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9 海難事故と王子

 お城の近くでプリスカジョーとは別れたものの、名残を惜しむプリスカジョーのせいで随分待たされた。プリスカジョーは王城の近くにも家があるらしい。夜は一緒じゃなくてよかった。

 やっとのことで王城に着くと、王子の客と言うことでそれなりの待遇を受け、豪華な一室をあてがわれた。だだっ広い部屋で一人でいても何となく落ち着かない。


 王様に会う日は動きにくい妙な服を着せられた。体をぎゅうぎゅうに縛り、干物でも作ろうかというような下着。そのまま水に入ったら絶対溺れて死ぬしかない、プリスカジョーが好きそうな服。これでないと王様に会えないらしいけど、王様に会いたいと言った覚えはない。

 ただでさえ、真っ直ぐ歩く練習中なのに、踵だけが高くなった合理性のない靴を履けと言われ、逃げ出そうとしたものの足が絡んですっころんで、せっかくきれいにしてもらった髪がぐちゃっと潰れた。お城の侍女の人にぎろりと睨まれた。深海魚より恐い目だった。

 それでも何とか靴だけは少し楽なものに変えてもらえた。私が足が弱いとわかってもらえたようで助かった。このまま無理強いされたら、全員海の藻屑にしてやるところだった。


 王子に腕を借り、よたよた歩きながら連れて行かれた先には王様がいて、側近の人達が一列に並んでいた。王子の側近も隣に並ぶ。既に部屋にはプリスカジョーと少し年配の男の人がいて、よろよろとしか歩けない私を鼻で笑っていた。王子の隣にいる私が不格好で、着ている服が似合ってないのも笑いを誘ったかも知れない。

 何故か私はプリスカジョーの隣に立たされ、王子が挨拶する。

「陛下、このたびの海難事故で世話になりました、プリスカ・ノルデン子爵令嬢と、マリーナ嬢です」

 ジョー? 私もジョーなの?

「陛下、ノルデンです。ご尊顔を拝見し、光栄です」

 先に話したのは、プリスカジョーの隣にいた男の人。この人は、プリスカジョーのお父さんかな?

「プリスカです。お会いできましたことを大変光栄に存じます」

 二人はさらりと挨拶し、深々と礼をする。堂々と胸を張って立つ姿は、実に様になっている。

 視線から、次は私? いやいや、私には挨拶なんてそんなもの…。そもそも何故私がここに呼ばれたのかわからないのに。

 …まさか、王子を殺そうとしているのがばれて、これから干物にするつもりじゃ…

 邪推をしていると、王子が、

「マリーナ嬢はうまく言葉を話すことができません。どうか、挨拶はご容赦ください」

と言うと、王様は

「よい」

で終わってくれた。ちょっとほっとした。

 一応ぺこりとおじぎはしておく。

「今回のブラド号の事件に関しご報告します。嵐を避け、沖合で停泊中だったブラド号が高波に飲まれて浸水、船は沈没し、積み荷も全て失いました。乗組員は海に投げ出されましたが、二名を除き海岸までたどり着くことができました。たまたま私も同船に乗船しておりましたが、岸に漂着したところをノルデン子爵令嬢が通りすがり、屋敷に迎えていただきました」

「おお、それは大義であった」

 王様の言葉に、プリスカジョーが口許を緩ませ、鼻高々にしている。

「そんな…。臣下として、当然のことをしたまでですわ」

 プリスカジョーの父もほくほく顔だ。まあ、王様から直々にお礼を言われるなんて名誉だよね。

「また、こちらのマリーナ嬢には、船と共に海に沈んだ王家の指環を届けていただきました」

「ほう…それはそれは」

 王様、自分の息子を助けた話より指環の方が反応がいいように見える。そんなすごい指環だったんだろうか。

「双方、我が息子ヴェッセルのためによくぞ尽くしてくれた。礼を言う」

 いや、尽くすも何も、指環を拾って届けたごとき…。

 まあ、お礼を言われたし、これで終わりかな? 期待の目で王子を見るけど、

「陛下。実は少々気になることがあります。この場を借りてよろしいでしょうか」

「なんだ?」

 何か王子の話が長くなりそう…。私だけでも帰らせてもらえないかなぁ…。

「実は、今回の沈没ですが、人為的に引き起こされた疑いがあります」

 王様も、側近も、プリスカジョーも、その父も、一斉に王子を見た。

「…どういうことだ。話してみよ」

 一度軽く頭を下げると、王子は

「嵐の中、当初船はきちんと制御できていました。沈んだ船を調べたところ、浸水したのは高波のせいではなく、船体に穴があいていたからでした。あの海域には岩場もなく、どうして船体に穴があいたのか疑問だったのですが。…どうも、船の内側からの衝撃で穴があいたようです」

 まあ、そのことはこの前私が話したままだ。

「積み荷の依頼元を調べたところ、出港直前に樽を五つ、飛び入りで引き受けていました。中身はワインとなっていましたが…。ノルデン子爵、間違いないかな?」

 突然話しかけられたプリスカジョーの父が、少し目を左右に動かしたけれど、すぐに冷静さを取り戻した。

「あ、ああ、当家が持ち込んだ荷物ですね。はい、ワインでした。残念ながら、船と共に沈んでしまいましたが…。ワインなどは何とでもなる物です。殿下がご無事で良かった」

 一見親愛を込めた笑顔を見せるも、とってもうさんくさく見える。それは王子も一緒だ。

「いなくなった船乗りの二人は沈没の犠牲になったと思われていたんだが、樽を船内に運び込んだ後から姿を見た者がいないんだ。調べたら、三つ先の港街にいることがわかってね。事情を聞かせてもらったよ」

 王子が合図をすると、その二人と思われる男が後ろ手でくくられた姿で無理矢理連れてこられた。

「樽の中の物は、ワインのような液体ではなかったようだよ」

「も、申し訳ありませんっ」

 二人はプリスカジョーの父に謝っているように見えたけど、父は二人を睨み付けた。

「知らんな、こんな連中は。…もしや、私の積み荷とすり替えて、よからぬ物を積み込んだのか」

「よからぬ物…。例えば、壁に穴をあけるのに充分な火薬とか?」

 続けて出てきたのは、樽が一つ。持ち主を示す焼き印が押され、それを見たプリスカジョーの父が目を見開いた。

「他の樽は潰れて見当たらなかったが、一つだけ、このまま沈んでいた。どうやら不発だったようだな」

 拾ってきたのか、海底から。

「お、お父様…」

 プリスカジョーが、父の腕を掴んで震えてる。

「こいつらがすり替えた物が何かなど、私が知ってる訳がない。私を嵌めようとしたな! 誰に頼まれたっ! 言えっ!」

 怒りの矛先をお縄になっている二人に向けるけど、

「頼んだのはあなた自身でしょう? ノルデン子爵」

 そう言って王子は、ノルデン子爵に紙を渡した。それを読んで、ノルデン子爵はわなわなと手を震わせ、その場にしゃがみ込んだ。


  いつもご苦労様です。

  夫より言付かった特別手当三百ゴールドと、ルナータの港までの乗船券です。

  ルナータに着いたら、カシムさんをお訪ねなさい。

  この手紙を見せれば、次の仕事を世話してくれるでしょう。

  体に気をつけて、この街に来た時には、また声をかけてくださいね。


 それは、ノルデン子爵の妻が賃金に添えて渡した手紙だった。夫の名前と代理の文字、日付が入っていて、あの船が沈む前日に渡されたものだとわかる、らしい。

「プリスカ嬢が海岸に現れたのは、雷はやんでいたものの、まだ雨が残る時間だった。館から離れたあの海岸まで散歩に来るには不自然で、…船がちゃんと沈んだか、確認していたのではないかと思えてね」

 しゃがみ込む父を前に、プリスカジョーは父の背中を見つめたまま、手をぎゅっと握りしめていた。

「乗っているはずのなかった私を見つけ、欲が出たのかな。人助けをするなら、救いの手はあの時岸にいた全員に向けられるべきだった。あんな状況で相手の身分を見るようなあなたを信用するのは難しくてね…」

 王様が手を横に振ると、プリスカジョーと父は衛兵に捕らえられ、この部屋から連れ出された。続いて、既に捕らえられていた二人と、海から引き上げたにしてはまあまあきれいに見えた樽も退場した。


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