26 カール組の苦悩
警察署の会議室は、張り詰めた緊張感で息苦しいほどだった。
TASA研究所所長の結城、ゼウス1衛星護送責任者の海斗、そしてオリンピックロケット発射場長の竜太郎の三人は、厳しい表情でマイク刑事の前に座っていた。
彼らは、考えられない事態、ゼウス1衛星のハイジャックの報告をするためにやってきたのだ。
「…ハイジャックの詳細について、詳しく説明してほしい」
マイク刑事は、鋭い視線で三人を見据えながら要求した。
「…衛星は昨晩、管制不能に陥りました」
竜太郎は、苛立ちを滲ませた声で答えた。
「…通信も途絶しており、原因は不明です。
…責任は結城所長にあります」
結城は、竜太郎の言葉を受け入れるように頷いた。
「…技術者による確認の結果、何らかの復旧不能な障害が検出されました。
…恐らく、ウイルスが仕込まれ、ハイジャックされたものと思われます」
海斗は、堪忍袋の糸が切れたように、拳をテーブルに叩きつけた。
「…数日前にゼウス1を輸送中、覆面をした強盗グループに襲われました。
…相手が多勢で、反撃できませんでした。
…銃を突きつけられ、手榴弾まで持ち出されて脅されたのです。
…しかし、衛星は奪われず、発射場まで尾行されただけでした」
海斗は、情けない顔をして言葉を詰まらせた。
「…責任を問われるのが怖くて、報告をしませんでした。
…発射後は大丈夫だと思っていたのです」
マイク刑事は、目を細めて海斗を見た。
「…その強盗の具体的な特徴は?」
「…七人組で、全員が覆面をしていました」
海斗は、歯噛みしながら答えた。
「…顔は見えませんでしたが、バイクに乗っていて、サブマシンガンを持っていました。
…我々では、とても太刀打ちできませんでしたね」
竜太郎は、悔恨の滲む声で言った。
「…マイクさん、少し前に発射場で怪しい人物を見つけたと言っていましたが、もしかしてあのグループの一味だったのでしょうか?
…あの時、捕まえていれば、こんなことにはならなかったかもしれないのに」
マイクは、少しばかり含みのある笑みを浮かべながら、
「…その人物は、確かに注視すべき人物であることは間違いない。
…だが、さらなる調査が必要だ」
とだけ答えた。
結城、海斗、竜太郎の三人は、心配そうな顔をして警察署を出て行った。
一方、署長は春木議員を伴い、カール・ギャングの本拠地を訪れていた。
室内に入った署長は、厳しい口調で切り出した。
「…春木議員の自宅に、カイが不法侵入をしていたようです」
春木議員の怒気を察しながら、状況を説明した。
その言葉に、カール・ギャングのリーダーを務めるジェシーは、動揺を隠せなかった。
「…そのような事実は存じません。
…カイの行動は個人的なものであり、我々カール・ギャングは一切関与しておりません」
弁明しようと必死だったが、署長はそれを遮るように言い返した。
「…正当化しようとするな。
…彼は、貴方の組織の幹部だろう?」
春木議員は、沈黙したままジェシーを睨みつけていた。
その視線は、冷たく許しを乞う余地を与えないものだった。
重苦しい沈黙が流れた後、ジェシーは堪え忍ぶように口を開いた。
「…春木議員…
…我々に何を望まれるのですか?」
春木議員は、ゆっくりと口を開き、冷酷な言葉を放った。
「…カイを警察に引き渡せ。
…そうしなければ、貴方の組織のすべての事業に多大な損害を与えることになるだろう」
春木議員の言葉には、抗う余地がないほどの威圧感が込められていた。
事態の深刻さを理解したジェシーは、渋々ながらも承諾の意を示した。
春木議員と署長が去った後、カール・ギャングの幹部たちは、会議室に集まり、カイの処遇について話し合いを始めた。
古参幹部の一人、古市が真っ先に口を開いた。
「…カイは警察に渡すべきだ。
…春木議員を敵に回すのは、あまりにもリスクが高すぎる」
しかし、もう一人の古参幹部、広志はこれに反論した。
「…我々はマフィアだぞ!
…春木議員の脅しに屈する必要はない」
「…広志が言う通りだ」
古市は、声を荒げて言った。
「…もし、カイを渡さなければ、我々のすべての事業に影響が出るだろう」
「…我々の事業は、全てが違法なわけではない」
広志は、冷静に反論した。
「…我々が経営しているカジノやカラオケ、バー…
…あれらは全て、営業許可を取っている。
…警察は、そんな店には手を出せない」
「…営業停止に追い込まれたらどうする?」
古市は、不安そうな顔で言った。
「…そう簡単に潰されるわけじゃない」
広志は、余裕を見せながら答えた。
「…せいぜい、数日間営業停止になるくらいだろう。
…カイの働きぶりを考えれば、安いものだ」
「…営業停止にする口実を探してくるかもしれないぞ」
古市は、諦めきれない様子で食い下がった。
「…営業許可自体を取り消されちまったらどうする?」
「…そこまでされる心配はない」
広志は、自信ありげに答えた。
「…たとえそうだったとしても、我々には合法的な事業だってあるんだ」
「…だが、我々の収益の7割は、裏社会の仕事で成り立っている」
古市は、重々しい口調で言った。
「…そっちを失うわけにはいかないだろう?」
カイの功績の大きさ故に、簡単には手放したくないという思いと、警察や春木議員との力関係を天秤にかけ、カール・ギャングの幹部たちは難しい決断を迫られていた。
緊迫した空気が張り詰める会議室の扉が、突然、勢いよく開けられた。
厳しい表情を浮かべたカイが、堂々と部屋の中に入ってきた。
「…7割の事業って、ほぼ1000億円だろう?」
沈黙を破るように、カイが吐き捨てた言葉に、部屋の空気がさらに重くなった。
「…だが、俺は今後、この組織に10000億円をもたらすことを約束する」
カイは、自信に満ちた口調で宣言した。
古参幹部の一人、古市は、失笑しながら言った。
「…約束?
…お前は今、警察に追われている身だ。
…自分の身さえ守れないで、何を言っている」
「…過去数年、俺は組織の収入の半分を稼いできた」
カイは、決して折れることのない声で言い返した。
「…俺の実績が保証だ。
…10000億円、必ずもたらす」
古市は、諦めが悪い様子で首を横に振った。
「…お前のやり方は汚すぎる。
…殺し、強奪…
…我々はマフィアだが、殺人までは肯定しない」
「…俺が稼いだ金で潤っていたのはお前達のはずだろう?」
カイは、怒りに満ちた目で古市を睨みつけた。
「…だが、お前は警察と議員を怒らせてしまった」
古市は、カイの非を冷静に指摘した。
「…組織全体を危険にさらしている。
…反省する様子もない」
「…警察?」
カイは、鼻で笑った。
「…俺は警察なんか怖くない。
…お前達は怖いか?」
挑発するように古市を見つめた。
「…警察とは、自分で何とかしろ」
古市は、きっぱりと宣言した。
「…組織を巻き込むな」
「…何だと?
…一人で責任を取れって言うのか?」
カイは、声を荒げた。
「…お前は我を見限ったのか?」
古市の声も高くなっていた。
「…そろそろ手に負えない。
…組織から追放する」
「…俺は全てのことを組織のためにやってきた!
…俺に反対するなら、組織に反対するのと同じだ!」
カイは、反発するように叫んだ。
カイの強気な態度に、部屋は緊迫した空気に包まれた。
もはや、カイを警察に引き渡すという選択肢は、誰からも口に出せなくなった。
その日の夜、マイク、リン、剣持の三人は珍しく外で食事をとっていた。
賑やかな店内で食事をしながら、テレビのニュースが流れていた。
画面には、第三回超国家企業開発会議の様子が映し出されている。
コロンビアの石油王、ブラジルの鉄鉱石王、タイの不動産王、フィリピンのゴム王…
彼らがT市に1兆円もの投資を行う予定だと報道されていた。
レストラン内には、このニュースに沸き立つ客たちのざわめきが広がっていた。
「どの業界が潤うんだろうな?」
「T市の将来は安泰だな!」
客たちは、投資による好景気を期待して話していた。
そんな中、画面に春木議員が映った。
「…今回の投資はT市の未来にとって明るいニュースです」
春木議員は、満足げな笑みを浮かべていた。
しかし、突如テレビの画面が切り替わった。
「…カール・ギャングの古参幹部の一人、古市氏が銭湯で遺体となって発見されました」




