22. 一つ印を付けられたら百つ付けられたと思え
吹き矢で怪我をしたニッコロ君は毒耐性もあったことから、命に別条はなかった。サーシャとソフィアも念の為確認したが、怪我はなかった。サーシャはニッコロ君の様子を見に行き、ラインハルトとドミトリーはソフィアから今日の事件の詳細を聞くことにした。
「何があったんですか?」
「ドミトリー、やりにくいからいつもの通り話してほしい」
「わかった」
ドミトリーはラインハルトの様子を確認した上で、ソフィアのわがままを許容した。真面目な男だ。
「屋根の上から吹き矢で狙われたところをニッコロ君に庇われた」
「そうか」
「男で、身のこなしが俊敏だったね。その時はお一人のようだった」
「仲間がいる可能性もあるな」
それにもう一度狙われる可能性もあるとドミトリーは考えた。
「一応印つけて男の周りを水晶かなんかで見れるようにしたんだが、見る?」
「見る」
早く言えとばかりにドミトリーは水晶を取り出した。
「あれ?見えない」
「躱されたのか?」
「手練れなのかな、あっ、こっちはいけるね」
ドミトリーはいくつ印をつけたのだろうと遠い目をした。用意周到なソフィアを敵に回したく無いと心底思った。
「お仲間がそこそこいるね。場所はどこだろう」
「港のとこじゃないか?」
「あー、これ湖ね」
ドミトリーは他人事のように捉えているソフィアに狙われた自覚を持つようになどと諭すことを諦めた。
「殿下、ご命令を!」
「ドミトリー、今すぐ彼らを捕らえてくれ」
気をつけてとソフィアはドミトリーを送り出した。そして、考え事をしているラインハルトに目を向けた。
「どうしたの?ハル」
「狙われたのはソフィアですよね」
「まぁね、誰の差し金かは捕まえてみてからだよね」
「……ドミトリーを向かわせたのは良くなかったですかね」
ラインハルトは皇太子妃が差し向けた刺客だろうとあたりをつけていた。
「さぁね、でも、ドミトリーは皇太子殿下を優先しているよ、誰よりもね。親や妹の皇太子妃殿下よりもだ。ハルはわかっていないのかな」
「……ドミトリーを信じているんですね」
「ハルを大事にしていることは信じてる。他はケースバイケースだよ」
「うん」
「ハルも信じてみたんでしょう」
「手練れのようだったので、一番強い人間を行かせないといけませんからね」
「ふふふ」
ハルは心配性だなとソフィアは思った。
「明日買い物に行こうと思ってたんだよ」
「それは、ダメですね。今日サーシャと行ったでしょう」
「ハルに何か買おうと思ってね。一緒に選ぼうと思ったんだ。サーシャは自分で買うっていうしね」
「そうですか」
ラインハルトはソフィアに無理強いをして来てもらった面が多少あったため、楽しんでいてくれてよかったと思った。
「今日はワイン買ったんだよ。イケる口?」
「今はダメです」
「それはそうだよ。帰ったら飲もう」
「そうですね」
「ニッコロ君は大丈夫かな、心配だよ」
「大丈夫ですよ」
初々しい子だったと言っているソフィアに、ラインハルトは素っ気なく答えた。彼は後輩扱いにそろそろ限界を感じていた。
「ソフィア」
「うん?」
「あなたに言われた通り聞きたいことは直接聞くことにしますね」
ラインハルトは意を決したように口を開いた。ソフィアはそんなこと言ったかなと不思議に思った。
「あなたは私を後輩としか思えませんか?」
「……え?」
「答えはあちらに帰ったら聞きます」
ラインハルトは転移魔法でこの部屋から去った。
「……言い逃げされるのは気分が良くないね」
ソフィアは自分のことを棚に上げて呟いた。