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死者に一日の猶予を

作者: 雉白書屋

 昼間の街中。ふらふらと歩くその男を見て、目を見開く通行人たち。

 仰け反り、ビルの壁に背中をぶつけた主婦らしき女性。

 手を合わせ、念仏らしきものを唱えたお婆さん。

 うおっと、声を上げた会社員風の男性。

 口にハンカチを当て眉を顰める。皆、決まったような反応。

 その男は白かったワイシャツを着ていた。そう、白かった。今は赤く汚れている。

その服の下には、心の内には何が隠されているのだろう。

 男は青白い顔したまま歩いて行く。どこへ? どこへ行くにせよ

その先々で彼はヒッと漏らしたような悲鳴を浴びるのだろう。

 彼はゾンビ。違う……とは言いきれない。

 

 ある時、死者には一日の猶予が与えられるようになった。

 神の計らいか何なのか。そういうシステムになったのだからそうだとしか言えない。

天国や地獄というシステムがあるのなら、これも不思議な事ではないのかもしれない。


 無論、初めは大騒ぎになった。

ご臨終ですと医師に告げられ、家族が泣き崩れた瞬間、動き出した老人。

飛び降り自殺。その直後動き出す死体。

事故、殺人。死が絡むあらゆる事柄におきた現象。

死後硬直ならぬ、死後柔軟。与えられた余暇時間。

 一体、何のため? どう過ごせばいい?

『死ぬ気になってやってみれば何でもできるものさ』

なんて言葉があるが死んだあとは?

 思い浮かぶのは復讐の二文字。

単純な殺人、虐めによる自殺、加害者側は震えあがった……というわけでもない。

 あの男のように、死んだあとは意外と大人しい。

それはゾンビ同様、緩慢な脳では復讐など考えつかないのか

それとも、痛みや苦しみから解放されたことで悟りのようなものを開いたのか。

誰も彼もずいぶんそう、のびのびと。

 わからないことは知りたくなるものだ。

ゆえに、マスコミ各社がこぞって死体にインタビューをした。



「はい、インタビュー、えっと、あの、あ、まず形式的な

その、い、いくつか確認したいのですが、あの

せん、いや、あ、あなたは自分がその、お亡くなりになったと、ご自覚はありますか?」


「ああ……」


「では、体の痛みなどは……?」


「ない……な」


「では、あのうっぷ、失礼……お、おえええええ」


 まあ、初めはこのように中々うまくいかなかった。

別に目に見えて体が腐り始めているわけではなかったが

死体と喋るというのは精神的にくるらしい。

 気持ちはわかる、がしかし、そう怯えることはない。

それでもマスコミらがいくつかの死体と話した結果

彼らに害意はないことがわかり、人々は見守る方向へと舵を切った。

 自分もいずれ死ぬ。で、あるならば優しくしよう。

そういう魂胆というよりかは臭いものには蓋。

見て見ぬふり。生前も死後も扱いはそう変わらないのかもしれない。

 

 尤も、話しかけるのにも勇気がいるだろう。

ある会社員は朝、自宅で自分が死んだことに気づかないまま出社し

そのまま仕事に励み、そしてまた家に帰った。

 その顔には明らかな死相が浮かび上がっていたが

お前は死んでいると告げた瞬間、ショックの余り、狂い

道連れにしようなんて考える可能性もないとは言い切れない。

 害意が感じられないとはいえ、全員がそうだと限らないことは

生きている人間を見ればわかることだ。

 

 毎日、人は死ぬ。数が数だ。実際に復讐に至るケースもあるにはあった。

いじめっ子相手に脳をこぼしながら近づき

その頭を胸に押し付けたいじめられっ子はどんな気分だったのだろう。

死者に与えられた時間の使い方は人それぞれだ。

 

 こんな話がある。



「ぱぱ、こんどのよーちえんのうんどーかい、ぜったいきてね!」


「ふふ、そんなに心配しなくてももう休みは取ったから絶対行くよ」



 ……と、これは結末が見えている話だ。でも割愛した上で、少しだけ聞いてもらおう。

 運動会当日の幼稚園は阿鼻叫喚。園児たちが泣き叫ぶ中

その子供だけはまるで父親を守るように両腕を広げた。

 幼いながらも父親がどうなったかを理解し

涙を呑む子供のその姿に心打たれ、運動会は開催された。

 父親の声援はあの子にきっと届いた。下顎を失っていても。


 またこんな話もある。



「お父さん。明日のお弁当は私が作るよ。だってお母さんは……」


「ああ……そうだな。頼むよ」


 普段、口数が少ない父親はさらに無口だった。

 その日、外で食べたお弁当は塩味が濃かった。

 涙を流していたからだけではない。

 娘の不器用な手つき。

 車に轢かれ、両腕が骨折し、頭が抉れていても優しい顔で

弁当を作る娘の姿を陰からずっと見ていたからだ。

 急遽決まった家族でのピクニック。娘に見守られながら

泣き叫び疲れ、半ば放心状態のその妻の口元に

卵焼きを一つ運んでやると妻もまた優しく微笑んだ。

 この先もきっと大丈夫。そう娘に思ってもらいたくて父親も微笑んだ。


 他にもいくつかある。考えてみると約束が絡む話ばかりだ。

友達との約束。家族との約束。恋人との約束。仲間との約束。

ああしたい、こうしたい。無念というのは人に関係することばかりかもしれない。

それを果たせるかもしれないようになったのだから今の世の中も

案外、悪くはないのかもしれない。

 そう、悪くないことと言えばこんな話もある。

『もう一度、みんなと元気にサッカーをしたいな』という病気の少年。

たった一日、でも最高の一日。体の痛みも不自由さもない。

 階段から落ちて死んでもなお、息子のことを心配する母親の膝で泣きながら

もう一度頑張ってみると誓った引きこもりの男。母親はどこまでも子に優しいんだ。



 ……俺か? 俺は家族や友人に感謝を伝えに行きたいな。

まあ、年老いて死んでからの話だけどな。できれば老衰がいい。

 そう思っていたよ。人の一生も一日も案外短いものだ。



「な、なるほど、ではお話を聞かせてくださり

ありがとうございました……うっぷ、せ、せんぱい、うう」


「ああ、お前もよく頑張ったな……いや、まあ盛大に吐いてたがな。

しかし、まさか死者かと思ったら通り魔だったとはなぁ。ドジッたよ。ほんと。

でもまあ、俺が伝えたいことは伝えられたからよかった。

お前が俺の仕事を引き継いでくれ。いい記事にしてくれよ?

俺の取材に応じてくれた、いい人たちなんだからな」

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