1. 激怒経験者の皆様方にご相談です
皆さんは激怒したことがあるだろうか。ソフィアにはあった。彼女は魔法省に務めている。主に、魔法道具の研究、開発に携わり、時には現場に出ることもあった。年中、魔法省の職務に忙殺されているなかで、彼女は皇太子の側室も兼ねている。側室が兼業と聞こえるが、仕事に割く時間の割合を考えると妥当であった。なぜなら、ソフィアは側室となってから、ずっと仕事放棄をしていたからだ。
これには訳がある。彼女が側室となった経緯に原因があった。簡単に話すと、信頼していた学校の後輩である皇太子ラインハルトがソフィアに何も言わず、無断で、彼女の実家への根回しや友人、知人らに己の側室となる話を広めるなど、外堀を埋めたのだ。このような回りくどいやり方をされるのは、ソフィアは大嫌いだった。信じていたにも関わらず、どこか裏切られた気持ちだった。
また、ラインハルトには幼い頃から正室が約束されていた (要は婚約者) 、マリアナがいた。彼女は皇太子と同い歳で、ソフィアは学校の後輩として接していた。ソフィアは二人で仲睦まじく、幸せにおなりと近所のお姉さん目線だった。二人が18歳で学校を卒業するのと同時に式が行われ、それから、たった一週間後、皇太子はソフィアを側室にした。父は自分の娘が皇太子の側室となることに大変喜んでいた。大変腹立たしいとソフィアは感じた。父娘の仲はあまり良くないのだ。
それから、挨拶と称して、皇太子に呼びつけられた時に、ソフィアにはもうどうすることもできなかった。
「なぜ、このようなことをなされたのですか?皇太子殿下」
「ソフィア、その、いつも通りで……」
「なんのことでしょうか」
柄にもなく敬語を使って話した。学校の先輩、後輩という間柄にかこつけて、少し前までは、ソフィアはフランクな口調だった。
「こうでもしないとソフィアは私の側室になってくれないでしょう?」
殿下は眉をひそめて言った。最後に顔を合わせたのは、3年前のソフィアの卒業式だった。それから、随分と大きくなっていた。そして、見たことのない表情をするようになった、変わったなと、ソフィアは思った。
「あなたは私のことを恋愛対象とは微塵も思わず接していた。私は好きなのに、側にいてほしかったのに」
初めて聞いたと、ソフィアは眉間に皺を寄せた。
「それは知りませんでした。しかし、私は職務が忙しく、側室の仕事を全うできません。魔法省をやめる気はさらさらありませんから」
「辞められたら魔法省も困るよ。だから、うん、できる範囲でお願いしたいな」
「お心遣い感謝いたします」
ソフィアはにっこりと作り笑いを浮かべた。
それから、ソフィアはやれ仕事が、あー仕事仕事、忙しい忙しいと、パーティの参加や皇太子のお誘いを全部蹴り飛ばしていた。ソフィアは、自分に何も言わず、側室にした経緯が心底許せなかった。
のらりくらりとしていたら、あっという間に5年の月日が経った。長期間の側室サボタージュが許されていたのは、皇太子妃や他の側室に子宝が恵まれていることもあるが、何より、皇太子が許容しているからだろう。彼もさすがにいたたまれないのだ。
ソフィアはこの5年で考えた。あの強引さは許せないが、ラインハルトがかわいい後輩であることも事実だった。そして、ラインハルトとは話も合い、ソフィアのかなり身勝手な行動や仕事第一の姿勢も尊重している。ついでに、欲しい物も買ってくれる。ソフィアはこの世界で生きている人間の中では、一番好ましい人ではないかとも感じていた。だが、さすがに5年も経てば、ラインハルトも呆れているだろうし、たとえこのままであってもソフィアに不便はない。しかし、ソフィアは面倒と考えつつも、あの可愛い後輩に伝えなければとも思っている。ソフィアを蔑ろにして側室にしたことは、どうかと思うが、もうさほど怒ってはいないし、年上のアレで許すと言わなければと感じている。
そこで冒頭に戻る。皆さんは誰かに激怒したことはあるだろうか。ある程度、激怒経験者はいるのだろう。では、その後はどうしたのだろうか?怒っていないことや許したことをどうやって伝えたのだろうか。
ソフィアの大きな悩みの種だ。