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世界史嫌いのchronicle(クロニクル)  作者: 八島唯
第2章 ミッドウェー海戦
9/21

史実のように

(すごいことになってきたな……)

 ちょこんと体育座りをして、寝間着のまま、事の成り行きを見守る奈穂。

 頭上では身振り手振りを交えながら、コンソールを操作し、次の一手を出し合いしのぎ合う二人の姿があった。

「回避!回避!たかが、基地航空隊の攻撃機などにヤラセはせんよ!」

 そう言いながら、方向を指示する墨子。指示する先には——あまりにも大きな艦船——まるでタンカーのようなそれは『赤城』という空母であることを、奈穂は情報携帯端末で知る。

『空母『赤城』 もともとは、巡洋戦艦として建造されたが、航空母艦に改造。支那事変にも参加。特に、太平洋戦争の初戦、真珠湾攻撃では機動部隊の旗艦として活躍』

 そこまで見て奈穂は息を呑む。

『……ミッドウェー海戦で、アメリカ急降下爆撃機の攻撃を受け大破の後、自沈』

 目の前で爆撃、雷撃を巧みな回避運動で、かわしていく『赤城』。何度もその状況と情報携帯端末を見比べる奈穂。

「そうだね。この程度の攻撃でやられるほど弱くはないよね。史実だってここは持ちこたえているし」

 にやっと笑みを浮かべ、知恵は眼下の奈穂を見やる。情報携帯端末を手に、きょろきょろあたりをうかがっている奈穂を。

「史実と違うのは……こちらは、一切攻撃部隊の『爆装転換』をしていない。二次攻撃隊はいつでも、出撃可能だ。目標は当然……そちらの、三空母になるがな!」

 知恵を指差しながら、そう言い放つ墨子。しかし、知恵はゆるぎもしない。

「この学園を志すものなら、当然の決断だろうね。まあ、日本の敗因はそれだけではないと思いますが」

 水面に描かれる、何本もの筋。先ほど、アメリカの攻撃隊によって投下された、魚雷の軌跡である。日本の艦船、特に『赤城』を目指して、その線は伸びていく。回避運動を続ける、日本艦隊。まるで自分の手足のように、墨子は艦隊運動を指揮していた。

「……決して、手は緩めないよ。そっちが、攻撃隊を発艦できなければ、同じことだからね。ハンデをつけてあげようか?秘密の情報だけど、今さっき、我が空母艦隊から一〇〇機以上の攻撃隊を発進させた。さあどう出る?孫さん?」

「……見えた!」

 右手を右耳に添える墨子。

「四号機より報告あり!空母見ゆとの報あり!」

 両拳を突き上げる墨子。力を貯めるように、そしてそれを放出するように。

「戦艦『榛名』、『霧島』を前方に展開。直掩の『零戦』は以後、全力で制空権の獲得を、目指す!警戒の駆逐艦隊も、これを海上より援護。ここで沈んでも、犬死ではないぞ!……『其の疾きこと風の如く、侵掠すること火の如し』……!」

 空中に、いくつもの火球が現れる。全力で、円運動を行う戦艦。そして、花火のごとく対空砲火を行う駆逐艦隊。時間にしてはわずかだったが、あまりにも激しい応酬。戦艦『榛名』の甲板が火を吹く。駆逐艦のいくつかも。

 火薬の煙が、ゆっくりと晴れる。もうその空には、敵の機体は一つも見えなかった。

 そして、日本の空母四隻は全くの——無傷であった!

 すべて同じ方向にかじを切り全力で、攻撃機を送り出すための速度を出し、その牙をむき出しにしている。甲板には、魚雷を満載した攻撃隊がずらりと並ぶ。

「肉を切らして……骨を断つ!第二次攻撃隊全機出撃!目標は、敵空母『エンタープライズ』『レキシントン』!」

 ビクッと反応する知恵。

 晴れ渡る空に、日の丸の翼が翻る。

 歴史は少女たちの手により、大きくその姿を変えようとしていた——


 奈穂はじっと、情報携帯端末に表示されている時刻に見入っていた。そこには、現在の時刻と目の前で展開している戦いのリアルタイムの時刻——一つは日本時間であり、もう一つはアメリカ太平洋時間が並行して刻まれていた。

 すっかりと日は昇り、もう早朝とも言えない時間——先程の剣幕から、すぐにでも航空機同士の戦いが始まるのかと思っていた奈穂は、ちょっと拍子抜けするのを感じた。しかし、眼上に浮遊し対峙し合う二人の少女——墨子と知恵の緊張感は、ただごとではなかった。お互いに固まったように、不動の体制でなにかに備えているようだった。

 その状態が、三十分も続いたであろうか。遠くからの小さな点が、どんどん墨子の機動艦隊に近づいていく。息を呑む奈穂。アメリカ時間十時十五分。史実であればその時まであと数分のことである。

急降下爆撃機『ドーントレス』が『加賀』に爆弾を投下し、その瞬間にこの海戦の趨勢が一瞬にして決した、その時。

「でも。違うんだな。今回は」

 知恵が奈穂の気持ちを読んでいたように、そう言い放つ。近づく点を指さす知恵。点は無数の点となり、また面となる。

「史実では雷撃隊、艦爆隊の波状攻撃だったけどね。今回は——雷爆一体の、一斉攻撃を実施するよ。百機近くの大編隊だ。僅かな直掩機と、貧相な対空兵装でどのくらい耐えられるかな?史実以上のワンサイドゲーム……四隻一斉に沈めてしまうよ!」

 奈穂はまた、情報携帯端末で検索する。史実の攻撃では、艦爆で時間差をつけての攻撃だったことを知る。当然、それは墨子も承知のことだろう。

 目を閉じる墨子。観念したのであろうか。しかし、その刹那目を見開き、狂ったようにコンソールを操作する。

 バラける四空母。その空母に寄り添うように、支援部隊の重巡、戦艦そしていつの間にかけつけていた警戒隊の駆逐艦が、空母ごとに密集した輪形陣を形成する。

「第二形態。『墨守』の陣。雷撃はすべて戦艦・巡洋艦・駆逐艦が引き受ける。空母は一隻たりとも沈まさせねーよ‼」

 四つに艦隊が分裂したことで、アメリカ航空攻撃隊も分散を余儀なくされる。その間隙をぬって精鋭の『零戦』直掩部隊が、戦闘力に劣るアメリカ軍の雷撃隊、艦爆隊を撃破していく。

無論、日本艦隊も無傷というわけにはいかない。数隻の駆逐艦が撃破され、煙を上げる。戦艦も何弾か被弾し、戦艦『榛名』は中破の状態に追い込まれた。

しかし——空母は全くの無傷である。このまま行けば、歴史が変わるかもしれない。

「……」

 その状況を、無言で眺める知恵。時間の経過とともに、アメリカ航空隊の現有戦力はどんどんすり減っていった。

しかし奈穂は気づく。天頂から、悪魔が舞い降りることを。

「上!」

 思わず口に出す奈穂。墨子が上を見上げる。

「遅い」

 一言、言い放つ知恵。薄気味悪い笑みを、浮かべて。

 青空を切り裂くような、不気味な音。それは——『ドーントレス』急降下爆撃機の一団。突如現れたその部隊は二つ。まずは空母『加賀』に六機が垂直に突っ込む。激しい対空砲火を抜けまるでV字のように機体を翻す『ドーントレス』。

 たった一瞬がまるで永遠のように感じられた次の瞬間。

 轟音とともに、火柱が上がる。空母『加賀』の甲板に——

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