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世界史嫌いのchronicle(クロニクル)  作者: 八島唯
第1章 アリストテレスシステムとの出会い
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友人との出会い

 のどかな田園地帯を抜けて、バスは細い山道へと入っていく。その間、奈穂の表情は曇りっぱなしだった。

おかしい、なにかがおかしい、彼女は疑問を強く感じていた。

つまり、なんで高校がこんな辺鄙な場所にあるのかと。自分が入学する、いや入学しなければならない学校であればなおのこと、その思いは募っていった。

最寄り駅からのバス。事前に調べた時刻表で、その本数の少なさに驚く。さらにはその所要時間にも。

「片道……二時間……」

 本当にここは、日本なのだろうか。そんなところに、高校を作る意味って何?何度も答のない質問に、悶々とする奈穂。

 バスは閑散として、自分以外に学園の生徒はいない。それは途中でほとんど客が降り、終点まで乗ったのが奈穂だけだった、という簡単な事実から導き出される結論である。

学校の正門の前にバスは横付けされる。まるで外国の宮殿のような、鉄格子の大きな門。『聖リュケイオン女学園』という日本語の下に、英語の読みにくい字体で『St.Lykeion girls college』と仰々しく記されていた。

 奈穂は正門の警備所で、入校の手続きを行う。いやに厳めしい警備員。服装も警備員というよりは、衛兵のそれを感じさせる。

何より気になったのは腰に吊るしている警棒、いやそれにしては長い……サーベルだろうか?いや、そんなことはない、ここは日本、銃刀法違反になるはずなので……と女子高生らしからぬ推測を働かせながら、悪い予感を打ち消す。

「宍戸……奈穂様ですね。お待ちしておりました」

 丁寧な事務員の対応。これまた見たことないような、まるで『執事』のような事務員が、恭しく合格証明書と入学手続き用紙一式を確認する。

後ろに控えている、『メイド』、といってもアニメで見るような種類のものではなく、イギリスの貴族の館にいるような本格的なメイドが、その確認作業をサポートする。大きな判を恭しく、これまた大きな表紙の冊子に押して、入学手続きの終了を宣言した。

 そのメイドが、奈穂を案内してくれることになった。この学校は全寮制。当然、奈穂も入寮しなくてはならない。遠慮はしたものの、メイドが奈穂のそれほど多くもない荷物をすべて持ち、正しい姿勢で足早に先導する。年のころは二十代前半といったところであろうか。

「あ、あの……すごい学校なんですね」

 必死に追いすがる奈穂。間を持たせるために、話題を振る。

「……何が……で、ございますか?」

 視線を前に固定したまま歩みを止めずに、メイドは返答する。何がって……奈穂は言葉が詰まる。

(あまりに突っ込むところが多すぎて、逆に質問できない)

 相当歩いただろうか。学校の中はいくつもの棟に分かれており、その意味では大学のような感じがしたが、一方でその装飾はちぐはぐなものであった。

まるで美術館のような趣の棟もあれば、博物館を思わせる棟もある。そしてその形式も和洋折衷で、なにか不思議な世界に迷い込んでしまった感じを受けた。一つ言えることは、とにかく金がかかっているだろうということだった。

 ようやく二人は、寮の建物の前に到着する。洋風の、しかしあまり新しさは感じない三階建ての建物。ヨーロッパの都市にありそうな建物だった。

「アール・ヌーヴォー建築を模倣しております。見た目は古く感じますが、築年は十年とたっていません。私はここで失礼します。詳細については後程、ガイダンスが担当のものよりあるはずですので、部屋でおくつろぎください。では」

 ひらひらと手を振りながら、奈穂は見送る。メイドは一瞥もせず、来たのと同じ道を同じテンポで去っていった。

また、一人になってしまった心細さを振り切るように、彼女は寮の玄関に歩みを進める。

 今どきにしては珍しい、IC認証キー。情報携帯端末をセンサーに掲げる。旧式なカギのアンロック音とともに施錠が解除される。

暗い室内。下駄箱はなく、土足のまま廊下に上がる。

奈穂の部屋は『E―1804』と情報携帯端末に表示されていた。

階段を上る。ぎしぎしときしむ木製の床。決して安物ではないが、全体的に古めかしくしてあるのは、建築者の懐古趣味なのだろうか。

 荷物をかかえながらようやく、自室の前にたどり着く。ふと気づく、表札。表札であるペーパーレス液晶画面には二人の名前が表示されていた。

『Naho SHISHIDO』

 それは自分の名前、そしてその上には

『Chie F.BERNARDI』

 と表示されていた。

 奈穂は寮の部屋は二人部屋だったことを思い出す。正直、奈穂はあまりそういうことは気にしないほうだった。自分は自分、他人は他人という比較的割り切ったものの考え方ができるため、人付き合いで、あまり苦労したことはない。

名前から見るに、ハーフか外国人かと思われるが、それに対してもあまり偏見はない。中学時代、夏休みによく外国にホームステイをした経験がこんな時に役に立ったとむしろ、うれしさもあった。

 奈穂はそっと重々しいドアを開く。シンプルな部屋のつくりが印象的だが、調光は決して、明るいとは言えない。全体的にモノトーンで統一されていて、あまり女子高生の寮の部屋とは思えなかった。

そして、がっしりとした、黒光りする机が二つ備え付けられている。また、それぞれに、大きな引き出しのあるクローゼットが壁に据えつけられていた。ベッドは二段ではなく、きちんと二つ、部屋の両面に寄せられる形で置かれていた。結構、広いのが意外ではあった。

 荷物を奈穂は床に置く。着替えと身の回り用品、勉強道具、そしてノート情報端末。その程度の荷物ではあったが。くるくると部屋の中を見回す。

誰もいない。当然かな、と思う奈穂。

先ほど登録されたばかりの部屋の生態認証は、ロックされた状態だった。入口のペーパー液晶の表示も、同室者の不在を告げていた。

それにしても——と、部屋をもう一度見まわして、奈穂は思う。同室者の荷物の少なさだ。机の上に置かれた本と筆記用具が、わずかに、この部屋の先達の存在をうかがわせた。決してまだ引っ越してきていない、というわけではなさそうである。相手はいったいどんな、生徒なのだろうか。

『Chie F.BERNARDI』

 奈穂は入口の表示の名前を思い出す。『Chie』は順当に考えると『ちえ』だが、もしかしたら中国の人の名前かもしれない。どんな人かな、真面目な人かな、優しい人だといいな。いろいろな想像を奈穂はめぐらす。

 その時、後ろのドアが乱暴に開けられる大きな音が部屋に響き渡った。

 両手に山のように本を抱えている少女。

背が低いせいか、顔は見えない。ポニーテールにした後ろ姿が印象的だった。その髪の色はかなり薄い。どうやらこの部屋の先達らしい。

「あ……初めまして。勝手に入っててごめんね。これからこの部屋で一緒になる……」

 そこまで言いかけたところで、奈穂は言葉を区切る。

 じとっとした少女の顔。メガネをかけ、その眼は興味なさそうに奈穂を一瞥した後、背けられる。髪と同じく、目の色も日本人離れした薄い青色だった。きれいか可愛いかと言われたら、たぶん七対三くらいで『可愛い』ほうが優勢であろう。しかしそんな評価とは裏腹に、少女の反応はあまり芳しいものではなかった。

「知恵……」

「えっ?」

「知恵=ベルナルディといいます。見ての通りハーフです。ああ、日本にずっと住んでいるので、言葉も生活もあなたに配慮されることはありません。よろしく」

 握手もしようとはしない、背をそむけたままの自己紹介。さすがの奈穂もむっとはするが、自己紹介はきちんと行うことにした。

「宍戸菜穂です。県外から来ました。ええと、同じ部屋なんだけど、よろしくね」

 反応はない。どうしたもんかな、と奈穂は眉を顰める。どうも、難しいタイプの子だったらしい。

知恵は机の上に本を積み上げる。その本のタイトルがすべて横文字であった。

「すごいですね。入学前からもう、勉強?」

「勉強という言葉は使わないで欲しいんだけど。これは研究だから」

「研究?」

「そう、研究。勉強は小学生のするもの。仮にも高等教育でしょ。ここは」

 んー、と奈穂は返答に迷う。結構コミュ力には自信のあった彼女も、次の一手をどうしたらよいかわからず、とりあえず、ベッドの上に腰掛ける。

ちょっとした違和感。ふと見ると掛け布団の下に、一冊の本があることに気づく。知恵のものらしい。手に取って表紙を見る。やはり横文字の本。タイトルは。

「『Der Deutsche Zollverein』……へえ、英語だけじゃなくてドイツ語の本も研究してるんだ。すごいね、ご両親ドイツ系なんですか?」

 何気なく奈穂は返す。その発音に、知恵はびくっと反応する。それまで全くこちらを見てくれなかった知恵が、奈穂のほうを向き直り、人差し指を立てる。

「もう一回」

「へ?」

 何のことかわからない、奈穂。しかし知恵の視線から、その質問は手に持っている本に向けられていることが察せられた。

「ああ、この本のタイトル、『Der Deutsche Zollverein』……だよね。ええとドイツのツオルのフェルアインは……なんだったかな税金?同盟?」

「ドイツ語できるの⁉」

「え?まあ、独学だけど」

 二重の意味で女子高生では言えないようなことを、奈穂は答える。

奈穂は英語をほとんど完璧にこなせていた。そして余った時間を将来の大学入試の第二外国語選択のためにドイツ語やフランス語の学習に当てていたのだ。当然、文法のみで何か外国文学に魅力を感じたというわけではない。漫画とか小説とか役に立たないもの(少なくとも奈穂はそう考えていた)を積極的に読むのは時間の無駄だと考えていたからだ。

「ちょっと来てくれる」

 部屋に就いたばかりの奈穂の手を取り、強い力で引っ張る。

「え?え?え?」

 正直何が起こったかわからない奈穂。着替えもせずに部屋の外、さらには寮の外に連れ出される。

 二人の出会い——それがすべての始まりだった。

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