16 出会い
男性は、目を丸くしてマイクを見た。
「…え? あなたは…マイクさん!? O市で会った警官の方ですよね?」
男性は、驚きを隠せない様子だった。
T市での捜査中、まさかO市で出会った人物と再会するとは思ってもいなかったマイクは、
(…これは、偶然なのか…それとも…)
ユータは、マイクに再会できたことをとても喜んでいた。
O市での出会いで、マイクを優秀な警官だと印象に残していたようだ。
カメラの件を心配するマイクに対して、ユータは、
「…大丈夫ですよ! 修理を手伝いますから」
と、気さくに答えた。
ユータの隣にいた二人の仲間たちも、
「…僕たちも手伝いますよ」
と、マイクに声をかけた。
「…せっかくお会いしたんだから、うちで少し休んでいってください」
ユータは、マイクを自宅に招き入れた。
ユータの家は、市街地からはかなり離れた、人里離れた場所にあった。
周りに民家もまばらで、薄暗闇の中にポツンと建っている家は、いかにも倉庫のような無機質な外観をしていた。
ユータが家の扉を開けると、
「…どうぞ、入ってください」
と、マイクを家の中に案内した。
中に入ったマイクは、家というよりは、やはり倉庫のような印象を受けた。
室内には、所狭しと実験台や様々な機器が並べられていた。
「…ここが、俺と仲間たちで作業をしている場所なんだ」
ユータは、マイクに説明しながら、家の中を案内していった。
そのとき、
「…ユータ、おかえり」
という声が家の中から聞こえてきた。
そして、筒状の物体(※おそらくロボット)が、ユータたちの方に向かってゴロゴロと転がってきた。
警察官として危険を察知したマイクは、咄嗟にユータを自分の後ろに引き寄せた。
しかし、ユータは慌てる様子もなく、
「…大丈夫ですよ。 こいつは危害を加えません」
と、マイクを安心させた。
近づいてきた筒状の物体は、どうやらロボットのようだった。
ユータは、そのロボットに向かって、
「…T0、お客さんだよ」
と、紹介した。
ロボットは、機械音声で
「…見知らぬ人物。身分を確認してください」
と、マイクに話しかけた。
突然ロボットに話しかけられ、マイクは戸惑うばかりだった。
ユータが間に入り、
「…T0、こちらはマイクさん。俺の友達だ」
と、ロボットに説明した。
すると、ロボットは、
「…初めまして、マイクさん」
と、マイクに挨拶をした。
マイクも、
「…こんにちは、T0」
と、おずおずと挨拶を返した。
さらに、T0はユータの仲間たちにも挨拶をした。
マイクは、流暢に会話するT0の賢さに驚き、
「…これは、どこの会社の製品ですか?」
と、興味津々でユータに尋ねた。
ユータは、
「…T0は、俺が暇つぶしに作ったロボットなんだ」
と、あっけらかんとした様子で答えた。
マイクは、Yutaの才能に感心した。
ユータは、
「…T0は、ただ暇つぶしに作ったものだから、作りも粗雑で、褒められたもんじゃないんだけどね」
と、謙遜した。
ユータは、奥へとマイクを案内しながら、
「…手前側がリビングとダイニングスペースで、奥まった左側が俺の部屋だ」
と、自宅の構造をマイクに説明していった。
リビングに着くと、ユータは
「…どうぞ、座ってくつろいでください。飲み物でも持ってきますね」
と、マイクをソファに促し、仲間たちと一緒にマイクのカメラの修理に取り掛かった。
マイクは、ユータの温かい歓迎に、心の中で感謝の意を述べていた。
ユータは、マイクがO市でジェシーさんを助けたことを感謝していた。
「…あの時、マイクさんのおかげでジェシーさんが助かりました。本当にありがとうございます」
と、真摯な表情でマイクに礼を言った。
マイクは、
「…いえ、当たり前のことです。警察の仕事ですから」
と、気負わずに答えた。
一息ついてから、ユータはマイクに訪ねた。
「…ところで、マイクさんはT市に何の御用で? 仕事ですか? それともプライベート?」
「…仕事です。カイがT市に護送されてくるはずだったんですが、護送中に逃走してしまったので、T市に残ってカイの逮捕にあたっているんです」
マイクは、現在の状況をユータに説明した。
「…そうだったんですか。
…そういえば、ニュースでT市の機械工場で銃撃事件があったってやっていましたね」
ユータは、思い出しながら言った。
マイクは、冗談めかして、
「…まさか、カイを見ませんでしたか?」
と、ユータに尋ねた。
ユータは、
「…いや、見ていませんでした」
と、首を横に振った。
続いて、マイクは真面目な顔つきで、
「…もしかして、ジェシーさんとは最近会っていませんか?」
と、ユータに聞いた。
ユータは、少し寂しそうな表情を浮かべて答えた。
「…琢見さんが亡くなってから、ジェシーさんは滅多に外の人間と会わなくなったんです。
このままじゃ、ジェシーさん一人で組織をまとめきれるか心配で…」
マイクは、黙ってユータの肩に手を置き、そっと労った。
話題を戻し、マイクは、
「…カイは隠れるのがとても上手くて、公衆の監視カメラにも全く映らないんです」
と、最近の捜査の難しさをユータに打ち明けた。
すると、ユータは、意外にもあっけらかんとした様子で、
「…カメラって、必ずしも頼りになるもんじゃないですよ」
と言った。
「…そうは言っても、カメラは24時間監視できますし、人間の目よりずっと効率的じゃないですか?」
マイクは、ユータの言葉に疑問を呈した。
ユータは、少し言葉を選びながら説明した。
「…理論上は、邪魔されなければマイクさんの言う通りです。
でも、カメラと人間とでは情報を受け取る仕方が違うんです。
カメラは、ただ情報を受信するだけで、その情報が本当か嘘か、判断することができないんです」
「…つまり、カメラが撮った映像は、必ずしも真実ではないかもしれない、ということですか?」
マイクは、ユータの言葉を咀嚼するように言った。
ユータは、
「…そうです」
と、簡潔に答えた。
カメラの仕組みまでは、マイクには理解できなかったが、
ユータの言葉にはなぜか説得力があり、素直に信じる気持ちになった。
マイクは、冗談めかして言った。
「…はは、T0みたいなのが沢山いたら、カイを探すのも簡単だろうな。T0なら賢いし、真実と嘘も見分けられるみたいだし」
ユータは、苦笑いを浮かべて答えた。
「…T0は確かに賢いですけど、万能じゃないですよ。
…容疑者を探すためにT0を使えば、市民の生活だって監視しなくちゃいけなくなる。そうなると、市民のプライバシーが侵害されてしまいます。
T0を大量に配備すればするほど、市民のプライバシー晒される空間は広がる一方ですよ」
ユータの言葉に、マイクは少し考えさせられた。
「…でも、警察はT0が記録した情報は絶対に漏洩させないと保証しているし、容疑者を逮捕することは市民の安全にも繋がるんじゃないですか?」
マイクは、必死に反論を試みた。
しかし、ユータはあからさまに嘲笑するように言った。
「…警察がT0が記録した情報は絶対に漏洩させないって保証するんですか? じゃあ、その警察の約束を守る保証は誰がしてくれるんですか?
容疑者を逮捕することは、確かに市民の安全に良い影響を与えるかもしれない。
しかし、容疑者を逮捕することは、警察の昇進や給料アップにも繋がるんじゃないですか?
一つの利益を守るために、別のものを犠牲にするって、なんだかおかしな話だと思いませんか?」
マイクは、頬を少し赤らめながら、ユータの言葉に完全に同意できなかったものの、反論することもできなかった。
沈黙が少し続いた後、マイクは思い出したように言った。
「…そうだ、君は今、人里離れた場所に住んでいるんだっけ? 気をつけて生活した方がいいかもしれないよ。
カイみたいなヤツは人目に付かないような場所に隠れるのが好きだから」
「…大丈夫ですよ。市民がヤクザを刺激しなければ、ヤクザは一般市民には危害を加えません」
ユータは、どこか達観したような口調で答えた。
「…ヤクザのモラルを過信しすぎてるんじゃないのか? ヤクザなんて、法律を守るような人たちじゃないだろ? 気をつけた方がいい」
マイクは、ユータの考えに賛同できなかった。
「…僕の知る限り、ヤクザの構成員だって、ある程度のルールは守っていますよ。
彼らだって、武士道の精神を持っていて、約束は守ります」
ユータは、自分の考えを曲げることなく話した。
マイクは、
「…武士道の精神だって? 武士道なんて、とうの昔に死んでしまっているだろう」
と、ユータの発言に呆れたように言った。
「…今の世の中は、法律が人を縛り、ルールを守らせるんだ。武士道なんて、形だけのものでしょ」
マイクは、警察官としての立場から、ユータの考えを否定した。
ユータは、マイクの言葉に少し怒気を帯びてきた。
「…そうやって、武士道の精神を馬鹿にするのか! 武士道の精神は、今もなお脈々と生きているんだぞ!」
「…はは、僕は警察官ですよ。法律しか信じませんし、武士道なんてものは信じていません」
マイクは、少し諦めながらも、笑顔で答えた。
ユータは、
「…なるほどね…」
と、マイクの言葉を飲み込むように呟き、少し肩の力を抜いて、飲み物に手を伸ばした。
マイクは、ポケットから自分の名刺を出し、
「…念の為、連絡先を渡しておくね。もし何かあったら、遠慮なく電話してくれ」
と、ユータに名刺を渡した。
ユータは、名刺を受け取って、
「…ありがとう。」
と、礼を言った。
二人は、気まずい沈黙のまま、しばらく酒を飲み続けた。
ユータの仲間二人は、手際よくマイクのカメラを修理してくれた。
修理が終わった後、マイクはカメラを受け取り、動作確認を行った。
壊れていたレンズは綺麗に交換されており、全ての機能が問題なく動いていることを確認した。
試しに写真を撮ってみると、以前よりも鮮明な写真が撮れるようにすら感じられた。
「…凄い! こんなに精密なカメラまで直せちゃうなんて! 君たち、本当すごいね。普段はどんな仕事をしているんだい?」
マイクは、驚きと感謝の気持ちを込め、ユータの仲間たちに声をかけた。
二人は、少し照れくさそうな表情を浮かべながら答えた。
「…いや、別に特別やってるわけじゃないんだけど…
…僕たち、普段はあまりすることもないから、よく壊れた電子機器とかを修理してるんだ。
…カメラも今までたくさん直してきたから、慣れたもんだよ」
そして、横にいるユータの方を向いて、
「…ユータの方が詳しいけどね」
と、冗談めかしてユータを持ち上げた。
マイクは、礼を言うと共に、
「…いや、本当に助かったよ。ありがとう」
と、二 人にお礼を述べた。
そして、ふとした拍子に腕時計を見ると、時刻は既に夜の10時を回っていた。
「…あ、もうこんな時間か…そろそろ失礼します」
マイクは、名残惜しそうにしながら、席を立った。




