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世界史嫌いのchronicle(クロニクル)  作者: 八島唯
第2章 ミッドウェー海戦
7/21

シミュレーション開始

 ごうごうと音がする。窓はあけ放たれ、夜の暗闇と冷たい空気が部屋に入ってくる。

その、闇の中からうっすらと現れる、人影。奈穂はハッとして、知恵に抱きつく。

(この部屋……二階だったよね!)

 声にならない、叫び。知恵のほうは、まったく意に介さず、奈穂を受け入れる。

人影がゆっくりと、その姿を明らかにする。ピタピタと床に滴る水滴。髪が大量の雨を吸い込むように垂れている。その髪の毛をかきあげるようにして、一言大きな声が放たれた。

「遅れちまった……」

 意外な一言。ほのかな部屋の明りに照らされている、その人影。服装は濡れそぼっているが、この高校の制服らしかった。

「バスがな……乗り遅れちまって……歩いてきた。雨は降るし、もう最悪」

 ドスンと床に背負っていたデイバッグをおろすと、自分の体も同じように床に預ける。奈穂は、ようやく気づく。その少女がどうやら、待ち人であるらしいことを。

「なんで……窓から……」

「しゃーねだろーよ、正面玄関が、締まってるんだから」

 うん、と知恵がうなずく。

「寮は、門限にうるさいからね。もっとも、学園敷地内に入ってしまえば、少々荒っぽいことをしても、問題ない感じだけど」

 知恵は、あけ放たれた窓の扉に視線を移す。明らかに、力任せにこじ開けられた跡が見えた。

「まあ、この雨の中で、一晩過ごすわけにもいかないし……ちゃんと、後で直しとくから……」

 そういいながら、彼女は荷物をごそごそと探る。そして何やらくしゃくしゃになった紙を取り出し、二人の前に高々と掲げる。

「同室になった、『孫墨子』だ。ちょいと変な名前だけどよろしくな」

 名前じゃない、気になっていることは。奈穂は情報量の多さに、何から尋ねたらよいか途方に暮れる。

「私は知恵=ベルナルディ、こちらは宍戸奈穂さん。よろしく」

 まったくの平静のふうで、知恵が自己紹介をする。

「知恵に、奈穂。よろしくな」

 はにかむように、答える墨子。

 外の雨はまた、激しさを強めたようだった。


「で、町から歩いてきたと」

 ジャージに着替え、バスタオルでごしごしと頭を拭きながら、墨子はその質問にうなずく。

「いやー、まいっちゃったよ。ちょっと目を離したすきにバス出ちまうんだもん」

 バスは野生の動物みたいなものなのかな、という疑問が自然と奈穂の脳裏に浮かぶ。

「久しぶりに、いいトレーニングなってよかったけど」

「トレーニングって……バスで二時間だよ!歩いたら……」

「走ればすぐさ」

 にっ、と歯を見せて微笑む墨子。

(二時間×時速平均二十キロメートルとして……いかん、頭がおかしくなりそうだ……)

 その思考に割り込む、重々しい鐘の音。時間はもう、正午をまわろうとしていた。

はあとため息をつく奈穂。明日は入学式だ。面倒なことは明日にまわして寝ようかな、と思った次の瞬間。

「墨子さん、聞いたことあるわ。例の『選抜』選手だよね。中学の『ヘルト』級」

 『選抜』『ヘルト』。知恵の発する聞きなれない単語に、戸惑う奈穂。

 一方墨子は、その言葉に薄ら笑みをもらす。

「あんたもな、『参謀長』」

 混乱する奈穂。何やら中二病的な単語の応酬に悩ましいものを感じながら。

「一つ、入学前にお手合わせいただけますか?せっかく同室になったということもありますし。奈穂さんに、この学校の醍醐味を伝えたいところもありますし」

 墨子は無言でうなずく。

(えっ?寝るんじゃないの?っていうか私何も了承してないんだけど)

 二人はすっと立ち上がり、ドアのほうへ向かう。いつの間にか、ロックが自動ではずれドアが重々しい音とともに勝手に開く。

「早く、手ぶらでいいから」

 呆然としていた奈穂が手をつかまれ促される。まるで引っ張られるように寮の階段を登っていく。こつこつと夜の寮内に響く足音。

「あのさ……夜は寝たほうが……その、消灯時間だし」

「さっき、端末で許可を取った。入学前に『自習』したいと。管理AIからは『勉強熱心でよろしい』という、お褒めの言葉をいただいたよ。もちろん、宍戸さんの許可もとってあるから安心してね」

 しゃあしゃあと知恵が答える。

(『とってあるから』じゃないよね!相談して!)

 しかし、奈穂がその感情を言葉にする前に、知恵は歩みを止めた。

大きな扉の前にたたずむ、三名の未来の女子高生。恰好は寝巻とジャージの、何とも言えない姿であったが。

 軽く手首を、扉にタッチする知恵。瞬時に静脈生体認証がパスされ、扉が内向きに開く。

『自習室』という、非電源液晶札の名称が扉の上に見えた。

 部屋に入る三人。真っ暗な空間。

情報携帯端末を操作する知恵。次の瞬間、部屋の照明が一気に立ち上がる。

「……自習室なんで、ちょっと規模は小さいけど。まあ力試しってことで……いいかな」

 広大な空間。バレーコートなら、二面くらいはとれそうだった。

真ん中に置いているいかめしい機器が起動音を発する。

「望むところだ」

 墨子が奥のコンソールに移動する。それを見届けた知恵は逆側のコンソールに。奈穂はただその場に突っ立ったままで。

(おい!説明しろよ!この状況!)

「歴史対戦シミュレータアリストテレス=システム『イブン・ハルドゥーンVER3.5』ちょっと旧式だけど、二人くらいの対戦だったら、これで十分すぎるくらいだ。準備は?」

 無言で、親指を突き出す墨子。うん、と知恵はうなずく。

 呆然として事のなり行きを見守る奈穂に、画面越しに知恵は話しかける。

「この学校の教育の根幹となるシステム、『アリストテレス=システム』の真髄を見せてあげるね」

 そう言い放つか否か、まばゆいほどの光が目の前にあふれる。

 そして、戦いがはじまった——

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