27 権力の代償
古市の訃報は、マイクにとって身体的な衝撃のように感じられた。
彼は、手にしていた箸をテーブルに叩きつけた。
静寂に包まれた店内で、その音が大きく響き渡った。
マイクの脳裏には、ジェシーの言葉が反芻されていた。
「…お父さんが亡くなってから、古市さんは私にとって一番の支えだったんです…」
大切な支えを失い、今ジェシーは独りぼっちだ。
「…誰が… 古市を殺したんだ?」
マイクは、呟くように呟いた。
その言葉は、重苦しい空気をさらに重くした。
動機は何か? ジェシーは安全なのか?
マイクの胃は鉛のように重く、心配が彼を蝕んでいった。
リンと剣持も、同様に衝撃を受けた様子でテレビ画面を見つめていた。
画面には、古市の死亡報道が流れていた。
古市はカール・ギャングのナンバー2として、その勢力は犯罪活動のみに留まらず、幅広い分野に影響を及ぼしていた。
彼の死は、組織の根幹を揺るがし、無慈悲な権力争いを引き起こすだろう。
「…やばいな…」
リンは、眉間を寄せながら呟いた。
「…内部抗争が激化すれば、血の海になる。
…権力争いに巻き込まれ、一般市民が巻き添えになるかもしれない」
事態の深刻さを理解したマイクは、行動に移る決意を固めた。
「…俺、ジェシーの所に行く。
…大丈夫かどうか確認しないと」
マイクは、不安が募る中ながらも、決意に満ちた声で言った。
リンと剣持は、視線を交わした。
「…俺たちは現場に向かう。
…何か手がかりが見つかるかもしれない」
剣持は、そう言ってマイクを見つめた。
ジェシーの豪邸の前に着いたマイクは、玄関から出てきたユータの姿を見つけた。
ユータの顔には、心配の色が浮かんでいた。
「…ジェシーは、部屋にこもってます」
ユータは、声に張りがないまま言った。
「…誰とも話そうとしません。
…心配です」
マイクの心は、鉛のように重くなった。
古市の死が、ジェシーにどれほどの衝撃を与えるのか、彼は痛いほど理解していた。
古市とジェシーは、血の繋がりはないものの、深い絆で結ばれていた。
ヤクザという組織の中での関係を超えた、かけがえのない存在だったのだ。
「…俺が様子を見てくる」
マイクは、声には出さなかったが、不安が渦巻いていた。
ジェシーのそばにいて、彼女を支える。
この嵐の中で、彼女の心のよりどころになる必要がある。
ユータは、同情に満ちた目でマイクを見て、頷いた。
「…頼む、マイク。
…ジェシーは誰かに話してほしいんだと思う」
そう言うと、ユータは踵を返し、去っていった。
残されたマイクは、募る不安と向き合うことになった。
屋敷の中に入ると、優しい目をした家政婦さんが温かい笑顔でマイクを迎えた。
「…マイクさん、ちょうど良かったですね。
…どうぞ、ジェシー様のお部屋に行ってあげてください。
…誰かと話せる相手を待っていたんです」
マイクは、家政婦さんの言葉に頷き、奥へと向かった。
リビングの静けさが、悲劇の重さを際立たせていた。
ソファに、一人の寂しげなシルエットが映る。
肩を落としたジェシーの姿だった。
テレビでは、古市の事件に関する捜査報告が流れていた。
事件現場の再現映像が流れ、古市の悲惨な最期が映し出される。
マイクは、ためらいながらも、ジェシーの方に歩み寄った。
彼女のあまりにも脆く、傷つきやすい姿に、彼の心は締め付けられた。
こんな姿のジェシーを見るのは、耐えられない気持ちだった。
「…ジェシー」
マイクは、そっと声をかけた。
「…お悔やみ申し上げます」
ジェシーは、ゆっくりと顔を上げた。
彼女の目は、腫れ上がり、虚ろだった。
「…おじさん… 私を見守ってくれていた古市さん…」
絞り出すような声で、ジェシーは嗚咽を漏らした。
「…もういないんだ…」
マイクは、ジェシーの隣に座り、彼女と同じ目線になるように姿勢を整えた。
「…誰がこんなことをしたのか、知っているのかい?」
マイクは、かすかな声で尋ねた。
ジェシーの視線が鋭くなった。
「…カイよ」
彼女は、悲しみの中にあっても、力強い声で答えた。
「…動機も、機会も、全て揃っている」
「…カイが古市さんを殺すなんて… なぜなんだ?」
マイクは、理解に苦しみながら尋ねた。
「…春木議員の件だ」
ジェシーは、苦々しい声で答えた。
「…古市さんは、カイのことを公で批判した。
…組織から追放しろ、と訴えていた。
…それを、カイは許さなかった」
「…でも、古市さんはナンバー2だったぞ!
…カイがそんなことをするなんて…
…組織内での抗争は禁止されているはずじゃないか」
マイクは、信じられない様子で声を上げた。
ジェシーは、絶望に満ちた目で首を横に振った。
「…状況は変わった、マイク。
…ポニーや海外のマフィアとの繋がりを持つカイは、今や勢力を増している。
…幹部の三分の二は、カイの側についている。
…古市さんと私は… 孤立していた」
「…それはまずい!
…ジェシー、お前も危険だ!
…カイにお前にも危害を加えるかもしれない!」
マイクは、声を荒げて言った。
しかし、ジェシーの声は落ち着いていた。
「…今は大丈夫、マイク。
…私は、先代の会長の娘だ。
…今はまだ、組織の結束を装う必要がある。
…今の段階で、私に危害を加えることはできないだろう」
マイクは、僅かな安堵を感じたが、緊張感は消えなかった。
情勢は極めて不安定だ。一歩間違えれば、抗争が勃発し、ジェシーの命が危険にさらされる。
「…これからどうするんだ、ジェシー?」
マイクは、心配そうに尋ねた。
ジェシーは、遠くを見つめるような目を向け、
「…待つしかない… マイク」
と、静かに呟いた。
「…今の自分には、何もできない。
…ただ、状況が変わるのを待つしかないんだ」
「…待つだけだって?」
マイクは、混乱した様子でジェシーの言葉を繰り返した。
「…ジェシー、そんな悠長なこと言ってられないだろ!
…反撃しないと!
…応援者を探して、カイの不正を暴き、力を固める前に阻止しないといけない!」
悲しみに沈んだ声色ながらも、マイクの口調からは焦りがにじみ出ていた。
ジェシーは、マイクの気持ちを受け止めながらも、静かな声で言った。
「…正面から対決するのは無理よ、マイク。
…彼は今、力を持っていて、こちらの動きを予想している。
…何か仕向けば、すぐに彼の罠にかかってしまう」
マイクは、ジェシーの理屈は理解できた。
しかし、ただ待つという選択肢は耐えられなかった。
ジェシーを助け、守る方法。
そして、カイの勢力を拡大させない方法を探さなければならなかった。
マイクは、一呼吸置き、ジェシーに少しでも希望を持たせようと声を振り絞った。
「…現時点での情勢を見る限り、カール・ギャングが警察にカイを引き渡すことはありえない。
…ジェシー、春木議員は今回の件で激怒するだろう。
…警察にカール・ギャングの闇仕事を潰すよう命じるはずだ」
ジェシーは、理解したように頷き、恐ろしいほどの冷静さを漂わせた目線で言った。
「…そうね。
…闇の仕事が潰れれば、幹部たちの不満も高まるだろう。
…1兆円もの資金を組織に持ち込むという約束を果たすために、カイは動かなければならない」
ジェシーは、カイが1兆円の資金をもたらすと言っていたことをマイクに話した。
マイクは、
「…なんて偶然なんだろう?」
と呟いた。
「…そう言えば、カイと組んでいる海外の投資家って…
…コロンビアの石油王ワン、ブラジルの鉄鉱石王ティム、タイの不動産王アトム、フィリピンのゴム王コリだったよね?」
「…私も以前に似たような話を耳にしたことがあるけど、今回あなたに言われて確信に変わったわ」
ジェシーは、マイクの言葉を受けて言った。
「…ワン、ティム、アトム、コリ… 彼らは全員、犯罪者よ」
マイクは、嫌悪感を滲ませながら言った。
「…合法的なビジネスの裏に隠れて、汚れた金を綺麗にし、影響力を使って業界を牛耳っている」
ジェシーは、かすかな声で言った。
「…マイク、本当はほとんどのビジネスマンがそうなのよ。
…最初の財産なんて、大抵血と泥にまみれているもの」
マイクは、怒りを込めながら首を横に振った。
「…しかも、警察は彼らの安全を守るよう求められている。
…春木議員なんて、T市の経済に貢献したと感謝してる始末だ。
…笑わせるな」
マイクの怒りに、ジェシーの心の中に闇が一瞬よぎった。
カール・ギャングは、暴力団なのだという事実。
近年は合法的なビジネスにも力を入れていたが、その根幹にあるのはやはり裏社会での活動だ。
ジェシー自身も、ワンやティム、アトム、コリと大して変わらないのではないか。
マイクは、首を振りながら言った。
「…カイがまた悪事を働けば、警察は確実に動く。
…前回の我々の約束は、まだ有効のはずだ。
…今回のカイルの情報、教えてくれないか?」
ジェシーは、怒りを含んだ声で言った。
「…カイは叔父さんを殺した。
…もう二度と同じことは許さない!」




