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3 人魚だって溺れる

 陸地確認。

 この前、あの変態を送り届けたところだ。

 作戦開始。

 薬をぐび、ぐび、ぐび、ぐび、…

 !

「いったああああっ、いたいたいたいたいた!」

 尾びれを生きたまま裂かれる猛烈な痛さ、骨が割れる、引きちぎられる、こんなの尋常じゃないって!

 ぶっ、痛みに気を取られてたら、ひれがなくなった。

 ごぶごぶごぶごぶ…

 い、息ができない! 海水から酸素が取れない! ぐ、ぐるぢい…

 ジタバタしながら必死に海岸を目指すも、人魚の時と人間の時では泳ぎ方が違うらしく、全然前に進まない。

 もう、駄目だ…。このまま海の藻屑になるのか…


「しっかりしろ!」

 誰かが近くに来てくれた。た、助けて…

 ぐえっ!

 しがみつこうとした手を振り払われ、後ろから首に腕を回されて、まるで荷物を引きずるかのように運ばれていく。

 足が届くようになったらしく、泳ぐのをやめたその人は、もうしばらく首に腕をかけたまま前進し、胸の高さより水が低くなると、私を横抱きにして岸まで上がった。

 そして速やかに岸に私を寝かせると、胸の上に耳を当て、

「おい、しっかりしろ!」

と耳元で叫びながら、顔を何度かびちびちと叩き、口から息を吹き込んできた。

 完全肺呼吸にまだ体が慣れず、肺に入っていたかも知れない水が口からびゅっと出ると、激しい咳と一緒にようやく空気を取り込むことができた。

 吐いた水が助けてくれた人の顔にぶっかかった。それを気にも留めず、

「気がついたか…。よかった」

 そう言って安堵の笑みを見せたその男…

 これから殺す予定の、変態男だった。


 やばいよ。恩着せられちゃったよ。

 布に包まれて、抱っこされてるよ。

 しかも、浜辺にはパラソル持ったご令嬢が待ってるよ。私、睨まれてるよ。遭難者なのに。

「プリスカ嬢、すまないが今日はこれで…」

「当然ですわ。その方が早くお元気になられますように」

 笑顔は忘れず、敵意も忘れず、ブリスカジョーとやらは馬につないだ箱、馬車とかいうのに乗って去って行った。

 変態男に抱えられていたぐるぐる巻きの私も別の馬車に乗せられて、向かった先はなんともでっかいお屋敷だった。

 そう言えばあの事故の時、この男が一番いい服を着てたな。そのせいで溺死しそうになってたんだから笑えるけど。それよりもっと簡単な服しか着ていない私も溺死しそうになったんだし、人のこと笑っちゃいけない。


 お屋敷の中で、侍女とか言う人に引き渡された。ぬるい淡水につけられたのがちょっと気持ち悪いけど、新しい服を出してもらって着替えると、ベッドで横になるよう言われた。

 めがねをかけたじっさまが入ってきて、言われたとおり「べー」、とか「あー」とかやると、

「まあ、問題ないでしょう。しばらく安静になさることです」

と言った。何だかわからないけど、お礼を言うべきと思って、口を開けると、

(ありがとうございます)

「アリガ、ゴザマス」 

 変な声がした。

 ああ、二割引のペンダントだ。ちゃんと言葉になってるか不安だけど。

 じっさまは笑顔を見せこくりと会釈をして出て行った。多分、通じてる。買っておいて良かった。


 続いて、私を助けてくれた変態男が入ってきた。

「大丈夫か、…よかった。元気そうだな」

 いい笑顔だ。顔はいいんだよな。

「体調が戻るまで、ゆっくりしてくれ。…実は僕も数日前に遭難したばかりでね。溺れる苦しさはわかってる」

 ええ、そうでしょうとも。その辺の事情は重々承知。

「家の者が心配してるだろう。どこから来た? 名前は?」

 あ、まずい。どこからってことにしたらいいんだろう。

 困った時の記憶喪失? ココハドコ ワタシハダレ って訳にもいかず、

 (う、海からきました)

「ウミ キタ」

 (名前は、マリーナです。あなたは誰ですか)

「ナマエ マリーナ オマエ ナニ」

 変態男も、男についてきた人も、着替えしてくれた侍女の人も、なんとも言えない顔をした。こらえきれない笑いがあちこちから漏れている。

「外国から来たのか…」

 外国と言えば外国、よその国ではあるけど。

 …もしかして、このペンダント、あまりちゃんと話せてない…?

「僕はヴェッセル・ファン・ヴェルクホーフェンだ」

「この国の第三王子ですよ」

 傍にいた男の人が説明を添えると、少ししかめた顔をした。自分の身分を話すつもりはなかったのかも知れない。

 しかし、王子か。うーん、まずい。普通の人を殺してもまずいのに、王子を殺すとなると、殺した後の私の生存率が下がるな。

 しかしこんな変態が王子で、この国は大丈夫なんだろうか。

 ヴェッセル王子が手を上げて合図すると、別の男の人がそばに来て、私の持っていたものをトレイの上に乗せて差し出してきた。

 ポーチに入れて持ってきた所持品。王家の紋の入った指環も取り出されている。王子殺害用ナイフも、真珠のお金も、あ、あの、私の、…ブラも。

 さらけ出さないでほしい…。

「この指環のことを聞かせてもらえるかな」

 悪手だ…。物事とは、思ったようには進まないらしい。

 王様に指環を渡して、コネをつけて、この男に会わせてもらうつもりが、いきなりこの男と出くわし、所持品検査で王家縁の指環を持ってるって、怪しまれても仕方ない。

 うーん、どうしよう。

 まあいい。王子なら指環を返していいだろう。助けてもらった礼も兼ねて。

 (指環は海で拾いました)

「ユビワ ウミ ヒロタ」

 (王家の紋章が入っているので、王様に近い人に届けようと思ってました)

「オウサマジルシ コンニチハ ヤル チカクノ オウサマ」

 (お返ししますので、王様に届けてもらえますか)

「ヤル オオサマ モッテケ」

 …周りの反応がおかしい。絶対変なことになってそうな気がする。

 ペンダントを取り出して、軽く振ってみる。大丈夫か、これ

「ダイジョウブカ コレ」

 言葉にする気もなかった自分のぼやきまで声になった。

 興味を持った王子が私の手からペンダントをつまみ上げ、その先にある石をじーっと見ると、

「ふうん?」

とだけ言って、手を離した。没収はされなかった。

「指環は預かっていいんだね?」

 王子に言われ、こくこくと頷いた。

「僕が遭難した時に船に残してしまった物だ…。縁があって戻ってきたんだろう。よかった」

 盗難疑惑は意外とあっさりと晴れた。よかった。

 そんなに大事な物だったなら、箱の中の物、全部持ってきてあげたらよかったね。

 …って、違う! 私はこの男を殺しに来たんだ!

「行く宛がないなら、しばらくここにいるといい。国に戻るなら、その手配をしよう」

 そして、なんとナイフを含め、私の持ち物は全てそのまま返してもらえた。

 さらしものになっていた私のブラも早々に隠した。人間にとってはただの貝殻だろうが、私には大事な物。

 あの時、こいつにこれを取られさえしなければ、こんな所に来ることはなかったものを…。


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