21 再びカイと出会う
花子が案内してくれた情報課のオフィスは、閑散としており、中には花子一人しかいなかった。
マイクは、緊張した様子で花子に、市民の通話を監視したい旨を切り出した。
花子の視線はマイクに注がれていたが、何も言わず、沈黙が部屋を包み込んだ。
マイクは、内心焦りを感じ、花子が拒否するのではないかと不安になった。
すると、花子はマイクと剣持を静かに見渡した後、
「…心配しなくていいわ。プライバシーの侵害にはならないから」
と、落ち着いた声で言った。
「…AIが監視を行うので、表示されるのはターゲットの情報だけよ」
マイクと剣持の予想に反して、花子はあっさりマイクの要請を受け入れた。
マイクと剣持は、驚きながらも、
「…ありがとうございます」
と、お礼を述べた。
しかし、剣持の不安は収まらない様子だった。
「…本当に大丈夫ですか?
…我々の頼みを引き受けてもらうと、花子さんに迷惑がかかってしまいますよ」
と、花子は大丈夫かと心配そうに尋ねた。
花子は、剣持の質問を無視して、マイクに
「…あなたはコンピュータを使える?」
と、尋ね返した。
マイクは、
「…使えます」
と、答えた。
花子は、指示を与え始めた。
「…隣の部屋が盗聴室で、コンソールのコンピュータにセキュリティキーを挿し込み、監視したいキーワードを入力すればいい」
マイクは、少し疑わしげな表情で、
「…セキュリティキーですか?」
と、尋ねた。
花子は、
「…セキュリティキーは私のデスクの上に置いてあるわ。
…盗聴室は隣にあるし、今日は静かだから、誰も怪しまないと思うけど」
と、あっけらかんとした様子で言った。
マイクは、花子がデスクの上に置いているキーを見るだけで、心が躍った。
花子は、
「…剣持と私はロビーで待っているわ。
…一時間だけ好きに使っていいから。
…聞き終わったら、セキュリティキーを情報課のデスクに戻しておいて」
と、時間制限を告げた。
花子に案内された盗聴室は、薄暗く、壁一面にモニターがずらりと並んでいた。
モニターの一つは、どこかを監視している映像が映し出されており、不穏な空気を醸し出していた。
部屋の中央にはコンソールがあり、両側の棚には無数のコンピュータ機器が所狭しと並んでいた。
マイクは、緊張した足取りでコンソールに近づき、
花子から預かったセキュリティキーをコンピュータに差し込んだ。
すると、モニターの画面が点灯し、監視システムのUIインターフェースが表示された。
画面上には「音声監視」と「映像監視」のオプションが並んでいた。
マイクは、迷わず「音声監視」を選択し、
キーワード検索項目に「カイ」と入力し、過去2日間の通話記録を検索するように設定した。
さらに、マイクは音声識別用のリファレンスとして、カイの声を登録した。
あとは確認ボタンを押すだけ…
しかし、その瞬間、警察本部内からけたたましいサイレン音が鳴り響いた。
マイクは、青ざめた顔で、
「…なんてこった、運が悪すぎる…」
と、溜息をついた。
悪運を嘆きながらも、マイクは確認ボタンを押した。
すると、AIの計算処理が始まり、
カイ関連の通話を検索・音声リスニングが開始された。
一縷の望みを託して検索させながら、マイクは盗聴室の扉を開け、そっとサイレンの原因を覗き込もうとした。
すると、廊下にいた剣持が、慌てて盗聴室の方に向かってきた。
「…マイク!」
剣持が、盗聴室の方に向かって歩いてきた。
「…俺が触っちゃったのか?」
マイクは、不安そうに剣持に尋ねた。
剣持は、
「…違うようだ。 花子が原因を調べている。
…今は盗聴室から出ずに、中で待機するように言われた」
と、マイクに伝えた。
言い終わると、剣持は盗聴室の扉を閉めて、外で警戒する態勢を取った。
一人残されたマイクは、モニターを凝視しながら、
「…早く見つけてくれ…
…頼む、見つかる前に…」
と、必死に願いながら、AIによる検索の完了を待っていた。
しばらくすると、ドアの鍵がガチャリと回る音がして、誰かがドアを開けた。
物音がした瞬間、マイクは慌ててコンソールの真下のスペースに身を潜り込ませた。
心臓はバクバクと音を立てて鼓動している。
「…マイク?」
ドアの隙間から、剣持の声がかすかに聞こえた。
マイクは、咄嗟に
「…な、何だ!?」
と、怯えた声を絞り出した。
「…大丈夫だ。 花子が原因を突き止めた。
…誰かがタバコを吸って、火災報知器に触ったらしい。
…心配するな」
剣持は、マイクの様子を気遣いながら説明した。
マイクは、安堵のあまり思わず声を漏らした。
「…そ、そうなのか。
…よかった…
…じゃ、監視を再開できるのか?」
「…ああ、俺は外で警戒しているから、手早く作業を進めろ」
剣持は、マイクを促した。
30分程が経過した頃、AIの動作音が止まり、画面上に検索結果が表示された。
指定された結果が見つかったという知らせだった。
表示された通話記録は2件。
その内容は、
「…あの車が見えたぞ」
「…実行に移せ」
だった。
2件目の音声には、紛れもなくカイの声が録音されていた。
通話時刻は、2月5日の午前9時10分。
位置情報は、警察本部から80キロほど離れた場所を示していた。
マイクは、慌てて携帯電話の時間を確認する。
画面には、2月5日の午前10時ちょうどと表示されていた。
マイクは、もう一度、音声にあった携帯電話の信号を追跡してみたが、
電波が捕捉できないことが分かった。
おそらく、カイは携帯の電源を切ったのだろう。
マイクは、一刻の猶予もならないと思い、盗聴室を飛び出し、ロビーにいた剣持と花子に、
「…分かった!
…どうやら、カイは衛星輸送車両をハイジャックしたようだ!
…通話の内容からして、そう判断できる!」
と、早口で説明した。
事態の深刻さを理解した剣持は、
「…輸送車両をハイジャックしたとな?
…一人ではカイを捕まえるのは不可能だ。
…応援を呼ばなければ…」
と、緊迫した様子で言った。
その時、リンからマイクの携帯電話に電話がかかってきた。
電話に出たマイクに、リンは、
「…TASA R&Dセンターの電話が繋がった!
…職員の話では、輸送車両の警備員に連絡を取ったところ、異常はなく、無事にオリンピック・ローンチセンターに到着しているらしい。
…ただ、オリンピック・ローンチセンターの電話はまだ繋がらない」
と、伝えてきた。
リンの話に、マイクと剣持の表情が固まる。
「…輸送車両はオリンピック・ローンチセンターに到着しているだと?
…ということは、カイはハイジャックを実行しなかったのか?
…一体どういうことだ? 情報が間違っているのか?」
剣持は、混乱した様子で呟いた。
マイクも、状況を完全に把握できないまま、
「…監視した通話は確かにカイのものだった。
…俺は、確認のためオリンピック・ローンチセンターに向かう」
と、決断を下した。
剣持は、マイクの行動を止めようとはせず、
「…気をつけろ。
…何かあったらすぐに連絡しろ」
マイクは、オリンピック・ローンチセンターへ向けて車を走らせた。
一時間半ほど運転した後、ようやくオリンピック・ローンチセンターに到着した。
マイクは、受付の警備員に事情を説明すると、オリンピック・ローンチセンターの責任者である龍太郎がマイクのもとへやってきた。
「…マイクさん、お越しの目的は既に承知しております。
…衛星は無事に搬入されており、10分後にロケットで打ち上げられる予定です」
龍太郎は、落ち着いた様子でマイクに説明した。
マイクは、混乱を隠せない表情だった。
カンポノトゥスの情報が間違っていたのか? しかし、監視した通話は確かに輸送車両に関するものだった。
情報の断片と現実の間に生じる乖離を、マイクは理解することができなかった。
「…龍太郎さん、衛星の打ち上げを見学してもよろしいでしょうか?」
マイクは、確認の意味で尋ねた。
龍太郎は、快諾した。
「…構いませんよ。 案内しましょう」
龍太郎は、マイクをロケット打ち上げ管制室へと案内した。
室内には、多くのスタッフがモニターの前に座り、忙しなく作業をしていた。
「…あの巨大なロケットが、これから打ち上げられるロケットです。
…ロケットの先端部分に、TASA R&Dセンターの衛星が搭載されています」
龍太郎は、遠くの発射台にそびえ立つ巨大なロケットを指して説明した。
間近で見るロケットの大きさに、マイクは初めて衝撃を受けた。
目の前に広がる巨大なロケットとその発射台。
マイクは、ロケットに異常は見当たず、情報が間違っていたのではないかと疑わずにはいられなかった。
同時に、マイクの脳裏には新たな疑問が浮かんだ。
「…あの車の事だ。
…カイの電話に出ていた車は一体何の車だったのか?」
辺りを見渡したマイクは、そろそろ退席するかと考えていた。
その時、正面左手に何となく見覚えのある人物が立っていることに気が付いた。
マイクは、目を凝らすと、なんと前回のレースで見たカイの手下だった。
カイの手下も、マイクに気付くと、慌てて管制室から飛び出していった。
マイクは、後を追おうと管制室を飛び出したが、
既にカイの手下の姿は消え失せていた。
何か不穏な気配を感じたマイクは、すぐにロケット打ち上げ管制室へと戻った。
管制室の中では、ロケット打ち上げのカウントダウンが進んでおり、緊張感が漂っていた。
「…龍太郎さん、ロケットの打ち上げを中断してください!
…ここには不審な人物がいました!」
マイクは、必死に龍太郎に訴えた。
龍太郎は、眉をひそめながら、
「…マイクさん、ロケットは既に点火されています。
…確たる証拠がない限り、打ち上げを中断することはできません」
と、冷静に答えた。
「…今、確たる証拠は提示できませんが、
…ロケットの打ち上げには何か問題があるはずです!
…直ちに打ち上げを中止してください!」
マイクは、焦燥感に駆られながら詰め寄った。
「…これは、重大な局面です。
…根拠のない発言はやめてください。
…打ち上げは予定通り強行されます」
龍太郎は、毅然とした態度でマイクを制した。
ゆっくりと宙に向かって上昇していくロケットを、マイクは止める術もなく見上げるしかなかった。
打ち上げを見届けると、マイクは落胆した足取りでオリンピック・ローンチセンターを後にした。
そして、オリンピック・ローンチセンターの門をくぐり出た時、
マイクは、少し離れた場所に立つカイの姿を目撃した。




