会っていませんよ」

と、即座に否定した。

しかし、署長は、諦めることなく、

「…警察と裏社会は、全く正反対の存在ではないと思うんです。例えば、街を走る車に対して、歩行者に危害を加えない限りは、警察は取り締まりませんよね?」

琢見は、

「…署長の言いたいことは、理解している」

と、余裕のある態度で返した。

「…カイは、警官を殺害し、市民にも被害を与えた疑いがかかっています。警察としては、必ず逮捕しなければならない」

署長の真摯な言葉に、琢見は少し考え込んだ。

「…それは重々承知していますが、やはり、カイ君とはここ最近、会っていないのです」

琢見は、濁したまま、相変わらずカイの居所については情報を提供しなかった。

署長は、諦めずに、琢見と話し続けることで、カイの手がかりを得ようと粘り強く交渉を続けていた。

しかし、琢見は巧妙に話を逸らしたり、情報を持っている素振りすら見せない。

控室で待つマイクとリンは、応接室から聞こえてくる会話の一部しか耳にすることができず、やきもきした気持ちで、署長と琢見の交渉の行方を見守っていた。

一時間経っても、応接室から署長が出てくる気配はなかった。

長々とタクミと面会している理由が、マイクには理解できなかった。せめて、カール・ギャング本部内を自由に探索できれば、カイの居所の手がかりが見つかるかもしれないという焦りが募る。

しかし、控室に待機するよう指示されたマイクたちは、ギャングメンバーの監視下におかれ、勝手な行動は許されていなかった。

苛立ちを抑えきれなくなったマイクは、

「…ちょっと、トイレに行きたく…」

と、ギャングメンバーに声をかけた。

一人のギャングメンバーが、

「…ついてこい」

と、無愛想に立ち上がった。

トイレへの案内役を務めるギャングメンバーの後を、マイクは歩を進めた。

通路を曲がった先、正面右側の廊下に、ふと見覚えのある背中が映った。

ジェシーだ。

咄嗟に、

「…ジェシー!」

と名前を叫んだマイク。

声をかけられたジェシーは、振り返った。

お互いの視線が交差し、久々の再会に驚くような、安堵するような複雑な表情を浮かべたジェシーだったが、何も言わずに軽くお辞儀をすると、また前を向き歩き出した。

ジェシーを再び呼び止めようとしたマイクだったが、その直前、ジェシーの少し先にいた男の後ろ姿が、一瞬、カイに重なって見えた。

男は、目の前の扉を勢いよく開けて部屋の中へ消えていく。

「…カイっ!」


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