22 高速道路の血
道路脇にバイクを停めたカイは、マイクに声をかけた。
「…見つけたな。 どうやって俺がここにいるのが分かった?」
カイの声は、余裕を感じさせるものだった。
マイクは、
「…警察には調べる術がある。
…お前を見つけるのは難しくなかった」
と、毅然とした態度で答えた。
カイは、興味深そうに、
「…そうか。 監視か? それとも潜入捜査員か?」
と、尋ね返してきた。
マイクは、
「…見つけた方法はどうでもいい。
…大事なのは、今、俺がお前を逮捕するということだ」
と、カイを睨みつけた。
これに対し、カイは、不敵な笑みを浮かべて言った。
「…逮捕する? できるのか?」
挑発的な口調だった。
マイクは、一歩一歩とカイに近づきながら、
「…できる」
と、力強く宣言した。
カイは、道路脇に停めてあった別のバイクを指さし、
「…言ったはずだ。 もう一度レースをしよう。
…俺に追いつけば、警察署まで同行してやる」
と、挑戦状を叩きつけた。
そう言うと、カイはバイクにまたがり、あっという間に走り去った。
マイクは、慌てて残されたバイクに飛び乗り、カイを追いかけた。
カーブを曲がり、直線を走る。
必死にアクセルを開け、マイクはカイとの距離を縮めていく。
間合いが詰まると、マイクは何度か手を伸ばし、カイの服やリュックサックを掴もうとしたが、
その度に、難なくカイにかわされてしまう。
焦りを感じたその時、前方から車が走ってきた。
マイクは、カイを逆車線に追いやる作戦に出た。
車の運転手は、クラクションを鳴らして、カイに逆走していることを知らせようとした。
しかし、カイはそれを無視して、そのまま直進しようといていた。
自動車がだんだん近づいてくる、車の運転席と助手席には、男女が乗っているのが見えた。
車がますます接近し、このままでは衝突してしまう。
絶体絶命の状況の中、カイは、その状況を見てニヤリと笑みを浮かべると、突然ポケットから拳銃を取り出した。
そして、躊躇なく、対向車の運転席のフロントガラスに向けて数発発砲した。
銃声とガラスが割れる音が響き渡る。
運転手が撃たれたのか、車はフラフラとよそへ逸れ、Uターンしてマイクのバイクに向かって突っ込んできた。
マイクは回避しようとしたが、慣性で体が宙に飛ばされ、
道路脇の崖の下へ落ちていった。
崖下に転げ落ちたマイクは、衝撃で頭がクラクラしていた。
朦朧とした意識の中、
上にある道路に目をやると、車道に止まったカイのバイクの姿が見えた。
カイは、勝利者のように笑みを浮かべながら、
そのままバイクを走らせて去っていった。
強い衝撃と、失血によるのか、
マイクの意識は、崖の下で薄れていった。
T市警察署。出勤したばかりのリンは、署長室の前にいた。
「…リン、マイクを見かけなかったか?」
署長は、眉をひそめながらリンに尋ねた。
「…いえ、見かけていません。 どうしましたか?」
リンは、不穏な空気を察して署長に問い返した。
「…女性が警察署を訪れ、マイクが人を殺したと訴えている」
署長は、重い口調で答えた。
リンは、目の前に広がる信じられない話に思わず声を上げた。
「…そんな…
…マイクが殺人犯なんて… ありえません!」
リンは、必死に否定した。
「…とりあえず、その女性に会ってみるか。
…俺についてこい」
署長は、リンを促した。
応接室には、悲しみを湛えた表情の女性が座っていた。
女性は、嗚咽を漏らしながら、警察官に事情を説明していた。
「…昨日の午後、私と夫は高速道路を運転している。
…反対車線からオートバイに乗った二人が走ってきて…
…突然、一人が夫に向かって発砲したんです!
…夫は病院で緊急手術を受けましたが、助かりませんでした…」
女性は、夫を亡くした悲しみを堪えきれず、涙を流した。
傍にいた交通課の警官が、写真を一枚取り出した。
「…これは、高速道路を走るマイクさんと、もう一人の男のオートバイの写真です。
…防犯カメラで撮影されました」
警官は、写真をリンと署長に見せた。
女性は、写真を見つめると、
「…間違いありません!
…バイクに乗っていた二人のうちの、一人がマイクさんでした!」
と、指を写真に突き刺すようにして訴えた。
リンは、混乱しながらも、確認の意味で尋ねた。
「…本当に、マイクさんだということですか?」
「…間違いありません!
…オートバイに乗っていた二人組の一人です!」
女性は、嗚咽を堪えながら必死に答えた。
さらに、リンは慎重に確認した。
「…発砲したのは、マイクさんですか?」
「…はい! 間違いありません!
…マイクさんが私の夫を撃ったんです! 命を奪ったんです!」
女性は、感情を露わにして叫んだ。
リンは、女性に謝罪の言葉をかけると同時に、
「…お辛いでしょうが、ご愁傷様です。
…事件の真相は必ず究明いたします」
と、女性を労った。
交通課の警官は、
「…弾道分析の結果と現場のタイヤ痕跡から、女性のご主人の夫を射殺したのは、マイクさんと一緒にいた男の方の可能性が高いです」
と、捜査状況を説明した。
リンは、不安そうな顔で尋ねた。
「…マイクさんは見つからないんですか?」
「…現場の痕跡から、マイクは高速道路脇の崖下に転落した形跡があるようです。
…しかし、周辺を捜索しても、マイクの姿は見つかっていません」
交通課の警察官は、マイクが発見できないことを伝えた。
リンは、マイクの安否を心配し、交通課の警察官に、
「…マイクさんの捜索を続けてください。
…一刻も早く見つけてください」
と、警官に懇願した。
署長が重々しい口調で問いかけた。
「なぜマイクとカイが高速道路でレースをしていたんだ?」
リンは一瞬迷ったが、すぐに答えた。
「マイクはオリンピック打ち上げセンターにカイの行方を調査しに行きました。現在の情報によれば、マイクはカイを見つけ、追跡したはずです」
署長は眉をひそめた。
「オリンピック打ち上げセンターの責任者、リュウタロウは、衛星の打ち上げは正常に行われたといい、マイクが無意味に打ち上げを妨害しようとしたと文句を言っていた」
リンは固い表情で続けた、
「マイクには理由があったはずです。彼は無鉄砲な人間ではありません」
と反論した。
署長は冷ややかに微笑んだ。
「マイクが無鉄砲じゃない?警察署で当直に就かせたのに、彼はオリンピック打ち上げセンターに行ったんだぞ」
リンは即座に反論した。
「それは違います。マイクは新しい情報を手に入れて、それでオリンピック打ち上げセンターに行って調査したのです」
署長は一瞬考え込み、その後深く息をついた。
「リン、あなたはマイクを信頼しているようだが、彼の行動が本当に正当化されるかどうかはまだ分からない。我々は全ての事実を知る必要がある。」
リンは署長の言葉に一瞬動揺したが、再び毅然とした態度で言った。
「署長、私はマイクを信じています。彼は常に正義のために行動します。彼が何を見つけたのか、そしてなぜカイを追いかけたのかを確認する必要があります。」
署長は、リンに
「…リン、もしマイクを見かけたら、すぐに警察署に来るよう伝えてくれ。
…二日間、マイクが警察署に出頭しなければ、逮捕状を出すことになる」
と、厳しい表情で指示を出した。
署長の言葉は、重くリンの心にのしかかった。
リンは、署長と目を見合わせ、マイクの無実を晴らすためにも、
「…わかりました」
と、決意を込めた声で答えた。
目を覚ますと、マイクはベッドの上に寝かされていた。
擦り傷だらけだったはずの身体は、綺麗に手当てされ包帯が巻かれていた。
部屋は暖かく、静けさに包まれていた。
ベッドルームを出ると、リビングには見覚えのある人物がいた。
長い間会っていなかったジェシーだった。
マイクは、驚きを隠せない様子でジェシーに声をかけた。
「…助けてくれたのか? でも、どうして?」
ジェシーは、穏やかな口調で答えた。
「…かつて、あなたが私を助けてくれた。
…今回はその恩返しだ」
マイクは、複雑な心境で呟いた。
「…カイが俺が助かったことを知ったら、面白くないだろうな」
「…私も、今のカイのやり方は賛同できない。
…今回の件は、カール・ギャングとしても認めていない」
ジェシーは、毅然とした態度で言った。
マイクは、疑問をぶつけた。
「…そうなら、止めればいいじゃないか」
「…止めないわけじゃない。
…ただ、今の状況では、カイを止める術がないんだ」
ジェシーは、歯痒そうな表情を浮かべた。
「…なぜだ?
…お前はカール・ギャングの代行リーダーのはずだ。
…さっきも言ったじゃないか。今のカイのやり方は、ギャングとしても認めていないんだろ?」
マイクは、納得できない様子だった。
ジェシーは、ため息をつきながら説明を始めた。
「…確かに、今のカイの行動は、ギャングとしても認めていない行為だ。
…しかし、反対はしていない」
マイクは、疑わしげな目を向けた。
「…どういうことだ?
…警察はカイを追っているし、カイの行動はギャングにも累が及ぶぞ」
「…だが、カイの行動はギャングにとって利益になる部分もある。
…だから、彼を支持する者もいる」
ジェシーは、複雑な事情を打ち明けた。
マイクは、考え込んだ後、
「…じゃあ、お前はどうするつもりなんだ?」
と、核心を突いた質問をした。
ジェシーは、決意に満ちた表情で答えた。
「…警察と協力するつもりだ」
マイクは、期待に満ちた目で尋ねた。
「…カイの潜伏場所を教えてくれるのか?」
ジェシーは、申し訳なさそうに言った。
「…申し訳ない、マイクさん。
…カイはカール・ギャングの一員、そして私は代行リーダーだ。
…仲間の潜伏場所を教えることはできない」
マイクは、ジェシーの言葉の意味を理解した。
ギャングにとって、仲間の居場所を明かすことは許されない背叛行為であり、ジェシーにとって越えられない一線だった。
「…じゃあ、どうやって協力するんだ?」
マイクは、諦め気味に尋ねた。
ジェシーは、微笑みを浮かべて言った。
「…警察と協力する。
…市民や社会に害をなす、カイの行動の情報だけは提供する。
…そうすることで、被害を最小限に食い止めることができる」
「…それは、かなり危険な賭けだぞ。
…カイにバレたら、お前の身も危ない」
マイクは、ジェシーの身を案じて言った。
ジェシーは、
「…これもギャングのためだ。
…このままでは、カイがやりたい放題やって、ギャングが営んできた正当な事業まで潰されてしまう」
と、悲壮な表情で話した。
マイクは、ジェシーの言葉の意味を理解した。
社会の法整備が進み、犯罪に対する監視が強化されるにつれ、ギャングを取り巻く環境は厳しくなる一方だった。
暴力や犯罪に頼らない、合法的なビジネスへと転換することが、ギャングの存続には不可欠だった。
「…上手く協力できればいいね」
マイクは、前向きな言葉をかけると、ジェシーもそれに応えた。
二人は、当面の間、協力関係を築くことになった。
もし、カール・ギャングが完全に合法的な組織に変革するのなら、マイクとジェシーは、良好な関係を築けるかもしれない。
そんなことを、マイクは心の中でぼんやりと考えていた。




