第999話 やっぱりいつもの家族の食卓で
「そんな感じで、現地は大盛況だったよ」
「すごいですー……、わたくしも、お祭りに参加したかったです!」
「あとで変装して行ってみようか」
「はい!」
現地の視察に『問題なし』と判断したハルは、お屋敷にてそのことを皆に伝えることにした。
さすがに今日という日に大所帯で押しかける訳にはいかなかったが、開催はまだ何日も期日がある。
隙を見て、アイリたちと一緒に遊びに行ってもいいだろう。
「とりあえず、今日はここで一緒に食べようか」
「待ってました! 楽しみです!」
本日のお昼ご飯。ハルたちはそのメニューをイベントと同じ物で頂くことにした。
この家ではやることのない、出前のようなものだろうか? 一風変わったワクワク感にアイリは待ちきれない様子である。
彼女が真っ先に、てこてこ、と小走りに駆けて行く食堂には、その後も続々と家族たちが集合してきた。
「お疲れ様ハル? なにか問題はなかったかしら?」
「無いこともないけど、概ね想定の範囲内って感じではあるよ」
「クレーマーが出たとか? 責任者さんのハル君も大変だ」
「ユキ、リアルのクレーマーなんてのはね。ゲームのそれの数倍マシさ」
「あー、わかる。私も、リアルで運営に文句言う気力起きないもん」
「あなたのそれは、少し違うでしょうけど……」
是非にでもお祭りに参加したいというアイリとは裏腹に、こちらは出来る事なら家の中でゆっくりしていたいというユキ。
そして、イベントの最高責任者ではあるが、事ここに至ってはもうやることのないルナも合流する。
ハルは彼女らに、メニューを見せて注文をとっていった。
もちろんメニューは、現地と同じ。そして『調理器具』も、現地と同じ物だ。このお屋敷の食堂に似合わない、現代風の装置。
そのスイッチを入れ、ハルは注文を生成していく。
「おお! 皆、見るのです! たべものが、徐々に出来上がっていきますよ!」
「まぁ」「すごい……」「不思議ですね」「素敵ですねお嬢様」「見入ってしまいます」
アイリとメイドさんの異世界組が、箱型の生成装置の中を食い入るように覗き込んでいる。
箱は上部のカバーにあたる部分が透過しており、生成中の様子を観察できるようになっている。これは日本人でも、ついつい経過を見守ってしまう人も多い。
それが慣れぬ異世界の彼女らともなれば、語るまでもないことだった。
ハルは、みっちり、と女の子たちでぎゅうぎゅうになった中へとなんとか割って入り、なんとか最初のメニューを救出していった。
「ハルのメイドさんサンド、一丁あがりね? おいしそうだわ?」
「何を言ってるのルナ……」
「なるほど? ハルはむしろ分身してメイドさんをサンドしたいと。鬼畜ね?」
「言ってない……」
ルナの突然の発言に、メイドさんも左右からさりげなく体を押し付けて進行を阻んで来る。勘弁してほしい。
おかげで料理が生成されるのはそれなりに高速なれど、テーブルに配膳するまでに無駄に時間を要してしまった。
「はい。ソフィーちゃんのステーキの方ー」
「私ね? 最高級肉がどの程度のものやら、無意味に舌の肥えている私が確かめてあげるわ?」
「自慢しているはずなのに、なんか自虐てきだルナちゃん」
ハルはそれぞれの注文に合わせ、テーブルと装置の間を往復して行く。
メニューは皆ばらばらだ。知り合いの作品を頼む者、評価の高かった入賞メニューを選ぶ者。本来ならこんな注文の仕方をしていれば、調理にいくら時間が掛かるか分かったものではない。
しかし、装置はメニューの難度に関わらず、製造時間はただその分量に左右されるのみ。
「おおー、今度は違ったものが出来上がっていきますー」
「興味深いですね、アイリ様」「これは魔法ではないのですよね」「信じられません」
そのたびに、アイリとメイドさんたちは小さな子供のように目を輝かせて生成過程に見入っていた。楽しそうで何よりだ。
「はい。高級和食セットの方」
「はい! わたくしです! カゲツ様の一押しのおりょーり、どんな物かわくわくです!」
「……これ、指定が激しいんだよね。温度は提供時に何度をキープとか、お吸い物の蓋は提供前に決して開けるなとか」
「そもそも品数が変に多いから、一度に生成しきれてないじゃない。私の権限でボツにしてやろうかと思ったわ?」
「まあルナ。今回はカゲツの顔を立てると思って……」
お客様が最高の状態で召し上がるために、製作者の方から様々な注釈の入った曰く付きの一品。
その細かさに頭にきて、『イベント運営に支障が出る』とルナが出品停止しようとしたほどだ。
なお、品数が多い分もちろん食べるのにも時間が掛かり、行列を加速させている。
「じゃあ私は入賞したアイスでー。私は偉いので、お店に優しいメニューを選びますー」
「カナちゃんいらっさいー。でも、ここはお店じゃないから行列はできないよ? 安心してちゃんとしたごはんたべよ?」
「そうよ? それに、アイスもアイスで問題児なのよね……、低温での生成には手間が掛かるし……」
「たいへんですねー?」
なお、カナリーはメニューを変える気はなさそうだ。まあ、ハルが自分の物を分けてやるとしよう。やや強引に。
そんなカナリーの注文したアイスが生成されるが、ルナの言う通りこれも少々大変だ。
ミナミが何も指定を出さずとも、初期状態から温度設定がされているようなもの。しかも生成開始と生成終了で、温度にバラつきが起こらないことが求められる。
そんな色とりどりのアイスが、下から積み上げられるように作られてゆく。
その様子は特にアイリとメイドさんの目を楽しませてくれたようだ。
そうして全員分のお皿が行き渡り、ハルたちは早速その珍しい品々を皆で頂くことにしたのであった。
*
「いただきます」
「いただきます!」
思い思いのメニューに、揃って箸をつけるハルたち。今日は料理もお休みとあって、メイドさんもお祭り気分。
彼女らとしては見慣れぬ日本の食事ばかり。皆でバラバラに頼んで、分け合い味を参考にしようとしているようだ。こんな時でも仕事熱心である。
「……あのー。わたし、『いちばん安そうなの』って頼んだはずですけどー」
「相変わらずみみっちいですねーエメはー」
「それが一番安いのであってるよ」
「これステーキじゃないすか! ソフィー様のあの高級そうな!」
「おそろいねエメ? 代金はハルにつけておくわ?」
「ひーん! いじめっす、いびりっす! こうして借金はどんどん膨れあがって、わたしは皆さまから一生逃れられないんす! 首輪を付けられて、馬車馬のように働かされるんすよ! 次第にわたしはそれに違和感を覚えなくなり、むしろ快感に感じはじめ……」
「いいからはよ食え」
「はーい」
ちなみに高そうなメニューを選んだのはエメいびりではない。食材の高級感と、生成機による合成の値段設定には関係がないからだ。
今回の値段設定は、『メニューの高級さ』とは関係なしに合成の難度で決まる。
ソフィーのステーキは、これ単体である為に使用する材料の種類が比較的少なく済む。それ故に、見た目の高級さとは反して安価で提供できるのだ。
「逆に、いちばん高いのってどーれ?」
「アイリちゃんのメニューよユキ。品数は多い、注文も多い。当然値段もそれなりになるわ?」
「なんと! わたくし、最高級品を選んでしまいました!」
「流石は王女様だねアイリ」
「よ、良く分かりませんが、褒めてもらえたのでよしとします!」
まあ、ハルたちがやっている分にはお遊びのようなものだ。実際に値段も材料コストも掛かる訳ではない。
どんどん高い物を食べて、気分よくなってもらいたい。
「それだから、注文数が抑えられているのはせめてもの救いね? もしこればかり数が出るようだったら、どうしようかと思ったわ?」
「皆が揃って料亭のようなメニュー広げてるカフェなんて、画的にも微妙ですしねー?」
「……でも一方で、カナリーのそのアイスもまた、値段は高めになるのよ?」
「あー、そうかもですねー。冷やす分手が掛かってますからー。ではこれもー、敬遠されがちでー?」
「いえ、さすがにそこは、私たちで調整させてもらったわ?」
「出したいメニューは安くさせてもらった。少々、汚いやり方だけどね。まあ、売り上げがミナミの成績になるって訳でもなし」
アイスや軽食の材料を多く用意することで、その分コストも抑えられる。そうすることで、特定のメニューの単価を下げた。
混沌極まりない自由なメニューが出そろったイベントでの、ハルたちのせめてもの抵抗なのである。
「ところでユキさん! 総合優勝の、その『ハンバーグカレー』はいかがでしょうか!」
「ん? おいしいよアイリちゃん。はい、あーん」
「わわ! 不意打ちなのです! どうしましょう、届かないのです!」
「ユキ? はしたないわよ。おやめなさいな?」
アイリとは少し席の離れたユキが、強引にアイリに手を伸ばしている。その無茶がたたってテーブルにカレーがこぼれるが、家族の食卓なので無礼講だ。
ルナが文句を言いつつ世話を焼き、こぼれたカレーをふき取った後ユキから皿を奪い取ると、アイリに丁寧に食べさせていた。
「おいしいです! 流石ですー」
「でも、ずいぶんと無難なところに落ち着いたわね? 別に、カレーに文句がある訳ではないし、確かに美味しいけれど……」
ルナもついでにスプーンを咥えつつ、小首をかしげてみせる。
まあ確かに、カゲツにしては、という部分もあるだろう。アイリの食べている和食セットのように、特別感もあまりない。
ただこれは、あの大会のルール上の影響が強く出ていたと言える。最後の勝敗は、総合のポイントで決まるからだ。
なので実際、このカレーを作った優勝者もそれなりにゲーム部分を上手くこなしている料理人の者だった。
「それに、減点部分が最も少なかった、というのも効いているね。食べ方を指定せず、好きに食べていい。主食を別注文することなく、最初からライスが付いている」
「……確かに、私のこれはステーキのみね?」
「わたくしのお料理も、『正しい食べ方』に迷うのです!」
一方カレーは、どう食べてもカレーだ。流石に定番メニューなだけはある。『ありふれていてつまらない』、なんてことは全くなかった。
「カフェでも違和感なく人気。味だって決して悪くない。むしろ、スパイスが研究され尽くしている。あの人もきっとプロ中のプロだよきっと」
「むしろ研究者とかかも知れないわね……」
ハルたち以前から、味覚の研究を重ねてきた者なのかも知れない。優勝も、納得ということか。
そんな、今回の総括を語り合いながらも、家族だけの落ち着いた自由な食卓は、のんびりと続いていったのだった。




