顔、顔、顔。
小説を書くのは初めてですが、お読みいただければ幸いです。
太陽は出ているものの雲が多くて晴れだか曇りだか微妙なその日、王宮で大規模なお茶会が開かれた。上は15歳くらいから下は2歳くらいまで、伯爵、子爵、男爵の子女や、20歳くらいまでの士爵と騎士爵が、総勢70人程度いただろうか。まだ幼い子供もいるので礼儀作法も難しく言われない、お気楽なお茶会だ。
そこで私はそこそこ顔の整った子爵令嬢としてまあまあモテていた。
「スヴァンテソン嬢はレイグラーフの新作である『迷宮鏡』は読まれましたか?」
「いえ、まだですわ。」
「レイグラーフらしく最後まで手に汗を握る展開でしたよ。お勧めします。読みましたら是非感想を語り合いましょう。」
「ええ、その時は是非よろしくお願いしますわ。」
我が家は貧乏貴族で父親が小説は読まないからその時が来ることはないがな!
「スヴァンテソン嬢、こちらのケーキはとても美味しいですよ。いかがですか?」
「先程色々と頂いたのでもう入りません。お気持ちだけいただきますね。」
こってりケーキは口に合わないんだよ…。バター使いすぎだし甘くないし…。
「キャー!」
「うわ…」
「うえーん!」
私の内心はともかく、和気藹々と話していると、突如入口の近くから悲鳴や泣き声が聞こえてきた。え、倒れている人もいるんだけれど?
何事かと思って見渡すと、この世界では醜いとされる、私基準では超イケメンが佇んでいた。
あ、遅ればせながら私、日本からの転生者です。この世界では顔が大きくてしじみ目でブタ鼻でたらこ唇が美貌とされます。私は一重でたらこまではいかないが分厚い唇なので、この世界基準でそこそこ整っており自分でも許容範囲の顔です。
叫ばれたり気絶されたりしたその人は、顔が小さくてぱっちり二重で鼻筋が通っていて唇が薄かった。いや、確かにこの世界では醜いけれど気絶するほどか?と考えながら眺めていたら、目が合った。私は入口からそれほど遠くないテーブルの側にいたので、それはもうばっちり目が合った。目が合った後、相手は目を伏せているが、この距離、無視するわけにはいかない。そして10代後半ならば士爵か騎士爵だろう、弱小子爵令嬢から挨拶しても何らおかしくない。
「お初にお目にかかります。スヴァンテソン子爵家長女、イェルダでございます。」
周囲があれに挨拶するのかとか騷めいた。相手は多少驚いていたようだが、返事をしてくれた。
「…お初にお目にかかります。ファーゲルリーン騎士爵、ランヴァルドです。」
挨拶したからには会話せねばならない。相手が目を伏せていても。
「ファーゲルリーン卿は騎士なのですか?」
この国では、爵位を持たない子爵や男爵の次男や三男など、もしくは平民が、出仕して文官になると士爵、武官になると騎士爵を叙爵される。
「…私は魔術師です。」
「魔術の研究ですか?戦場に向かうのですか?」
「…戦闘職です。研究職は士爵を賜ります。」
「まあ、お強いのですね。」
なんかファーゲルリーン卿がおろおろしながら返事してるんだけれど。会話、やめた方がいい?
「…あなたは私の顔が気にならないのですか。」
「え?顔?目がキラキラしていて綺麗だと思いますが…」
「え?」
「は?」
おお、ファーゲルリーン卿から話を振った!とか思っていたら本音が出てしまった。この世界では醜いとされる大きい目について好意的に言ったから私は変人確定だ…。周囲の聞き耳を立てている人達、驚いているじゃん…。次からのお茶会、皆から避けられるかも…。
「…綺麗?目が綺麗?」
ファーゲルリーン卿、驚愕してこちらを凝視していた。あなたが一番驚くのね。
変人確定だし、そもそもこの世界基準のイケメンとは結婚したくないから開き直ることにしよう。
「ええ、目が綺麗です。ところで私があなたと会話するのにあなたの顔が関係あるのですか?」
「…大抵の方は私の顔を気にして私から離れていきますから。」
寂寥感漂うイケメン…!破壊力が半端ない…!と思いつつ平静を装って返答する。
「まあ、顔だけで判断するなど残念ですわね。中身は素晴らしい方かもしれないのに。」
平静じゃなかった。毒を吐いちゃったよ…。ファーゲルリーン卿にも失礼な発言だよ…。
「…ありがとうございます。スヴァンテソン嬢は気になさらなくても他の方々は気にしていらっしゃるようですし、顔を出せとしか言われていないのでこれでもう失礼しますね。」
ファーゲルリーン卿の気分を害してしまったことに落ち込みながらお茶会の続きをする。幸いにも周囲は変人の私を受け入れてくれたようだ。
「スヴァンテソン嬢は勇気があるのですね。」
「私でしたら顔を気にしてしまいますわ。中身の立派な人物になるようお父様に言われておりますのに…。」
なんだか私が褒められてお茶会は終わった。
それから数日後、なんとファーゲルリーン卿とお見合いになった。顔中に疑問を浮かべていたのか、ファーゲルリーン卿が教えてくれた。
「先日のお茶会は言わば集団お見合いですよ。ご存知なかったのですか?」
「存じ上げませんでした。かなり幼い子供もいらっしゃいましたよね?」
「…子供なら私の顔に慣れる可能性もあったからです。」
「王宮でのお茶会ということは高位貴族が関わっているのですよね?何故ファーゲルリーン卿をそれほど結婚させたがっているのでしょう?」
ファーゲルリーン卿曰く、魔術師部隊に入隊すると騎士爵が貰えるが、部隊長などの役職に就くには男爵以上の爵位が必要だそうだ。そして、この国では士爵と騎士爵以外の爵位になるには貴族出身の妻を持つ必要がある。つまり上層部はファーゲルリーン卿を役職に就けたくて、陞爵の可能性が高いということ。ならば女性が寄ってきそうだが、顔で駄目らしい。泣かれたり叫ばれたり気絶されたり、散々だそうだ。皆偽装結婚でも無理らしい。
「ですので私の顔が平気なスヴァンテソン嬢は私と無理矢理結婚させられるでしょう…。申し訳ございません。」
「私、あなたのお顔に問題があるとは思いませんが、できれば気の合う方と結婚したいと思っております。いくつか質問しても?」
「え…?ええ、質問は構いませんが…。」
困惑してもイケメンはイケメン。凄い。
「では、女性が教育を受けることについてどう思われますか?」
「女性の教育ですか?良いことだと思いますが…。」
「私の父はそうは思わないらしく、私には家庭教師がおりません。もし婚約したら、私に家庭教師をつけてはいただけないでしょうか。」
「構いませんが…。」
「ありがとう存じます。」
日本の常識が身につきすぎているからこの世界の常識を身につけたい。
「ファーゲルリーン卿は子供が欲しいですか?」
「えっと、できれば。」
「ファーゲルリーン卿はご自分のお顔がお好きではないようですが、ファーゲルリーン卿に似ている子供でも愛せますか?」
「…私の家族は私を愛してくれています。私も愛せるでしょう。」
「もし子供ができなくとも妻を尊重できますか?」
「…できます。いえ、妻が私を尊重してくれればできるでしょう。邪険に扱われれば尊重できないでしょう。」
しっかりと考えて返答してくれるところは好感度が高い。
「ファーゲルリーン卿も私に何か質問があればどうぞ。」
「えーっと、突然なので何も思い浮かびません。」
「このお見合いは数日前には決まっていましたよね?突然ではないのでは?」
「…スヴァンテソン嬢は私との結婚を嫌がると思っていたため何も考えておりませんでした。スヴァンテソン嬢はとてもしっかりされていらっしゃるのですね。7歳とは思えません。」
前世では十分大人だったからね!言わないけれど!褒め言葉として受け取っておくよ!
「ありがとう存じます。今のところは私は嫌ではありませんよ。」
そんな感じで私が一方的に質問してお見合いは終わり、数日後には魔術師の高位貴族であるヘーグリンド侯爵の仲介で婚約が決まった。2回しか会ってないけれど貴族の結婚なんてそんなものだ。会ったことがあるだけましかもしれない。ちなみに私はヘーグリンド侯爵に会ったことはない。父も会っておらず婚約が決まったとの手紙が来ただけだそうだ。貴族社会怖い。ファーゲルリーン卿は出世頭ということで父は喜んでいた。
婚約の契約はファーゲルリーン邸で行われた。初めまして、ヘーグリンド侯爵。
「契約書に異存はないか?」
「異存ございません。」
「異存ございません。」
父とファーゲルリーン卿がヘーグリンド侯爵に返答する。異存があるって言ったらどうなるんだろう。まあヘーグリンド侯爵がゴリ押しするか、貴族社会にいられなくなるかの二択だろうけれど。
「確か2回会っただけなのだな?お互いを知るべきだろう。ファーゲルリーン、令嬢と庭でも行きなさい。」
ヘーグリンド侯爵によって私達は庭の散策をすることになった。
「…スヴァンテソン嬢は私と婚姻しても良かったのですか?」
「婚約しましたからイェルダで構いません。先日も申し上げたように嫌ではありません。他に好いた人もおりませんし。」
「では私のことはランヴァルドと。私は平民出身ですがよろしいのですか?」
どうやら今回は質問を考えてきたらしい。
「貴族とて祖先は功績を残した平民です。私は祖先の功績だけで威張っている方よりも自力で爵位を得たランヴァルド様の方が好ましいですよ。」
「…爵位の世襲に反対なのですか?」
そんな反逆とか考えてないから!
「いえ、世襲でも現王が治世を築いていらっしゃるように、優れた方も多くいらっしゃいますから反対ではございません。私が批判的なのは自らは何も成し遂げていないのに爵位だけで威張っている方です。」
「…どなたかお近くに?」
「…父と兄ですわ。」
「…この顔ですが本当に婚姻してよろしいのですか?」
「ランヴァルド様はご自分のお顔を大層気にしていらっしゃいますが、卑屈になるのはよろしくありませんよ。私の父と兄は顔は良いのですが性格がどうにも…。ですから私はランヴァルド様のお顔は気にならないのかもしれませんね。」
父と兄は母と私に暴力を振るい召使いのように扱っている。母はそれでも父の顔が良いので構わないらしいが、私は嫌だ。ランヴァルド様の顔は前世的にイケメンだから気にならないどころか好みだが、それは言わない。本当は家庭教師をつけてもらうのではなく引き取ってもらいたいくらいだが、そのような我儘を言ってはランヴァルド様が困るので黙る。
「…それは、大変ですね。」
我儘を言わずともランヴァルド様を困らせてしまった。ごめんなさい、ランヴァルド様。
「ですので、結婚したら実家とはできれば縁を切りたく存じます。」
「…私の方が爵位が低いのでヘーグリンド侯爵に頼んでおきましょう。侯爵なら悪いようにはいたしません。ですが、実家と縁を切ると何かあった際に困りませんか?」
「私が困っても家族に頼ることは有り得ませんから問題ございません。」
家族仲が良いのだろうランヴァルド様は家族と縁を切るのに反対のようだ。私も前世では家族仲が良かったのでこの考えは寂しいと思うが、今の家族は絶対頼りにならない。
「…イェルダ嬢、私はあなたに頼られるよう努力しましょう。」
「ありがとう存じますわ。」
ランヴァルド様は約束通り家庭教師を派遣してくれたため、ある程度は常識を身につけられた。
ランヴァルド様と私の婚約の話は貴族社会を駆け巡ったようで、お茶会に参加すると必ずと言っていいほど話題になり、ランヴァルド様と会ったことのある女性陣皆から憐れまれた。その度に「ランヴァルド様はお優しい方だから不満はございません」と笑顔で言って回った。男性は交流がないから知らない。きっとランヴァルド様が何かしら対応しているだろう。
そして私は異世界転生小説の例に漏れず製品開発をした。家族には利益を与えたくなかったので今までは手を出していなかったが、ランヴァルド様を隠れ蓑にした。ファーゲルリーン邸には私の研究室が作られ、ファーゲルリーン邸の使用人にも協力してもらった。前世では一時期オーガニックに嵌まっていたので、それはもう色々と開発した。ランヴァルド様を通して商品として売るものもあれば、自分だけで楽しむものもあった。
「イェルダ嬢、来週から暫く遠征に行きますので留守にします。」
「ランヴァルド様は時間を止める魔術が使えますよね?私、ご飯を作りますのでよろしければお持ちくださいませ。」
「楽しみにしています。」
ランヴァルド様とは結構仲良くなって笑顔も見せてくれるようになった。最初は、イ、イケメンの笑顔ー!とか興奮していたが、もう慣れた。慣れとは恐ろしい。
遠征の前日、私はランヴァルド様に天然酵母パンで作ったサンドイッチを渡した。遠征の話を聞いた時は天然酵母パンはまだ研究していた段階だったため、初お目見えだ。間に合って良かった。
「不思議な食べ物ですね?」
「ふふ、新しいパンなんです。私は気に入っているので、ランヴァルド様も気に入ってくださると嬉しいです。」
「楽しみに食べますね。ありがとうございます。」
私はランヴァルド様の無事を祈りながら笑顔で見送った。
「新しいパン、とても美味しかったです。ありがとうございます。」
「それは良かったです。」
「ええ、皆気に入ってまた食べたいと言っていました。」
「…皆?」
どうやらランヴァルド様が目新しいものを食べているのを見た周囲が興味を持ち、ランヴァルド様は私の作ったサンドイッチを最初に食べた1つ以外全部配ってしまったらしい。
「…そう、ですか。」
「イェルダ嬢?」
「いえ、皆様が美味しく召し上がったのなら良かったです。」
「イェルダ様、最近お元気がないようですが…。」
「あら、そうかしら?」
「ええ、こちらのお屋敷にいらっしゃるのもお久しぶりですし、研究室にも行っていらっしゃらないではありませんか。」
ファーゲルリーン邸の使用人の中でもよく製品開発を手伝ってくれるシーラに心配されてしまった。シーラは子供と仲が悪く、夫に先立たれた後行き場がなくて困っているところをファーゲルリーン邸に拾われたらしい。ファーゲルリーン邸の侍女は全員40~50代の寡婦で似たような境遇だ。だからか、ランヴァルド様や私を可愛がってくれる。ランヴァルド様の顔は見ないように視線はそらしているが。
私はシーラにランヴァルド様には言わないように言ってから胸のモヤモヤを伝える。
「…先日ランヴァルド様が遠征に行ったでしょう?私、ご飯を作ったのだけれど、ランヴァルド様は他の方々に配ってしまったらしくて。皆様美味しく召し上がってくださったそうなのですが…、私はランヴァルド様に召し上がっていただきたかったのです。」
「まあまあまあ!」
シーラは主人と婚約者の仲の良さに喜んでいるが…シーラの後ろにランヴァルド様がいて目が合った。廊下で窓の外を眺めながらシーラと話していたから、そんなこともあるだろう。周囲を確認しなかった私が悪い。
「…イェルダ嬢、すみませんでした。」
「いえ、私、ランヴァルド様に謝罪してほしいわけではないのです。ランヴァルド様は悪いことはしていらっしゃいませんし、私も怒ってはいませんから。」
「しかし…。」
「私の気持ちの折り合いの問題なのです。気になさらないでくださいませ。」
そこで私は身を翻して研究室に向かった。多分留まっていたらランヴァルド様はまた謝罪を繰り返しただろうから。
「王宮料理人が私のご飯を食べたがっている?」
「はい。新しいパンに興味があるようです。」
「私にとってあのパンはランヴァルド様のためのパンなのでランヴァルド様のため以外で作りたくないのだけれど…。」
ファーゲルリーン邸の使用人も食べたが、それはランヴァルド様のために作ったものをおすそ分けしただけなので、別にいい。
「どうやら旦那様が遠征で食べていたものがとても美味しいと噂になっているらしく、王族の方がご興味を示されたようです。」
ファーゲルリーン邸の執事であるスティーグが困り顔で報告してきた。すぐに渡すよう要求されているらしい。
「そのようなことを言われても、何も準備していないし、何より作るのが大変だけれどそのような気力がないわ。」
「レシピをお渡しするのではいけませんか?」
「苦労して開発したのに簡単にレシピを渡したくないし、そもそもランヴァルド様のためのパンだから誰にもレシピを渡す気はないし、レシピだけで作れるとも思えないの。なんとか断れないかしら…。」
「断ることは可能ですが、知遇を得る良い機会ですよ?ふいにしてよろしいのですか?」
「ランヴァルド様…。ええ、私は構いませんが、断れるのですか?」
ランヴァルド様とは先日シーラに胸のモヤモヤを吐露したのを聞かれてから少々ギクシャクしている。てか、ランヴァルド様盗み聞き多くないですかね?いや、ファーゲルリーン邸で話しているから盗み聞きではないんだけれど。
「断れます。今日か明日にでも断ってきましょう。」
王族が興味を示しているのにそんなに簡単に断れるの?
「…それより、イェルダ嬢は先日謝罪してほしいわけではないとおっしゃいましたが、私は謝意を示したいのです。」
「…では、慰めてくださいませ。」
多分今私はかなり良いこと思いついたって顔をしているだろう。
「慰める、ですか?」
「ええ。具体的には抱きしめてくださいませ。」
「えっ?」
家族仲が悪い今世、人肌の温もりに飢えているのだよ。8歳の少女だ、恥ずかしくなんかない。
とか思ってたんだけれど、ランヴァルド様が膝立ちになって壊れ物を扱うようにそっと抱きしめてくれたら、なんだか恥ずかしくなってきた。ほのかにランヴァルド様の香りがするせいかもしれない。私は恥ずかしさをごまかすため、ぎゅっと抱きついた…時にランヴァルド様の顔が少し赤くなっていることに気付いてもっと恥ずかしくなった。私がぎゅっと抱きついてランヴァルド様は固まっているし、私も恥ずかしくなりすぎて固まっているし、どうするよこれ。
「あー、お二方の仲が良いのはよろしいことですが、旦那様はお仕事中に一旦帰宅なさっただけですよね?もう出発するべきではございませんか?」
スティーグ、ありがとう!でも、見てたのね…!今度からは頭を撫でてもらおう。…今度があるか分からないけれど。
私はこの先もランヴァルド様といることを確信している自分に気付き、微笑みをこぼした。
お読みいただきありがとうございました。