9 カールギャングの遺言③
ジェシーは、目の前に座る幹部たちを眺め、やるせない気持ちに苛まれていました。彼らはいずれも、歴戦の猛者と呼ばれる荒くれ者たちで、その顔には幾多もの傷が刻まれていました。しかし、今は権力闘争の火蓋が切られたかのような緊迫感とは裏腹に、どこか頼りなさげに見えました。
ジェシーには、自分なりの理想がありました。暴力や裏社会とは無縁な世界で、真っ当に生きたいと常々願っていたのです。父親が組長を務めているとはいえ、ジェシー自身はカルテル・ギャングに対して何の興味も抱いていませんでした。
近年、琢見の体調が悪化してきていたこともあり、本来であれば、ジェシーはとっくにギャングの本部を離れていたはずです。彼女が本部に残っていたのは、ただ琢見を看病するためでした。琢見もそれは理解していて、緊急手術室の中で、
「…俺が死んだら、ギャングを辞めて好きな場所に行って幸せに暮らせ」
と、話しかけてくれたのです。その言葉は、ジェシーにとって、愛おしい贈り物であり、同時に、切ない解放宣言でもありました。
琢見の死後、ジェシーはカルテル・ギャングを離れることを決めていました。今日の次期組長候補の会議にも、幹部たちの説得に渋々応じて出席しただけでした。今、目の前で幹部たちが争い合う姿を見るのは、堪え難いことでした。彼らが権力闘争に明け暮れる一方、琢見の温もりさえも冷め切らぬうちに、次期リーダーを選出することに、不謹慎さすら感じていました。
そこで、ジェシーは、
「…今は、まだお父さんの葬儀も済んでいません。次期組長の選出については、葬儀が終わってから話し合いましょう」
と、提案しました。幹部たちは、皆、うつむき加減になり、
「…お嬢様の言うとおりです。今は、組長の弔問が何より大事です」
と、納得した様子で答えました。
会長候補として確認されなかったことに、カイはとても失望しています。ギャングの会長選挙では、カイには大きなアドバンテージがありました。会議が続けば、投票によって、カイは確実にギャングの会長に選ばれるでしょう。
少し残念ですが、カイは皆の意見に同意するしかありません。
カイは次回のギャングの候補者会議で必ず選ばれると信じています。
重苦しい空気が漂う会議室を、幹部たちは次々と退出していきました。
一人残されたジェシーは、窓の外の景色をぼんやりと眺めていました。夕暮れの光が、ビル群を赤く染めています。琢見のいない、そして、自分が望んでいない世界が広がっていました。
しかし、その中で、これからの自分はどうすべきなのか、考えなければならないという義務感が、ジェシーの心にのしかかっていました。彼女は、自分がこの組織の「お嬢様」ではなく、一人の人間として、自分の意思で生きる道を模索しなければなりませんでした。それは、今まで生きてきた世界とは全く違う、険しい道のりになるだろうと、ジェシーは覚悟していました。
静まり返った会議室は、先ほどの熱気が嘘のように冷え切っていた。
幹部たちが去った後、一人残されたジェシーは、寂寥感に苛まれていた。
カルテル・ギャングは、琢見によって立ち上げられ、20年以上もの歴史を刻んできた。
しかし、その創設者である琢見を失ったことで、組織の結束力は大きく損なわれた。
広島派と古市派に分かれた幹部たちは、互いの利益を優先し、もはや一枚岩ではなくなりつつあった。
表向きは中立を装う他の幹部たちも、元組長の娘であるジェシーへの遠慮から、カイへの支持を明確に示さないだけで、内心では利益をもたらしてくれるカイを望んでいるのが見え隠れしていた。
だが、ここ数年のカイの行動は荒々しさに拍車がかかっており、莫大な利益を生み出している一方で、組織にとって無視できないほどの危険因子を抱えていた。
警察は、全国でカイの行方を追っている。このままカイが組長になれば、警察や他の勢力との抗争で、組織は潰されてしまうかもしれない。
長い沈黙の後、ジェシーは、静かに決意を固めていた。
「…わたしが、組長になる」
自らの手で、組織の行く末を決める。




