3 危険な邂逅:ヴィラでの遭遇
O市西区にあるジェシーの邸宅は、閑静な住宅街の一角にひっそりと佇んでいた。周囲を木々に囲まれ、人通りの少ない通りに面しているため、静けさが際立つ。敷地自体は広大というわけではないが、趣のある瓦屋根と木造りの梁が特徴的な建物は、どこか古風な趣きを感じさせた。
マイクとリンは、門番に名刺を渡すと、広々とした玄関へと案内された。玄関を抜けると、そこは一転してモダンな洋風テイストの応接間だった。白を基調としたインテリアに、色鮮やかな絵画や高級感のあるソファが置かれ、贅を尽くした造りながらもどこか落ち着いた雰囲気を醸し出していた。しかし、外側の質素な造りとのギャップが印象的だった。
ソファに腰を下ろせと促されたものの、なかなかジェシーが現れない。30分ほど待っても気配がないため、マイクは愚痴をこぼし始めた。
「随分手間がかかるな。ギャングの親分の娘って、そんなに横柄なのかな?」
「美人なら待つのも苦じゃないでしょ?」と、リンがからかうように言った。
「新川優亜ちゃん(Shinkawa Yua)でも、こんなに待たされないだろ」と、マイクは反論した。
「新川優亜ちゃんだったら、あなたに会えなかったでしょう?」と、リンは笑みを浮かべて言った。
しばらくの間、二人は軽い冗談を言い合って退屈を紛らわせていた。そろそろマイクの堪忍袋の糸が切れそうになった頃、ようやく応接間の奥の扉が開いた。
中から出てきたのは、若い女性だった。年齢は20代前半といったところだろうか。長い黒髪は、肩のあたりで緩やかにウェーブがかかり、艶やかさを強調していた。色白の肌は、まるで上質な陶器のように滑らかで、そこに浮かぶ薄化粧が、彼女の可憐さを際立たせていた。そしてその上には、バランスのとれた整った顔立ちが乗っていた。アーモンド型の大きな瞳は黒曜石のように輝いており、吸い込まれるような魅力を放っていた。薄い青地にピンク色の桜が刺繍された上品な着物が彼女の美しさを際立たせていた。着物の柄は、まるで彼女の可憐さを表現しているかのようだった。一瞬、マイクは息を呑んだ。彼はこんなにきれいな女性を見たことがない。
女性はマイクとリンに一礼すると、柔らかい声で「お待たせして申し訳ございませんでした」と謝った。あまりにも突然の美しさに緊張気味だったマイクは、リンに促されてようやく立ち上がり、お辞儀を返した。
女性はにっこりと微笑んで言った。「ジェシーです」
ジェシーの声は、見た目通りの上品で穏やかな声色だった。その声からは、何一つ悪い感情が感じられない。しかし、その物腰の奥には、どこか気品に満ちた強さのようなものも感じられた。
ジェシーの「どうぞ、お座りください」という言葉に促され、マイクとリンは用意されていた客席に腰を下ろした。入れ替わりに、メイドが三つのお茶を運んでくると静かに退室した。応接間には、入り口付近に待ち構えている二人のボディガードの姿だけが残った。
ジェシーは入浴したばかりのようで、体から良い香りが漂っていた。マイクはその香りをかぐと、少し酔っ払ったようだった。
「マイク、リン、あなたたちがここに来た目的は何ですか?」ジェシーは穏やかな口調で尋ねた。
ジェシーの気品溢れる話し声が、なんだか照れ臭さを誘うのだ。しかし、そうも言っていられない。彼は意を決して口を開いた。
「今回、お伺いしたのには理由がありまして… カイさんの居所について、何かご存知ありませんでしょうか?」
カイはカール組の幹部であり、裏切り行為の証拠も確たるものがない。ましてや、ジェシーが警察にカイの情報を与えるわけがない。
「…知りません」
ジェシーは淡々と答えた。マイクはその返答に、正直なところ少し拍子抜けしてしまった。
「…本当に知らないの?」
諦めきれないマイクは、ジェシーにカイの裏切りを示唆するような言葉を口にしようとした、その時だった。
突如、ジェシーの背後にある大きなガラス窓の外で、一瞬黒い影がよぎったように見えた。危険を察知したマイクは、咄嗟に「危ないっ!」と叫び声を上げると同時に身体を伏せた。
ジェシーとリンは状況が飲み込めず、ただマイクの行動に反応するようにしてソファの後ろに身を潜めた。ほぼ同時に、銃声とガラスが割れる音が轟然と響き渡った。
仮面を被った男たちが、AK47ライフルを手にガラス窓を破って室内に突入してきた。応接間の入り口に立っていた二人のボディガードは、銃撃戦になる間もなく次々と倒れた。彼らの黒いスーツは、鮮やかな血の赤に染まっていった。
外の通路で待機していたと思われる二人のガードたちも、銃声に気づいて応戦しようと扉を開けたが、やはり容赦なく仮面男たちの銃弾に倒れ伏せていった。
室内は銃撃戦の凄まじい音と硝煙の臭いで満たされた。マイクは床に這いずり寄り、ソファの脚部に身を隠しながら拳銃を構えた。リンもソファの反対側に身を隠し、応戦の準備を整える。
ボディガードたちの反撃とそれに反応した仮面男たちの一瞬の隙を逃さず、マイクは咄嗟に拳銃を抜き放ち、正確な射撃で突入してきた男を仕留めた。
しかし、窓の外からは別の仮面男がマイクに向けて銃を乱射してきた。リンが「頭っ!」と叫ぶのを合図に、マイクはすんでのところで頭を下げ、かろうじて銃弾を回避した。ガラスの破片が飛び散り、頬を浅く切った。
一方のリンは、冷静に拳銃を構えて応戦。彼女の正確な射撃は、壁の陰に身を隠すもう一人の仮面男を牽制することに成功した。
一息ついたマイクは、ジェシーの安否を確認しようと振り返った。その時、応接間外の廊下から、足音が近づいてくるのが聞こえた。音は速足ではあるものの、乱雑ではなく、少なくとも3人以上の人数が近づいてくる気配がした。
マイクとリンは、瞬時にこの足音が黒服の男たちと同じ一味であると理解した。互いの顔を見合わせると、どちらも嫌な予感が胸を締めつけた。不利な状況であることは明らかだった。
黒服の男たちの足音が、刻一刻と近づいてくる。廊下を曲がる気配がしたかと思うと、足音は止まった。緊迫した空気が応接間に漂い、マイクとリンは互いの顔を見合わせた。殺気のようなものが廊下から伝わってくる。
もしも黒い服を着た男がドアの前に現れたら、マイクとリンは窓の外にいる黒い服の男と同時に、敵に苦しめられることになる。窓の外にいる黒い服の男に対しては、マイクとリンはソファを掩体に利用することもできる。しかし、ドアの前に来る黒い服の男に対しては、マイクとリンは掩体を作るための何も見つけられなかった。
その時、突如ジェシーが唇を噛みしめ、全身を震わせ始めた。先ほど倒れたボディガードの血が、ソファの下を伝って彼女の足元にまで流れていたのだ。銃撃戦の緊張と血の刺激に、パニックに陥りそうになるジェシー。しかし、黒服の男たちに気づかれないよう、必死に音を立てないように堪えていた。震えがどんどん大きくなり、堪えきれなくなったのか、嗚咽が漏れてきそうになる。
マイクは咄嗟に身を乗り出し、震えるジェシーの手を握りしめた。彼女の体温が伝わってくることで、少しずつ落ち着きを取り戻していくジェシーの姿が窺えた。
リンはマイクに目で合図を送り、二人は素早く役割分担を決めた。リンは引き続き窓側の黒服の男を牽制し、マイクは正面から来るであろう敵に備える。しかし、三人が同時に突入してきた場合、二人が対抗できる見込みは全くない。
廊下を曲がる気配が再び聞こえた。足音はより近くに感じられ、マイクとリンの鼓動は危険を察知して、さらに速まった。互いの顔を見合わせる時間もなく、二人は覚悟を決めるように目線を交わした。
その時、応接間の正面にある扉の外で銃声が激しく響き渡った。三発、四発… 銃撃音が止んだ後、一瞬の静寂が訪れた。
「何…?」
誰かの戸惑う声が聞こえた。直後、銃声が再び轟いた。今度は、複数の銃声が混ざっている。
そして、二丁拳銃を構えた男が応接間の扉の前に姿を現した。その男は、紛れもなくカイだった。先ほど廊下にいた黒服の男たちを、たった一人で射殺したのだ。
マイクは咄嗟に拳銃をカイに向けた。カイは二丁拳銃を構えたまま、扉の前で立ち止まった。
窓の方からは、黒服の男が顔を覗かせた直後、リンの銃撃により倒れる音がした。
「…お嬢さん、大丈夫か?」
カイは二丁拳銃を床に投げ捨てると、応接間の中へ足を踏み入れた。彼の瞳には殺意のようなものは感じられず、どこか安堵したような表情を浮かべていた。
マイクとリンは疑問に満ちていた。意外なことに、カイが現れて、ドアの外にいる3人の黒服を解決するのを手伝ってくれた。
一般的に言えば、マイクとリンは、日本食レストランでの銃撃事件のため、カイを逮捕しようとしている。カイは警察から逃げており、マイクの前に簡単に現れることはないはずだ。したがって、カイがここに現れた理由は、ジェシーを助けるためである。
しかし、アカアリの情報によれば、カイは密かにカールギャングを裏切った。ジェシーはカールギャングのボスの娘だ。カイはジェシーを救うだけでなく、ジェシーが死ぬことを望むはずだ。アカアリの情報が間違っているのだろうか?
さらに、ジェシーが住んでいる別荘は比較的偏っている。なぜカイがここに偶然現れたのだろうか?カイはジェシーの別荘に隠れていたのだろうか?それとも…?