9. 変わるもの、変わらないもの
「ただいま~」
ソフィアはカンラン宮に帰ると、サーシャを探した。ラインハルトに安静にしていないことが現行犯で知られないようにしたかった。もう手遅れかもしれないが、ソフィアは何とかしたかった。
「バレてますよ」
サーシャを見つける前に、後ろからラインハルトが現れた。
「は、早い」
ソフィアは予想よりも早すぎると慄いた。
「魔法を使ってどこかに行ったとサーシャから聞きました。転移魔法はあなたの常套手段ですから。私も調べ慣れました」
「あー、うん。そっか」
学生時代から、ソフィアは転移魔法を使って、かくれんぼや鬼ごっこをしていた。ラインハルトは躍起になって探す内に、転移魔法の解析方法を覚えたのだ。
「ソフィア、大丈夫ですか?」
「うん、元気、元気。な、何かあった?」
「ラーラのことですが……」
ラインハルトは神妙な顔をした。ソフィアはラーラの人形や毒の扱い方に感銘を受けていたため、魔法省のスカウトを考えていたが、そのようなことは言えない雰囲気だ。
「どうしたの?」
「死にました」
「え?」
「カップの毒を飲んで」
「そう……」
ソフィアは出されたティーカップのことを思い出した。ラインハルトはソフィアを心配そうに見た。
「あー、私は全然平気だけど……。ハルはけっこうショックだろう?近しい人だったし、何よりハルは優しい」
ラインハルトは顔を強張らせた。
「私はあまり話したことはないが、聡くて気位が高い人と感じたよ」
「ラーラは誇り高い人です。人を呪うとは……!」
「驚いた、か……。私も彼女が死ぬとは思わなかったよ」
「はい」
生まれ持った気質で人を呪う人間は稀有であるとソフィアは考えている。
「場所が人を変え、立場が人を変える。時に驚くほど冷酷に化けるよ」
もちろん私もそうだよとソフィアは苦笑いした。ソフィアは目的のために手段を選ばない節があると自らを評価している。そのため、そのようなこと (罠に嵌められたり、陥れられたり、etc) をされるのが嫌いだった。
そして、ソフィアはラーラが皇太子妃の言葉に影響されて呪いを行ったとは言わないことを決めた。確証はなく、言っても仕方がない部分もあったが、言わない理由はそれだけではなかった。
「ハル、皇太子妃を守るんだよ」
「いつもそう言いますよね。それは、ドミトリーの妹だから?」
「それもあるけれど……。あの子も私の後輩なんだ」
「うん、相変わらずだね」
ラインハルトはいつものソフィアのセリフだと流した。
「正室は一番やっかみを受けるものだし、ストレスとかも相当あるはずだ。絶対守らないとね?」
「そうだね。ソフィアも」
「私は大丈夫だよ」
「でも」
「呪いガードも張るよ」
「わかりましたけど、もう少し落ち着いてからにしてくださいよ。あなた、今わりと限界じゃないですか?」
「え?わかる?」
ラインハルトは昔からソフィアは無茶をすると困ったような顔をした。
「正直悔しいことに傍目から見て分かりませんが、経験則ですよ」
「そっか」
運びますよとラインハルトは手を差し伸べた。ソフィアは支えられることを受け入れた。持ち上げますねとラインハルトは一旦立て膝となり、彼女を太ももに座らせ、腰辺りと太ももに手を置いて抱え、歩き出した。
「ハル、お願いがあるんだ」
「なんですか」
ラインハルトはろくなお願い事ではないと嫌な予感がした。
「あの人形、調べたいんだけれど、いいかな」
「だめです。あなたは本調子ではないんですよ。それに、あの人形で呪われた自覚を持ってください!」
「やっぱだめかー」
ラインハルトは間髪入れずに断り、別の話をしてお茶を濁すことにした。
「早く休みましょう、サーシャが心配していましたよ」
「サーシャには苦労をかけている」
「サーシャだけですか?」
「ドミトリーにも職場のみんなにも。もちろん、ハルにもね」
「そうですよ」
大人しくしていてくださいと言い聞かせて、ラインハルトはソフィアを寝室に運んだ。そして、サーシャを呼んで、ソフィアを見ているようにと言った。
ラインハルトは事後処理をするために、カンラン宮を後にした。




