4. 来ちゃった♡
イライザはソフィアにご相談したいことがあるんです~と、午後1時に資料室401に来るように伝えた。ソフィアはたいていその時間はお昼休みをとっていた。
イライザは自分の方がソフィアよりも若くて、可愛くて、実家の出がよくて、諸々、女として上だと思っていた。挙句の果てに、ソフィアは皇太子のことを側室となってから5年も袖にしているそうだ。情けないし、側室になったのだから覚悟を決めたら?とも思っていた。だから、皇太子の目を覚まさせないとと、ある種の使命感にかられ、そしてあわよくば、傷ついた皇太子をなぐさめて、手練手管で成り上がろうかなと杜撰な計画を立てていた。
イライザは午後1時ちょうどに資料室を訪れた。個人的に手応えありと思っていたので、皇太子は来るだろうと考えていた。彼女はこの計画が失敗したとしても次があるとめげない気持ちを持っていた。
「お待たせしてごめんなさい」
「いいや、約束通りに来て偉いね、イライザ」
ソフィアは先に資料室で待っていた。イライザを見ると優し気に微笑んだ。
「ご相談したいことがあってー」
イライザは作戦開始!と思った。すると、ソフィアは彼女が閉めた扉の方を見て、ため息をついた。
「それより、お嬢さん。私はね、回りくどいことや企みごとをされるのは嫌いでね。まあ、要は嵌められるのが本当に嫌なんだ」
「え?なんのことですか?」
「ふふふ、もういいよ。仕事が溜まっているから、お帰り」
ソフィアはイライザに転移魔法を使って、作業室に送った。 (他人に魔法を行使することは危険です。素人は真似しないでください) この作業室にソフィアはイライザがおいたをしたとき用に罰として山のような仕事を用意していたのだ。イライザならできるはずとソフィアは信じている。
ソフィアはイライザの泥船のような計画に乗ることも考えたが、扉にある気配から、大事になる可能性を考慮し、やめた。
「殿下、聞き耳とはどういうおつもりですか?」
扉付近の人間に声を掛けた。イライザが到着してすぐ後に、誰かが転移魔法でその場所に来ていたのだった。その誰かはソフィアにとって馴染みのある気配だった。
「ごめんなさい。あなたなら気付くと思っていました」
「何かご用でしょうか?」
ソフィアはにっこり笑った。
「その、えっと」
「何もなければ戻ります」
「待って!」
皇太子は必死そうに大きな声を出した。
「あの、盗み聞きをしていてすみません。でも、その、ここに来れば、あなたに会えると思って」
ラインハルトは照れくさそうに頭をかいていた。学生時代、何かと理由をつけて彼がソフィアに会いに来ていた時、用が無くても来て構わないと伝えたら、ラインハルトはいいの?と今と同じように照れくさそうにしていたことを思い出した。ソフィアはあれからあまり変わっていないんだなと思った。
「そう」
「あの」
「ハル、待って」
ソフィアは学生時代の呼び方と口調に戻した。学校の先輩・後輩の間柄を活用して、皇太子に対して、あだ名で呼び、フランクな口調で接していた。
「いや、さすがに、殿下と呼んだ方が」
「いえ、結構です。できる限りハルでお願いします」
ラインハルトは早口で希望を述べた。
「わ、わかった、ハル。職場の後輩が迷惑をかけて悪い。まさか皇太子殿下に接触するとは思わなかったよ」
「そうですね。私もさすがに面食らいました」
「あと、ドミトリーとの噂はうっとうしいはずだね」
「同級生の仲でしょう。噂に振り回される必要はありません。あなたは好きにしてください」
「ありがとう」
ソフィアは改めて、ラインハルトの顔を見た。きちんと見るのは、5年前の側室にさせられた時以来だった。
「ハル、私を側室にするために囲い込んだことは、今でも腹立たしい」
「怒ってますよね……」
「うん!だが、今はもうさほど怒っていないんだ。5年も経ったし、それに、ハルが私の可愛い後輩であることに変わりない」
「……私は」
ソフィアは自分の言いたいことを邪魔されないために、ラインハルトの言葉を遮った。
「だから、会いたくなったらなるべく前日までに連絡してほしい。その時はカンラン宮にいるようにするから」
早口で言いたいことだけを伝えて、ソフィアは転移魔法でこの場所から出ていった。一人残されたラインハルトは何とも言えない表情をしていた。
「私は後輩から抜け出したいんだが……」
それでも会えるようになったのは一歩前進かと喜びを抑えることができなかった。