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小話1. きずあと

 これは、ソフィアとラインハルトが学生の時の話だ。彼らが通う学校では、毎年、試験の一環で魔法を使わずに山登りを行っていた。不慣れな人でも準備をすれば、一日で登山・下山ができるところだった。下級生ニ、三人に引率の学校教師と上級生一人が一人ずつ付き添っていた。さまざまな要望が加味され、ラインハルトはマリアナ、ソフィアと引率の教師ケイ先生のチームだった。教師やソフィアが山に慣れていることもあり、無事頂上に辿り着き、特に問題なく下山をしていた。その時だった。

「きゃーっ!」

 先日の雨でぬかるんでいた箇所でマリアナが滑ってしまった。ラインハルトが庇ったが、代わりに、ちょっとした崖に落ちそうになった。後ろにいたソフィアはラインハルトをなんとか助けようとしたが、間に合わず、一緒に転げ落ちた。

「ハル、怪我は?」

「大丈夫で……、血が」

 二人とも崖から落ちてしまったが、ソフィアのおかげで、ラインハルトには主だった怪我はなかった。

「悪いけど、布貸してくれない?」

「さ、探します」

 ソフィアは額から血が出ていた。それに、足も折れているように見えた。ラインハルトは急いでリュックを探った。

「受け身は取ったんだけどなー。マリアナは?」

「……多分大丈夫だと思います。ケイ先生が受け止めていました」

「うん、そう。しかし、だいぶ落ちたなー」

 焦りからか、目当ての布や救急用品がなかなか見つからない。ラインハルトは自身を不甲斐なく感じた。がさごそ漁っても埒があかないため、リュックの中身を全部出そうかと思っていたら、ソフィアがよいしょと折れていない方の足を軸にして、立ち上がった。

「安静にしていた方が……」

「悪いが失格でいい?」

「そんなこと……、もうどうでも!!」

「そう言うと思った」

 ソフィアは自身の右側にいるラインハルトを見て、からりと笑った。

「じゃあ、転移魔法で学校に帰ろう。ここからならぎり帰れる」

「え?魔法使えるんですか?」

 この試験の目的から、生徒たちには魔法を使えないように手首に腕輪がしっかりと装着されていた。これを外さないと魔法は使用できないが、鍵は学校にいる先生が所持しているはずだ。

「うん、大丈夫。帰ろう」

 そうして、ソフィアのおかげでラインハルトは無事に帰ることができた。

 そして、ラインハルトは少しのかすり傷の治療を終えて、近くに待機していたドミトリーに尋ねた。

「ソフィアは大丈夫?」

「骨折等の怪我はありますが、命に別条はないそうです」

「そっか」

 ラインハルトはひとまず安心した。学校に帰ると、殿下大丈夫ですか?何があったんですか?と心配する人々に囲まれたおかげで、ソフィアの様子がわからなかったのだ。そして、一つ疑問に思っていたことを聞いた。

「魔法をどうやって使えるようにしたの?」

 ソフィアは魔法士として特に優秀だった。だから、どのように工夫をしたのか、興味があった。

「その」

「何かあったの?」

 ドミトリーは口ごもったが、同じ学校で生活しているため、いつかはわかることだと話し始めた。

「ソフィアは腕輪を装着している左手首を切断することで外したようです」

「え?」

「鋭利な切断ということもあって、治療を行い、再接着をすることはできました。リハビリを行えば、問題なく動かせるようになるそうです」

「……うん、ありがとう。ドミトリー、会いに行きたいんだけど、ソフィアはどこ?」

 ラインハルトはドミトリーに案内された部屋に訪れた。部屋に入ると、ソフィアは静かに寝ていた。頭には包帯が巻かれ、左脚は固定されていた。そして、左手首にも包帯が巻かれていた。

 ラインハルトがリュックを漁って、布を探している時に、切り落としたのだろうかと思った。切り落とした手はどうしていたのだろう、懐にでも入れていたのだろうかと、つらつら考え事をしながら、それなりに長い間、ぼーっとソフィアを眺めていると、ふと彼女が寝苦しそうに声を上げた。

「ソフィア、ソフィア、大丈夫?」

 声を掛けるとソフィアは億劫そうに目を開けた。

「ハルか、けがは……?」

「私は平気だよ」

「そう」

「手を握っても?」

 無性に彼女に何かしたくなった。手を握ることで気休めにでもなればと、手前にあった右手に触れた。

「いや、多分折ると思うよ」

「そんなこと……」

「私は握力でりんごを潰せるよ」

「ヒェ」

 冗談を言う、いつものソフィアだと少し嬉しく思った。ラインハルトはソフィアが手首を自分で切った話を聞いてから、少しだけ彼女がどこか遠くに行ってしまったと感じていた。

「ふふふ、大丈夫だから、今何時?」

「えっと、多分夕方頃だと思います」

「そう。マリアナはそろそろ帰ってきてる頃かな。確認しておいでよ。彼女も心配しているだろうから」

「……はい」

 いつものソフィアだった。まず、ラインハルトの心配をして、その後にマリアナは?隣にいなさいなと諭す。ラインハルトは自分がそばにいて欲しくないのだろうかと寂しく感じた。

 それから、治療が終わった後、ソフィアは学校に通い始めた。怪我をしていた箇所を魔法で補っていたが、完治してからはそれもなくなり、いつも通りに戻っていった。変わったことは、時折、袖の隙間から左手首に縫合痕が覗くくらいだった。年々、傷痕は薄く目立たなくなっていたが、ラインハルトには生々しく残り続けた。


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