17 影を追跡する:マイクとリンの捜査
翌日、マイクは出勤時間ぴったりに警視庁へとやってきた。
一方、資料室ではリンが、超国家事業発展会議に参加する重要人物の身辺情報を丹念に調べていた。
そんなリンの元に、朝食を手にしたマイクがやってきた。
「…おはよう。部屋をノックしても返事なかったから、昨晩は帰らなかったのか?」
マイクは、少し心配そうな顔でリンに声をかけた。
「…ああ、徹夜でデータをチェックしていたんだ」
リンは、少し疲れ切った様子で答えた。
「…徹夜!? 無理しないでくれよ。昨晩、俺が部屋の前に行った時、留守だったから心配したんだ」
マイクは、少し呆れつつも、リンを気遣う言葉をかけた。
リンは、ちらっとマイクの方を見て、
「…時間がないんだ。会議開催までに彼らの素性を把握しておかなければ、せっかくの努力も水の泡になってしまう」
と、淡々と答えた。
マイクは、リンの言うことも理解できた。
第三回・超国家事業発展会議は、もう二日に迫っていた。
会議までにカイとこの会議との繋がりを見つけられなければ、もし会議中に何か事件が起きたとしても、警察はそれを阻止することができないだろう。
「…で、何か見込みはあるのか?」
マイクは、現在の進捗状況を尋ねた。
「…調査したところ、会議参加予定のビジネスマンの中には、かつては裏社会の人間だったものが、表社会に出てきて真面目な商人になったというケースがいくつか見られる」
リンは、手元の資料を見ながら説明を始めた。
「…中には、完全に足を洗った人間もいれば、裏で密かに活動を続けている人間もいるようだ」
「…なるほど…で、前回の工場で武器取引をしていたヨークは?」
マイクは、前回の武器密売事件との関連を確かめた。
「…ヨークは、コロンビアのマフィア組織・ルカスの一員だったらしい。そして、そのルカスのボスと言われているのが、コロンビアの石油王のワン」
リンは、調べ上げた情報をマイクに伝えた。
「…ヨークとカイの武器取引は成立したんだな。となると、ワンがT市に来る目的は何なんだ?」
マイクは、これまでの情報を整理しつつ、疑問点を口にした。
リンは、肩をすくめて、
「…会議に出席するためじゃないの?」
と、あっけらかんと答えた。
「…いや、ワンのような大物人物がそう簡単に表舞台に出てくるわけがないだろう。敵が多すぎる」
マイクは、リンの考えに反論した。
リンも、マイクの言うことは理解できた。
「…確かに、ワンがT市に来るのには何か大きな目的があるはずだ」
と、リンは、考え込んだ様子で言った。
そして、ため息をつきながら、
「…でも、ワンが何のためにT市に来たのか、本人に聞かなければ分からないし、今の段階では情報が少なすぎる」
と、捜査の難しさを吐露した。
マイクは、他の情報はないかとリンに尋ねた。
「…ボニーの新しい麻薬の成分分析をした結果、どうやら東南アジア産のものらしい。アタムとコリが、密売元の可能性が高い」
リンは、淡々と調査結果をマイクに伝えた。
マイクは、疑わしげな表情で聞き返した。
「…まさか、タイの不動産王アタムと、フィリピンのゴム王コリじゃないだろうな?」
「…そのまんまよ。ハルキ議員は、アタムとコリの参加のおかげで、今回の会議が華やかになると言っていたくらいだ」
リンは、皮肉めいた口調で答えた。
「…まったく…一見クリーンに見えるような大物たちが、裏でこんな汚い商売をしているなんて…皮肉な話だよな」
マイクは、憤慨した様子で言った。
「…それ以上に皮肉なのは、警察が必死になって、こういう大物たちの安全を守らないといけないってことだよな」
リンは、さらに嫌味を込めた口調で続けた。
「…こういう裏でヤミ社会と繋がってるような大物こそ、牢屋にぶち込めばいいのに! まっとうな商人っていう仮面を被って、どれだけ勝手なことをしてきたんだ!彼らはまったく社会のろくでなしだ。」
マイクは、声を荒げて怒鳴った。
しかし、リンは、冷静にマイクを諭した。
「…だけど、残念ながら、今のところ彼らを罪に問えるだけの証拠はないわね」
「…証拠だって? 世の中、証拠がないまま起きていることなんていくらでもあるだろ! それじゃ、どうするんだってば!」
マイクは、納得がいかない様子で反論した。
「…それは無理よ。法律は証拠がなければ裁けないの」
リンは、毅然とした態度でマイクを制した。
「…わかってるけど、悪いことをしてるのはわかってるのに、野放しにするしかないのかよ…」
マイクは、肩を落として呟いた。
「…あなたも言ったじゃない。今、私たちだけが彼らが悪いことをしていることを知っていると聞きました。一般市民も、裁判官も陪審員も知らないんだから」
リンは、マイクの気持ちに寄り添いながらも、現実を突きつけた。
「…じゃあ、証拠はどこから見つければいいんだ? 監視カメラでも仕掛けない限り無理だろ」
マイクは、途方に暮れた様子で言った。
リンは、微笑みながらマイクを揶揄した。
「…だったら、まずは見つけることからじゃない? そして、見失わないようにね」
マイクは、苦笑いを浮かべた。
「…市民はずっと証拠を要求するくせに、警察が証拠のためにカメラを設置しようとすると、市民のプライバシーを侵害するって言うんだ。矛盾してるよな」
マイクは、釈然としない様子で言った。
リンは、微笑みながら答えた。
「…そういう時にこそ、探偵の腕の見せ所よ。証拠を見つけて、悪人を法で裁くための知恵を働かせるのが探偵の仕事でしょ」
「…それはもはや神頼みみたいなもんだろ」
マイクは、冗談めかして言った。
そして、本音を漏らした。
「…時々思うんだけど、法律って、悪人を裁くためのものなのか、悪人を守るためのものなのか、わからなくなってくるな」
「…で、マイクの方は何か収穫があったのかい?」
リンは、マイクの捜査状況を尋ねた。
マイクは、肩を落として答えた。
「…残念ながら、これといった収穫はなかった。武器の取引場所が人里離れた所だったせいもあって、目撃情報も少なく、監視カメラもほとんど設置されていなかった」
「…そうだろうね。
…武器取引自体が大々的に報道されていたから、カイも警察に目をつけられていると警戒しているはずだ。
…当分は、大人しく潜伏するだろう」
リンは、マイクの報告を冷静に分析した。
「…大人しくしてくれるのが一番なんだけどな…せめて、会議開催までは」
マイクは、溜め息をつきながら言った。
「…でも、俺の勘が外れていなければ、きっと会議中に何か動きがあると思うんだ」
「…カイは向こう見ずな所はあるけど、馬鹿じゃない。
…会議の警備には多くの警官が張り付くし、正面からぶつかるようなことはしないはずだ」
リンは、マイクの懸念を理解しつつも、冷静に状況を判断した。
「…確かに…
…標的とする人物を狙うにしても、警備が手薄になったり、隙が生まれたタイミングを狙ってくるだろうな。
…ただ、誰が狙われるのかは全く検討がつかない」
マイクは、拳を握りしめ、苛立ちを滲ませた。
「…会議中、重要人物のスケジュールを確認して、安全上の懸念がないか調べてみるわ」
リンは、マイクの不安を和らげるように言った。
「…そもそも、カイはなぜあれだけ大量の武器を買い込んだんだろう?
…もし、会議中に誰かを殺害するつもりなら、遠隔狙撃の方が確実で、わざわざ大勢の武器は必要ないはずだ。
…まさか、銀行強奪でも企んでるのか?」
マイクは、首をかしげながら推理を始めた。
「…大量の武器が必要なのは、誘拐事件を起こす場合も考えられるわね」
リンは、マイクの推理を補完するように言った。
「…しかし、重要人物を誘拐すれば、報復も相当に厳しいものになるだろう。
…カイがそこまでリスクを冒すだろうか?」
マイクは、誘拐の可能性に疑問を呈した。
リンは、眉一つ動かさず、
「…カイが誘拐をしでかさないという保証はどこにもないでしょ?」
と、マイクの問いに答えた。
マイクは、黙り込んだ。
高リスク・ハイリターン。
見返りが大きければ、カイはどんな手段に訴えてもくるだろう。
マイクは、資料の山から顔を上げ、リンに話しかけた。
「…ケンは、今日も来てないのか?」
「…ああ、昨日は薬物取引の件で捜査に出かけていて、今日はまだ姿を見せていないわね」
リンは、淡々と答えた。
「…そうか…じゃあ、ケンが戻ってくるまで待つか。新しい情報でも掴んでないかな」
マイクは、少し落胆した様子で言った。
会話が途切れた後も、リンは黙々と資料に向き合い、
マイクは、手持ち無沙汰そうにあたりを見回していた。
カイの手掛かりは一向に見つからず、苛立ちが募るばかりだった。
そんな時、突然マイクは、何かを思い出したように口を開いた。
「…あ、そういえば、昨日ユータに会ったんだ」
「…ユータ?」
リンは、怪訝そうな表情を浮かべた。
「…O市でジェシーさんの銃撃事件で職務質問された大学生だよ」
マイクは、リンの記憶を呼び起こすように説明した。
「…あ、あのエリート大学生ね! T市で何をしているんだろう?」
リンは、ようやく思い出した様子で言った。
「…いや、どうやら電化製品に詳しいみたいで、仲間の人も腕が立つみたいなんだ。俺のプロ用のカメラまで直してくれたんだぜ。しかも、新しい機能まで追加してくれたんだよ」
マイクは、Yutaの技術力を感心した様子で話した。
「…それはすごいわね。まさか、盗聴機能とか仕込まれたんじゃないだろうね? カイを追跡できるようにとか」
リンは、冗談めかして言った。
「…人を追跡する機能なら、俺は美女追跡機能が欲しいな! カイを探すなら、俺の腕で十分だ」
マイクも、リンの冗談に乗っかった。
リンは、呆れたように目をひん剥いて、
「…あんた、まだそんなことを言ってるのかしら! そんなに簡単にカイが見つかるなら、とっくに逮捕してO市に帰ってるわよ」
と、つっこみをいれた。
マイクは、少し頬を赤らめながら、
「…いや、ユータが追跡機能をつけられるとしても、そんなことはしないだろう。
…ユータは監視されることを嫌ってるみたいで、考え方がちょっと極端だった」
と、弁解した。
「…極端? あの秀才大学生が極端な思想を持っているわけないじゃない。
…もしかして、あんたの方こそが思想が極端だったりして」
リンは、逆にマイクをからかった。
マイクは、苦笑いを浮かべて、
「…おいおい、冗談だろ? リンと一緒に仕事してこんなに長いのに、いつ俺が極端な思想になったんだよ」
と、抗議した。
すると、リンは、冗談めかしながらも真剣な表情になり、
「…そういえば、さっき資料をチェックしてたら、ユータのファイルが出てきたんだけど」
と、切り出した。
マイクは、リンの言葉を聞いて、目を丸くした。
警察署に書類があるということは、何か違法なことをした可能性がある。
リンは、ファイルを引き出し、マイクに渡した。
マイクがファイルを開くと、ユータがハッキングの罪で逮捕された記録が目に飛び込んできた。




