4話 化け物の定義
切り落とされた手首。
それだけが[王国宮廷スパイチーム]の執務室、室長の机に置かれてあった。
スパイチームでは珍しく、午前中に全員入社していた。
「な…んで」
第一発見者は、
[王国宮廷スパイチームNo.4]
ネーヴェ・エイザップ
であった。
今、スパイを知る一部の警察によって執務室は調査中であった。
また…、大切な人がっ…!
「大丈夫ですか…?先輩?」
「ああ…すまん大丈夫だ」
今の俺の顔色は酷いことになっているのだろう。
俺は頭を振って自分を無理矢理落ち着かせる。
「検査結果ではやはり…この手首はガルーズさんの物で間違いありませんね」
警察の人達がそんな事を言っていた。
「おーい2人ともこっち来い」
執務室の端っこにある休憩部屋には、[王国宮廷スパイチーム]のみんなが揃っていた。
その中の、
[王国宮廷スパイチームNo.5]
ロット・ジラオール
が俺に話しかけてきた。
「どうした?」
俺は応じながら休憩部屋へメルと共に行く。
「いやそれがさ…」
「新しい室長を今決める」
ロットの言葉を遮り、代わりにバジルが応える。
「昨日ぶりだなカイ」
「バジル…」
そういえば昨日、なぜバジルは任務帰りが俺より遅かったんだ?
俺の場合はメルと共に食事をしたから遅かったんであって…。
「お前、昨日何してたんだ?」
俺は思わず聞いていた。
「情報屋を潰す任務だ」
「それは昨日俺とメルがっ!」
「急に新しい組織が見つかってなぁ。それをだ」
「…お前がきた時はまだガルーズさんは生きていたんだな?」
「ああそうだ。昨日俺がここにきた時はまだ室長はピンピンしてたさ」
…何だ?
以前から胡散臭い奴だと思っていたが、昨日からいつに増しても…。
「誰がするんだ?室長は」
室長の仕事はスパイではなく、メンバーに仕事を回したりその仕事で何が分かったか、誰を殺したかなどを王の秘書に伝えなければいけない、はっきりいって一番めんどくさい職務なのである。
そんな職務を誰が務めるかロットが聞くが、誰も反応しない。
1人を除いて。
「俺がやる」
ただ1人立候補したのは、バジル・トラントフォードであった。
「いやーなんか恥ずかしかったなー男2人に引っ張り合いにされるなんて」
「何を言っているんだエステル。俺はただバジルとかいう葉っぱからお前の処女を守っただけだ」
いつものように計画を立てずに任務に挑戦し、ボロボロになりながらも成功し、業務連絡終わりに[デリシャス]に来ていた俺とエステルであった。
いつもと違かった事と言えば、執務室でエステルがバジルに告白されたぐらいだ。
もちろんエステルは断っていたが、バジルが諦めずにエステルに迫るので俺がバジルと殴りあった。
その二人をエステルがとめたという結果になったが。
「カイこそ何で私が処女前提なの?」
「処女ではないと言うのか…!?」
俺は驚愕した。
いや、確かにエステルは滅茶苦茶美少女だから昔男がいたんじゃないかと考えたり考えなかったりしてたけどまさかやってしまうところまでいっていたとは驚いたというか別に俺はエステルの事は全然好きでは…!
「いや処女ですけど。ていうかカイ大丈夫?いきなり固まっちゃったけど。どれだけ私の事が好きなの?」
「よかっ…いや別にお前の事は好きでも全然ないぞ。ただ俺が産まれて初めて出会った超魅力的な女性なだけだぞ?」
「人はそれを好きと言うんだけどね」
「俺は人ではないんで。銃に撃たれてもピンピンしている化け物だからな」
俺はふて腐れて言った。
だが、俺が自分は人ではないと言うとエステルはいつも、
「カイは人だよ。食べて寝てスパイをやる生物は人しかいないよ」
一部の人しか納得しない教えを説くのであった。
「それに化け物を舐めすぎだよ」
「そうかね?」
エステルは真剣な顔になりながら言う。
「もちろんカイは人間のイレギュラーみたいなものだけどね。本当の化け物は…他者を一人の人間として扱わない者の事を言うんだよ。私達の身近で言うならバジルの事かな」
俺は意味が分からず首を傾げる。
「バジルがどうかしたのか?いやまあお前と付き合おうとしたのは処刑ものだがそこまで…」
「いつか分かるよ」
更に意味が分からなくなる。
普段エステルは、ジャンクフードばっかり食べたりどんな重大な任務だとしてもノープランで突っ込んだりという馬鹿な行動が目立つが、実際はめちゃくちゃ頭が良い女なのである。
美しく、頭が良く、強く、そして可愛い。
[完璧]と検索すれば検索結果の一番上にきてもおかしくないぐらいだ。
「いつかって?」
「それは…彼が室長となり、私達を任務へ向かわせた時…かな?」
「室長になり任務に向かわせた時って…なんかやけに具体的だな」
店員がテーブルの上にハンバーガーセットが置く。
「まあ、その時は私がカイを守ってあげるからね。別に今はいいや」
そう言い、エステルはハンバーガーを口に運ぶ。
「カイははっきり言ってそこまで強くないからね」
「うっせ。お前の背中を守るぐらいなら俺しか適任はいないぞ」
俺もポテトを摘みたながら話す。
「そうだね。じゃあこれからも頑張りたまえ」
「ああ、頑張らせてもらうよ」
そう言い、俺はメロンソーダを啜った。
この時はまだ考えてもいなかった。
俺を守ってくれる、そして俺が背中を守るはずのエステルが、この話しをした一年後にはもうこの世にいないという事を。
「バジルが室長か…」
コンビニで適当に二個買ったおにぎりと肉弁当という昼食を食事室で食べている間、エステルがバジルに告白された日の事を思い出していた。
「そういえばエステルがバジルを室長になってその任務に行ったらあいつが化け物だと分かる…とかなんとか言っていたような…」
俺はぽつりと呟いていた。
「どうした?」
ロットも昼食か、俺の隣りに座りながら聞いてきた。
「いや、なんでもない」
ガルーズさんを殺した犯人は現在警察が調べている最中で、詳細は後日らしい。
それはともかく…。
俺は、先程室長になったバジルから命令された夜の任務に、嫌な予感を感じていた。