1 人魚姫は王子を救ったが…
「人魚姫」の話です。
ベースになる第六姫の物語は、アンデルセン風でありながら、ちょっと違う設定。
海の王国には海の神と言われる王がいて、それが私の父だ。
私は第百八十四王女のマリーナ。いわゆる、人魚。
海の生き物は、成魚になれる数自体が多くない。だから人魚として王の娘に産まれても、無事大人になれるまで王女として認められず、雑魚として海の王国から出ることは許されなかった。
今年ようやく大人と認められ、王女になった事で念願の王国の外の海で泳ぐ許可が出た。毎日楽しくあっちの岩場、こっちの岩棚へと泳ぎまくり、時々人間を見かけることもあったけど、父の言う「相互不可侵」を守り、関わりをもたないようにしていた。
波の激しい嵐の日は、絶好の波乗り日和。
友達を誘って海中渦巻きに捲かれ、スリルを楽しんでいたら、海面に木の破片がたくさん浮かんでいるのに気がついた。
ゴミを散らかすなんて、危ないったらありゃしない。うろこに傷がついたらどうすんのよ。また人間の仕業ね。
「ちょっと見てくる。ガツンと脅してこようかな」
一緒にいた友達の人魚は、
「やめときなよ、人間に関わるなんて、王様に怒られるよ」
と言ったけど、父が恐くて海で暮らせますかってんだ。
「すぐ戻るから、先に帰ってて」
と、事なかれ主義のみんなから離れ、一人海面に向かった。
海面の波は思いのほか高く、大粒の雨が降り、雷も落ちている。
荒波にコントロールを失ったのか、半分沈みかけた船の甲板で逃げ惑う人間達が見えた。残念だけど、あの船はもう持たないわ…。この先、もう少しで港があるのに。
岸まで五百メートルくらい? 結構近いとは言え、この波じゃあ、なかなか泳ぎ着けないかもね。
浮かんでたのは船の木片か…。今回は意図的にゴミを散らかしたんじゃないから、許して助けてあげるか。
イルカたちにも協力してもらって、船から海へと飛び込む人間を岸に近いところまで連れて行った。泳ぎ着けるかどうかは人間次第。あくまで人間と海の王国は不可侵なんだから。
何往復かして帰ろうとした時、沈んでいく船の近くでもう一人、波間に溺れている人を見つけた。
やけに泳ぐのが下手な人だと思ったら、脱げかけた上着が変に絡みついて、手を動けなくしていた。意識もなくしてる。こりゃだめだ。他の連中と同じ所まで送っても死ぬな。
飾りのついた上着を脱がせ、それでもまだ重い人間の襟を掴んで、大サービスで岸まで運んだ。
「岸に着いたよ。ほら、目を覚まして」
頬を叩いても意識がない。えらもないくせに、水の世界に近寄るから…。
ボディアタック!
背中を尾ひれでぶったたくと、海水を吐き出しゲホゲホと咳をした。
肺呼吸しかできない哀れな奴…。私らみたいに肺えらハイブリッドな進化形にたどり着くことはないんだろうな。
ゆっくりと起きあがった人間は、濡れた前髪をたくし上げながらぼんやりとこっちを見た。
あらやだ。見た目は結構かっこいい。
「君は…」
ゆっくりと伸びてきた手。
「…君、ゴミがついてる」
ゴミ?
そのまま近づいた手が、私の胸元の貝に触れ、ぐいっと引っ張った。
「何すんのよ、この変態っ!」
尾びれでぶん殴ったら、イケメンな変態は私のブラを掴んだまま三メートルほど先にぶっ飛び、再び気を失った。
いきなり人のブラを掴み取るなんて、何この変態。助けてあげたのに、恩を仇で返しやがって。
取り返しに行ったけど、結構強い力で掴んでいて離してくれない。無理矢理引っ張ったら、左右の貝のつなぎ目がちぎれ、身につけられない状態になっちゃった。
ああ、人間なんか助けるんじゃなかった。こいつめ、こいつめ。
頭を数回殴ったところで人の気配を感じ、ぴょこぴょこ飛び跳ねながら波間まで移動し、海中へジャンプ。
途中まで送った人間達がようやく岸にたどり着き、疲れ切った様子で浜辺に横たわり、息を荒げている。泳ぎ切った満足感。助かった安堵。人間共は、助けてもらったことになんて気付かないだろう。それでいい。もう海に近寄ってくるんじゃないわよ。ばーか。
プリプリ怒りながら、海の王国に戻った。