24 カウントダウンのささやき
時限爆弾のタイマーは、残り30秒を刻んでいた。
マイクは、必死に爆弾の構造を観察しながら、起爆装置のコードを切ろうとしていた。
しかし、あまりにも複雑で、爆弾処理の専門家ではないマイクには、
どのコードを切ればいいのか全く見当がつかない。
「…どれが起爆装置の線だ…?」
マイクは、焦燥に苛まれながら呟いた。
「…マイク! 早く逃げて!
…このままじゃ、二人とも死んでしまう!」
リンの声は、震えながらも必死さを帯びていた。
リンは、自分のせいでマイクを危険にさらしたくないのだ。
そして、死の恐怖に直面した自分の醜態を、マイクに見られたくないという思いもあった。
「…俺は、一人で行かない。
…一緒に生きるか、一緒に死ぬかだ」
マイクは、揺るぎない決意を込めた声でリンに言い返した。
リンは、マイクの決意を感じ取り、胸の奥に暖かさが広がった。
先ほどの恐怖も薄れ、親友と共に死ねるなら、それはある種の幸せなのかもしれないとさえ感じた。
死を受け入れようとするリンだったが、ただ一つ、心残りだったのは、
遠く離れたO市にいる母親のことだった。
爆弾のカウントダウンが刻一刻と迫る中、マイクにも次第に恐怖が忍び寄ってきた。
死にたくない。 そして、リンにも死んで欲しくない。
リンを救いたいという強い気持ちが、必死に爆弾の解除方法を探させる。
リンは、何も言わず、ただ静かにマイクを見つめていた。
マイクは、必死に起爆装置につながる導線を凝視した。
コントローラーとつながっている導線は、赤と青の二色だった。
赤か青か…
その時、マイクは、カイが去り際に言った言葉を思い出した。
カウントダウンが尽きようとしている中、マイクは意を決し、冷静に
「…T市に一緒に来たんだから、T市からも一緒に帰るぞ」
と呟くと、青の線を切断した。
青い線を切断した瞬間、タイマーはちょうどゼロになった。
しかし、爆弾は爆発しなかった。
マイクは、信じられないという表情でタイマーを見つめ、
しばらくの間、身動きせずにいた。
爆発音がしない。
リンも、様子がおかしいことに気づき、マイクと同じように固まりきっていた。
だが、やがてマイクの口元が緩み始めた。
そして、パッと顔を上げると、安堵と喜びが入り混じった大きな笑声を上げた。
リンは、ようやく爆弾が解除されたことを理解すると、
マイクに飛びつき、抱きしめながら大粒の涙を流した。
二人は、死の淵から生還したのだ。
互いの体温を感じ、お互いが生きていることを確認し合うように、
しばらくの間、抱き合ったまま離れられなかった。
倉庫を出て、二人は近くの自販機でコーヒーを二缶買った。
そして、公園のテラス席に座り、夜景を眺めながら安堵感に浸っていた。
死の恐怖を乗り越えた後だけに、何気ない日常の景色も、
これまで以上に美しく感じられた。
沈黙が続いた後、リンがマイクに問いかけた。
「…なぜ、自分の命を危険にさらってまで、私を助けてくれたの?」
「…お前は、俺の親友だからだ。
…もし状況が逆だったら、お前も俺を助けてくれたと思う」
マイクは、真っすぐにそう答えた。
リンは、苦笑いを浮かべながら言った。
「…そう簡単に約束できないけどな」
しかし、心の中では、
「絶対に助ける」
という声が強く響いていた。
マイクは、リンのそんな本心を見透かすように、
「…絶対助けてくれるよ」
と、微笑んだ。
「…そんなに私のことを知っているように言わないでくださいよ」
リンは、ちょっと照れくさそうに言った。
「…知っているよ」
「…何でもってわけじゃないけど、
…人命救助に関しては、お前はきっと必死になるだろうと、そう思っただけだ」
マイクは、リンの目を見つめ。
リンは、冗談っぽく言った。
「…それは、あなたから学んだことだよ。
…あなたは、誰から学んだの?」
マイクは、ゆっくりとコーヒーをすすりながら口を開いた。
「…俺がまだ子供だった頃、警官に命を救われたことがある」
そう切り出したマイクの話に、リンは黙って耳を傾けた。
「…十数年前、強盗グループが警察に追われて、孤児院に逃げ込んだんだ」
マイクは、静かに当時の状況を話し始めた。
「…警察はすぐに、孤児院を包囲した。
…強盗グループは、人質として子供たちと職員を立てこもり、
…警察に逃がしてもらうよう要求した」
リンは、憤慨した様子で言った。
「…そんな要求、警察は受け入れるべきじゃない!」
「…警察と強盗グループとの交渉は、膠着状態に陥った。
…業に腹を立てた強盗グループは、
…警察への警告として、孤児院の職員の一人を射殺してしまった」
マイクは、当時の緊迫した空気を伝えるように、言葉を慎重に選びながら話した。
「…人質の解放と引き換えに、警察は強盗グループの逃亡を認めた。
…しかし、強盗グループが去る際、
…一人の子供を人質として連れて行こうとした。
…その子供は、俺だった」
突然明かされたマイクの過去に、リンは悲鳴に近い声を出した。
「…え!? あなたが…!? 無事でよかった…!」
マイクは、リンの心配を労うように微笑んで
「…大丈夫だ。 今は」
と答えた。
しかし、話はそこで途切れたわけではなかった。
マイクは、少し寂しそうな声色で話し続けた。
「…警察は、強盗グループを射殺した。
…俺を助けるため、一人の警官が殉職したんだ。
…あの時、俺は、大きくなったら警官になって、
…市民を守りたいって決めた」
マイクの決意を込めた言葉に、リンはそっと彼の肩に手を当て、
「…あなたは、立派にそれを果たしている。
…今日、私を守ってくれたじゃない」
と、労いの言葉をかけながら、マイクの心の傷にそっと触れた。
そして、リンは好奇心からマイクに尋ねた。
「…あなたを助けて亡くなった警官の名前、覚えている?」
「…覚えている。
…ずっと忘れない。 佐藤健太さんだ」
マイクは、はっきりとした口調で答えた。
「…佐藤健太…?」
リンは、聞き間違いではないかというように、マイクの名前を繰り返した。
「…そうだろ? 間違いない」
マイクは、少し不思議そうにリンを見た。
「…救命恩人だから、忘れるわけないだろ?
…お前も、もしかして… 知っているのか?」
マイクの問いに、リンは悲しそうな表情を浮かべた。
「…佐藤健太さんを… 撃ったのは、私の父親です」
衝撃を受けたマイクは、絶句した。
「…え!? お前の父親が?
…佐藤さんは、警官に撃たれたって…
…そうか、お前の父親も警官だったのか。
…初めて聞く話だな」
マイクは、混乱した様子でリンを見た。
リンは、苦笑いを浮かべて何も言わなかった。
マイクは、沈黙を破るように話し出した。
「…そうか、お前の父親もあの時の、…人質救出作戦に参加していた警官の一人だったのか」
「…英雄…?」
リンは、疑問を呈した。
「…そうだ。 あの作戦に参加した警官は、全員英雄だ。
…なんで、今まで父親が警官だって話してくれなかったんだ?」
マイクは、リンの過去を知りたい一心で尋ねた。
リンは、再び苦々しい笑みを浮かべて言った。
「…言えなかったんだ。
…佐藤さんの死によって、佐藤さんの家族は納得せず、
…他の警察官の同僚からも、父親に対する非難の声があった。
…あなたが、父親も英雄だって言ってくれたのは、初めてだよ」
マイクは、リンの父親の行動の正当性を説明するように話し出した。
「…それは、お前の父親のせいじゃない。
…本来は、強盗犯を狙撃するつもりだったんだと思う。
…でも、俺が盾にされてしまって、
…佐藤さんが俺を助けるために、弾丸を代わりに受け止めたんだ」
「…そうは思ってもらえないみたいだ」
リンは、俯きながら呟いた。
実際、周りの冷たい視線にさらされ続けてきたリンの家族は、父親の行動を次第に理解できなくなっていた。
そして、耐え切れなくなったリンの父親は、周囲の理解できない視線の中、
家族や仲間の前で自らの命を断った。
マイクは、リンの言葉に強い憤りを覚えた。
「…他人の勝手な考えはどうでもいい。
…俺の心の中では、お前の父親は紛れもない英雄だ。
…俺や、孤児院の仲間たちを救ってくれたんだ」
マイクは、強い口調で言い切った。
リンは、マイクのまっすぐな言葉に、これまで抱えていたものが崩れ去っていくのを感じた。
もしかしたら、今までずっと、父親のことを誤解していたのかもしれない。
そして、マイクが自分の父親を英雄だと認めてくれたことで、
リンの心の中に、今まで感じられなかった温かい感情が芽生えてきた。
「…そうか…」
リンは、小さな声で呟くと、涙が頬を伝い落ちた。
マイクは、そっとリンの頭を撫で、
「…泣くなよ。 お前の父親は、立派な警官だったんだ」
と、優しく声をかけた。
二人は、言葉少なに、ただ夜景を眺めながら、
沈黙の中で互いの過去を受け入れていった。
空には、美しい満月が輝いていた。
その光は、まるで二人が抱えた闇を照らすかのように、
優しくそして力強く街全体を包み込んでいた。
同じ頃、街の反対側にある倉庫に車を停めたのは、カイだった。
そこは、ユータの自宅を改装した隠れ家だった。
倉庫の中に入ったカイは、手に持っていたUSBメモリをユータに投げた。
「…これで何とかなるのか?」
獲物のような荒々しい口調で、カイは尋ねた。
ユータは、受け取ったUSBメモリを興味深げに眺めた。
「…セキュリティキーさえあれば問題ない」
そう呟くと、ユータはパソコンの前に座り、USBメモリを差し込んだ。
そして、キーボードを両手で高速に叩きながら、周囲に待機していた仲間に指示を出した。
「…3番ユニット出力を20%に調整しろ!」
「…アンテナの方位を、15度右に振れ!」
緊迫した空気が流れる中、ユータは目にも止まらぬ速さで作業を進めていく。
長い時間をかけてようやく作業を終えたユータは、
安堵と達成感に満ちた表情で叫んだ。
「…やった! 繋がった!」




