14 工場での銃撃:T市捜査
安全な場所まで車を走らせると、ようやく我に返った剣持、マイク、リンは、署長への応援要請を思い出した。
携帯電話を取り出した剣持は、署長に電話をかけ、現場での出来事を簡潔に説明し、工場の住所を伝えた。
電話口からは、応援として多数の警官を向かわせるという署長の言葉が聞こえてきた。
一息ついた三人は、再びUターンし、先ほどの工場へと向かった。
工場の鉄扉からおよそ20メートル手前で車を止めると、剣持は車の中から工場の様子を窺った。
「…車の影がないな。奴らは逃げたのか?」
マイクが、助手席に座るリンと運転席の剣持に問いかけた。
リンも剣持も、マイクの推測に同意を示した。
「…確認に行きたいな」
マイクは、車から降りて工場へと向かう気配を見せた。
しかし、剣持はそれを制止した。
「…署長からの指示は、勝手な行動は慎めって言ってたぞ。応援の警官が来るまで、車の中で待機するのが正解だ」
剣持は、冷静沈着にマイクを諭した。
「…確かに、車の影はないけど、工場の中に奴らが潜んでいる可能性もゼロじゃない」
剣持は、先ほどの銃撃戦を思い出し、緊迫した様子で呟いた。
リンも、剣持の判断に賛同した。
「…それに、私たち三人は拳銃が一丁しかない。あの火力のギャングたちと正面から戦うのは無理がある。もう無理はできないわ」
リンの言葉に、マイクも渋々ながらも肯いた。
悪党は、警察に捕まるのを待っていてはくれない。
警察が来る気配を確認した時点で、さっさと逃げ去ってしまうだろう。
しかし、マイクの性格上、悪人に対しては一刻も早く逮捕したいという気持ちが常に強い。
そのため、応援の警官を車の中で待つ時間というのは、マイクにとって苦痛以外の何物でもなかった。
それからおよそ40分後、署長が自ら多数の警官を引き連れて、工場へとやってきた。
署長の指示により、まずは警官チームが工場を包囲し、封鎖を行った。
そして、剣持、マイク、リン、そして二人の警官の計五人は、鉄扉からそっと工場の中へと入った。
先ほどの銃撃戦の影響だろうか、工場内の棚はいくつか倒壊しており、商品が散乱していた。
しかし、工場内には人の気配は一切なく、武器の姿もなかった。
剣持は、工場内の状況を署長に報告した。
署長は、鑑識課の警官を現場へと向かわせ、証拠品の調査を行うよう指示を出した。
また、工場の警備のために一チームの警官を残し、残りの警官は解散して帰宅するよう指示を出した。
剣持は、マイクとリンをホテルへと送り届けた後、自宅へと向かった。
翌朝、マイクとリンはいつものように警察署に出勤した。
すると、偶然にも剣持も警察署を訪れていたようで、三人は廊下で顔を合わせた。
挨拶を交わすと、署長室から声が掛かった。
「…剣持、マイク、リン。ちょっと入ってこい」
三人は、互いに無言の視線を交わしながら、署長室へと入った。
「…説明しろ。何故、カイの居場所をすぐに報告しなかったんだ? 今回の発砲事件は、間違いなくマスコミを騒がせるだろう。カイを取り逃がした責任は、お前にある」
険しい表情の署長は、容赦なく剣持を責め立てた。
理不尽な言葉を浴びせられながらも、剣持は何も言い返せず、ただ頭を下げて謝罪をするばかりだった。
そんな腰抜けな剣持の様子を見て、マイクとリンは、昨日の工場での、咄嗟の際に銃を撃てなかった剣持の姿を思い出し、少し見下すような視線を剣持に送った。
責め立てる署長の言葉は止まらない。
確かに、今回の事件での責任は、全て剣持にあるわけではなかった。
しかし、それを口にすることもできず、ただ叱責に耐える剣持を見て、マイクは黙っていられなくなった。
「…署長、あの、今回の事態は予想外のものでして… 剣持が報告しようとした際、携帯電話の電波が入らなくて…」
マイクは、耐え切れずに口を挟んだ。
しかし、署長は、マイクの言葉を遮った。
「…マイク。お前のT市での任務は、カイの逮捕への協力だ。他の案件に関わるのは、お前の職務ではない。マイク、お前の勝手な行動は、もはや許容範囲を超えている。お前の、そしてリンのお前たちのT市での任務は、これで終わりだ。明日、O市に帰ってもらおう」
突然の宣告に、マイクは目を丸くした。
まさか、そんなことを言われるとは思ってもいなかった。
マイクは、弁明しようとしたが、署長はそれを遮り、
「…説明は不要だ。私の決定に従ってほしい」
と、きっぱりと言い放った。
納得できない思いと、悔しさに苛まれるマイク。
肩を落とすマイクの背中を、リンはそっと手でさすり、慰めるように肩をポンと叩いた。
剣持は、マイクに謝罪の言葉をかけようと口を開いたが、署長に止められてしまった。
「…剣持、おまえは黙っていなさい」
緊迫した空気が室内を支配し、三人は、重い足取りで署長室を後にした。
署長室を出て、分署の事務室フロアに戻ってきた剣持は、落ち込むマイクに声をかけた。
「…落ち込むな、マイク。必ずカイを捕まえる」
剣持は、そう言ってマイクの肩に手を置いたが、マイクは、その好意を素直に受け取ることができなかった。
「…俺は、カイを逃してしまった。責任は俺にある」
マイクは、悔しさに声を震わせた。
T市を離れる前に、マイクとリンは昨夜の工場での銃撃事件の目撃者として、供述調書の作成をする必要があった。
一方、剣持は、レインボーが吸っていた薬物を薬物検査課に渡し、成分を調べてもらった。
検査の結果、それはT市では出回っていなかった新型の薬物であることが判明した。
データによると、この薬物はミャンマー最大の麻薬密売組織、キム一派のものだという。
また、調査を進めた剣持は、ボニーがT市内最大のギャング組織、カンフーギャングの一員であることを突き止めた。
表向きはコンビニエンスストアの店主、裏では密か麻薬を売っていたボニーは、これまでも覚せい剤やマリファナの密売で何度も疑われていたが、決定的な証拠がないまま釈放されていた。
密売の過程で罪の痕跡を残さず、法律の抜け穴を巧みに利用する狡猾な男だった。
レインボーがボニーから薬物を購入したと供述しているものの、決定的な証拠はない。
剣持は、二人の警官を連れて、ボニーが経営するコンビニエンスストアを訪れた。
偶然にも、ボニーは店の中にいた。
剣持を再び見るなり、逃げる様子もなく、
「…警部さん、どうしましたか?」
と、落ち着いた様子で尋ねてきた。
剣持は、ボニーに令状を見せると、二名の警官にコンビニ内を捜索するよう指示を出した。
しかし、剣持の失望にもはや慣れていた。
捜索の結果、薬物は見つからなかった。
ボニーを署に戻し、事情聴取を行ったが、ボニーはレインボーへの薬物販売を否認し、コンビニは合法的な商品しか扱っていないと繰り返すのみだった。
ボニーを拘束してから24時間後、剣持は、証拠不十分を理由にボニーを釈放せざるを得なかった。
ボニーは、今回も法の裁きを逃れた。
不敵な笑みを浮かべながらコンビニへと戻っていくボニーの姿を見送りながら、剣持は、握り締めた拳を緩めることができなかった。
正午頃、マイクとリンは記録を終えた。
マイクは剣持に、午後のうちにT市を離れることを告げた。
剣持は、少し寂しそうな表情を浮かべた。
一緒に働いた期間は長くなかったが、マイクは優秀な警官だったことを剣持は認めていた。
「…じゃあ、餞別だ。飯でも食おうぜ」
剣持は、マイクとリンを誘って焼肉屋へと向かった。
「…剣持、一緒に仕事ができてよかったよ」
別れを惜しむように、マイクとリンは言った。
焼肉屋で食事をしている最中、テレビでニュースが流れた。
T市では、3日後に「第三回・超国家事業発展会議」が開催されるという。
この超国家貿易発展会議には、多くの海外実業家が参加するという。
コロンビア石油王のワン、ブラジル鉄鉱石王のティム、タイ不動産王のアタム、フィリピンのゴム王のコリらがT市に会議に参加するため訪れるというのだ。
春木市議が、記者会見を開き、報道陣の質問に答えていた。
メディアは、春木市議に対して、会議の準備状況や、会議への期待などを質問していた。
春木市議は、会議の主催者たちがしてきた努力を簡単に説明し、地域を越えた企業間の包括的かつ深層的な協力を期待していることを述べた。
マイク、リン、剣持が食事を楽しんでいる最中、テレビのニュースの一部分が彼らの注意を引いた。
機械工場での銃撃戦と爆発事件が、市民の不安を煽っていた。
メディアは、警察署の治安能力を疑問視するような報道を行っていた。
一部のメディアはインタビューで次のように質問していた。
「第三回・超国家事業発展会議開催中、T市には多くの外国人、それも要人が訪れます。T市は、テロリストの可能性がある人物を排除できるのですか?」
春木市議は答えた。
「第三回・超国家事業発展会議での治安上の脅威の可能性に関して、T市役所は予防措置をいくつか講じており、関連部署と緊密に連携して会議中の安全を確保しています。」
さらに、メディアはT市議の春木に対して質問をぶつけた。
「警察署は、超国家事業発展会議開催中の参加者の安全を保障できるのでしょうか?」
春木市議は答えた。
「警察署は、第三回・超国家事業発展会議開催中、会議出席者の安全を確保するために全力で尽力します。警察署は、会議会場とその周辺の警戒を強化し、警察官と警備員の人員を増やし、会議中の安全を確保します。」
報道陣の中には、
「…警察は、カイを逮捕する能力があるのでしょうか? カイはいつ逮捕されるのでしょうか?」
と、核心的な質問をする記者もいた。
春木市議は、
「…カイは全国で手配中の犯人です。大した人物ではありません。カイが再び姿を現せば、警察は直ちに逮捕するでしょう」
と、自信ありげに答えた。
マイクは冗談ぽく剣持に言った。
「これから、かなり忙しくなるだろうな」
剣持は少し残念そうに答えた。
「お前達とリンがいなくなってしまうのは、残念だな」
マイクは、黙って焼肉を口に運んだ。
食事を終えると、剣持はマイクとリンをホテルまで送った。




