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2 人魚は殺る気に満ちている

 家に帰ると、当然父王に怒られた。

「なんたる破廉恥! 胸当てを剥ぎ取れるとは!」

 顔を赤くして起こるその様は、金目鯛かたこか。血圧が上がるぞ、と自分のことで怒られていながら気にもとめずにいたら、いきなり父にとんでもないことを言われた。

「胸当てを取った男とは結婚せねばならん決まりだ」

 …なんですと?

「引きちぎられたけど、すぐに殴ったからその下は見られてないってば。古い風習だか何だか知らないけど、今時ブラ取られたくらいで結婚だなんて…」

 あり得ない、と鼻で笑って軽くいなすつもりだった。

 しかし、父にとっては、ブラの下を見てる・見てないじゃなくて、ブラを取る行為自体が問題だという。何を言おうが全く通じず、結果、

「その男と結婚するか、男を殺して結婚自体を無効とするか、好きな方を選ぶがいい」

という、不条理な命令が下った。

 まじか…。我が父ながら、そんな古い風習に則って、今更人間と関われと言ってくるとは思わなかった。


 かつて、第六お姉様が人間に惚れ、相互不可侵を破って命を助け、人間に化けてまでけなげに尽くしたのに、男に捨てられて泡になって消える羽目になったのが、百五十年近く前の話と聞いている。父にとっては結婚してすぐの頃のかわいい娘の不幸な事件で、未だ人間嫌いで通っている。人間とは関わるな、いつもならそう言うのに。

 でも実際にはその後も人と駆け落ちした人魚は何人かいて、出戻り人魚もいれば、地上で暮らし、そこそこ幸せに暮らしている人(元人魚)もいる。まあ、そのどれも結婚前にブラを取られた人はいないだろう。取られたところで、ばれなきゃわかんないけど。…壊されてなかったらなあ…。


 あー、不埒者の所に嫁に行くか、不埒者を殺すか…。二択かぁ。

 どっちにしろ、父の言うとおりにするにはこの人魚の姿じゃ無理だ。魔女のばばぁ…、魔女様に尾びれが足になる薬をもらって、人間にならなくちゃ。



 次の日、魔女様のところに行った。

「魔女様ー。人間の足になる薬ちょうだい」

 魔女様のところに人の足になる薬をもらいに行くのは、大抵が人間に恋する乙女。まさか私みたいのがこの薬を必要とする日が来るなんて、魔女様も思ってもみなかったようで、

「あんた、本当に人間になるのかい? よもや人間を襲いに行く訳じゃないだろうね」

と、ずいぶん失礼な物言い。それが当たってるだけに余計腹立つ。

「父に言ってよー。たかがブラを取られただけで、人間と結婚するか殺して来いって、そんな二択、あり得ないでしょ?」

「ブラ…。胸当ては人魚族の婚姻の儀式の要だからねえ…」

 ここにも旧世代がいた。そりゃそうだ。魔女様と父は大して世代が変わらない。

「人のブラの貝を見て、ゴミって言ったんだよ? もう信じられない。あんなきれいな形の貝を探すの、すんごく大変だったのに」

 口をとんがらせて文句を言うと、

「人間にとって、貝は食っちまえば後はゴミだわさ」

と、魔女様もくっくっくっと笑っていた。

「ちょっと鍋をかき混ぜといておくれ」

 言われるまま杓子でぐるぐると鍋を混ぜていると、奥に行った魔女様が深い青色の瓶を出してきた。


 伝説の第六お姉様のいた頃から生きている深海の魔女様が作る薬は、百年経とうが二百年経とうが、大した進化はしていない。人に化け、尾びれを足にするための薬はゲロマズで、痛みもひどく、同時にえら呼吸を止めるための副作用で声が出せなくなるところは改良に至っていないらしい。

「賞味期限が切れかけてるから、半額にしとくよ」

「お金取るの?」

「当たり前だよ。こっちも商売なんだから」

 物語の中では、魔法使いが授けた薬、だったのに。魔法使いから賞味期限が近く半額で買った薬、なんてロマンも何もありゃしない。でも、安くしてもらえるんだからいいか。

 お代に真珠を二粒払って、瓶を手にした。


「いいかい、これを飲むと尾びれに激痛が走り、えら呼吸できなくなるからね。溺れる可能性が高くなるから、必ず陸に近いところ、尾びれが砂に届くところで飲むんだよ」

「はーい」

「元の足に戻るには、人間の血から作った別の薬が必要になる。とりあえず小瓶一本分ほどあればいいから、人の血が手に入ったら持っておいで。すぐに元に戻る薬を作ってやるよ。調薬は今回の薬代に含まれてるから、遠慮しなくていいからね」

 お、それはなかなか良心的。

 血と言えば、伝説では…

「必要なのは『愛する者の血』?」

「…おまえ、胸当てを取った男を愛してるのかい?」

「まさか!」

 即、首を横に振る。

「まあ、曰くのある血の方が効果は高いけどねえ。この薬なら人間のなら誰のでもいいよ」

 よかったー。

 そもそも、愛する者から血を採るって、修羅場しかないよね。

 その点、今回は「殺す」のが目的だから、血は取り放題。助けた人魚のブラを剥ぎ取るような不埒者と結婚するなんてあり得ない。


「あと、声が出せなくなるから、代わりのコミュニケーション手段は必要だよ。今ならこの学習機能付き自動おしゃべりペンダント・ピアスのセットが20%オフ」

「買った! ペンダントだけでいいからもうちょっとまけて」

「別売りはしてないよ」

「じゃ、セットで」

 なかなか気の利くアイテム作ってるじゃない。ばら売りだったらもっと良かったけど。早速耳と首にぶら下げた。

 真珠四粒。結構な出費になったけど、まあいいか。


 しかし、魔女様ももうちょっと工夫して、せめて声の副作用はなくすくらいできないもんかなあ。相手を惚れさせるにも、説得するにも、コミュニケーションも取れないなんて無茶振りもいいとこ。第六お姉様もそんな条件を了承して薬を飲んだなんて、恋は盲目というか、何というか…。

 小さい頃から聞かされてきた悲恋の物語ながら、私にはもうちょっと何とかできたんじゃないの、って思えてならない。

 話し合いは大事だ。…ってこれから問答無用で殺しに行く人魚が言うことじゃないか。


「…何か、心配だねえ。今まで薬を出した中で一番心配だよ」

「大丈夫! ちゃんと変態男を殺してくるから、帰ったら元に戻る薬、よろしくね」

 魔女様は心配そうな顔をしたまま、店の外まで見送ってくれた。



 次の日、わざわざ沈没した船の所まで行って、中に残っている物を探した。そして見つけたのが、木箱。その中にあったマークのついた指環。これがすぐそこの人間の国の王家の紋章なのは知ってる。…これは使えるな。


 あの変態男に近づく作戦はこうだ。

 指環を拾いました、と言って王様に恩を売り、あの変態男の居所を掴む。

 そして、ナイフでぶすっと一突き。

 血を頂戴して、さっさと戻ってくる。

 所要時間、推定2日程度。

 楽勝、楽勝!


 人間がよく着てる服も船の中でゲットしたし、…でも人魚の世界のブラと、人間の世界のは違うらしいのよね…。あれをしないでいるの、ちょっと、かなり、すんごく恥ずかしいんだけど。

 いや、見られるのは大丈夫で、取られるのが問題だ、と父が言っていた。

 なら自分で先に取っておけば、新たな問題は発生しない。…と思うことにしよう。

 でもなー。なんかなー。

 迷った挙げ句、わかめみたいに長い布をとりあえず胸元に巻き付けてごまかし、その上から人の服を着ることにした。

 肩から提げられるポーチに、指環にナイフ、薬の瓶、真珠にブラも入れておく。

 馴染みのイルカたちが岸の近くまで一緒に行ってくれた。イルカたちも心配してる。

「大丈夫、大丈夫。ざっくり殺して、すぐに帰ってくるからね」

 素敵なバブルの輪でお見送りしてくれた。また会おう。すぐにね。


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