第996話 どうせなら欲張りに
「このアイスの問題点はですなぁ、単体のパンチが弱いことと、何より『慣れてしまうこと』、それにつきますぅ」
「うおっ、やっぱ来るのか! くぅーっ、ダメだったかぁ。百点満点とはいかなかったかぁー」
《思い上がるなよミナミ!》
《むしろ何でいけると思った(笑)》
《お前は素人なんだぞ!》
《でも、かなり頑張っていたね》
《そうだね、プロ顔負け》
「ん、まあ今回の為に特訓したからなぁ。それこそプロのご指導の下。コーチだコーチ」
コーチをつけて大会前に特訓など、それこそプロではないかとハルは思うのだが、彼の中では『真面目に自分の活動と向き合っているだけ』という意識のようだ。
「なんつーの? アイスというか、お菓子系全般だけどよ。きっちり手順通りに作れば、誰でも同じ味に出来るってのがあるじゃん?」
「それは、他のおりょーりも一緒だと思いますがぁ」
「難度の高低の話だ、君の感覚で語るんじゃないカゲツ」
カゲツにとっては全ての料理がレシピさえあれば同一に再現可能に見えてしまうのも仕方ない。
彼女は元AIの神様であり、ここは彼女の世界。望めば、常に同一の素材と環境が用意できてしまうのだから。
しかしミナミたち普通の人ではそうはいかない。そんな中、この大会に向けてアイスのレシピだけを徹底的に、体に叩き込んで来たようである。
重ね重ね、本当によくやるものだ。別に、これをやったところで優勝が確約されている訳でもないだろうに。
思うに、その常に本気で全力で取り組む姿勢にこそ、ファンは惹かれて彼を応援しようと思う気持ちが高まるのだろう。
「そんで、どーいうこったよカゲツさん? 俺のアイスのパンチは、抜群のはずだったが」
「これは、組み合わせて食べても問題ないように調整されているが故に起こった問題と言えますぅ。ケンカさせない為に、一つ一つがイマイチ尖りきれていない、そこが惜しかったですなぁ」
「んー、ケイオスちゃんの時はケンカしたからダメ、俺の時はケンカするパンチが無いからダメ。これじゃあ、複合系の料理に挑戦する奴が減っちゃうよん?」
「……そうなったら、申し訳なく思いますぅ。しかし、それを乗り越えて、奇跡的なバランスがあるはずだと私は信じているんです」
「茨の道だねぇ。カジュアル大会で求めるもんじゃねぇ、と言いたいが、リアル出店のチケットが掛かってるんだ、カジュアルなんて言い訳かなこりゃ」
カゲツの手厳しい意見に、真っ向から反発するミナミ。ハルとしては、こうした態度のプレイヤーが居てくれるのもありがたい。
それこそ、この世界の神であるように、全てがカゲツの言いなりで動いても不健全だ。本人もそれは望んでいない。
ミナミが視聴者と少しずつ距離感を測っていったように、カゲツにも、こうして時に衝突しながら良い関係を築いていって貰えたら、とハルは思うばかりであった。
「んじゃ次だな次! 慣れるってどゆこと? 味が混ざってボケちゃうってこと?」
「いいえー、ちがいますよぉ。言葉の通り、香りが慣れて感じにくくなるんですぅ」
反発しつつも、引きずらずにあっけらかんとミナミは次に移る。
カゲツとしては、特にこちらの方を問題視しているようだった。言うなれば批評のメインディッシュ。これに比べれば、先ほどの点などジャブでしかない。
そうとでも言うかのように、語るカゲツの口調にも自然と熱が入っていっているようだ。
「確かに、素晴らしい戦法ではあると思います。流石は、まだ味の方が心許なかった頃にも私を唸らせた恐るべき手順!」
「ローズちゃんの必殺技だもんなぁ。まじであの人何者なんだよ……」
「そですなぁ」
あまりこちらを見ないでもらいたい、と無言で主張するハルである。特に、何者でもないので。
「ん? つまり、ローズちゃんの技を先に食らってたから、それで耐性が付いちゃってた、ってこと!?」
「いえいえ。以前に食べたことがあるからと、評価を下げる私ではございません~。見くびりますなぁ?」
「流石は味のみが正義のカゲツちゃんだぜ! じゃあ、慣れたってのは?」
「それは単に、人間の体の『仕様』の問題ですぅ。人は、香りには慣れやすく出来ていますのでぇ」
「こんなに香り強いのに!?」
「強いからこそ、であるとも言えるでしょう~」
要は、匂いに、嗅覚に頼り過ぎた作りの弱点だと言いたいのだろう。
最高の感動は一口めがピーク。そこからは、徐々に慣れて味気なくなっていく。
しかし、ここは少し意外であったハルである。カゲツが、そこまで人間の感覚をこの体に再現していることに。
彼女は神様として、『慣れ』というある意味で邪魔な感覚は初期設定では薄く作られている。
慣れは『飽き』に繋がり、長い時間を生きるにあたって不都合だからだ。
嗅覚の麻痺は不快な匂いを感覚から遮断する為の体の防衛機能でもあるが、神にはそれも必要ない。手動でオンオフが出来るのだから。
しかし、その不都合を押してまで、カゲツは感覚を限りなく人間に近づけている。ただ食にこだわる為だけに。
これは言葉の上で感じる以上に、凄まじい覚悟である。何が彼女をそこまで求道者たらしめるのだろうか?
「あー、なるほどなぁ……、確かに味の方は、若干主張を抑えめだったもんなぁ……」
「ですが! この作品には、それを解決する様々な手段が備わっておりますぅ! 別の味のアイス! 甘さと共に香りも押し流すコーヒー! それらでリセットすれば、まためくるめく香りの世界へ私を誘ってくれるのですぅ!」
「お? それで良いんだ? なんだ脅かすなよなカゲツちゃんよぉ。デレ期か?」
まあ、食べ方に少々コツが要ることをマイナスポイントとしているのだろう。知らぬまま食せば、下手したら満足感の薄いまま食べ終わってしまうことになりかねない。
それを教える為の、彼女なりの遠回しなお節介といったところか。
しかし、そんな実食の際の注意点も気に掛けるということは、このミナミのアイスはなかなか見込みありなのではないだろうか?
現実に展開することも視野に入れた、カゲツの発言なのではないか。
そんな期待を抱かせる形で、ミナミの審査は終了を迎える。
ハルとしても、出来ればこれは実店舗でも提供したいメニューとなったのであった。
*
そうして、顔見知りの審査に続いて一般参加者の料理もハルとカゲツは試食していった。
カゲツはどんな料理でも実に美味しそうに完食していたが、欠点の指摘は控えるようにしたようだ。
ただ、そんな中でも『ハッキリと言って欲しい』という者もそれなりに多く居て、特にそれは料理人系プレイヤーに顕著に見られた。
プロに対して語ることがあるのか、と思いきや、カゲツは彼らにも容赦なくズバズバと斬りこんで行く。彼女を真に満足させる料理など、本当に存在するのか少々疑問のハルである。
とはいえ中でも分かりやすく絶賛される作品がいくつかあり、それらはポイント面でも次々とソフィーたちゲーマーの頭上を越えて行った。
序盤はゲーマー有利のポイントシステムではあったが、やはり最後のこの『最高の一皿』の占める割合は非常に重く設定されている。
まあ、優勝の重みは現実にまで影響を及ぼす物になるので、仕方がないといえば仕方ない。
「さて、これでぜんぶの審査が終了しましたなぁ」
「そうだね。ポイントは常時公開されている以上、この時点で勿体ぶることなく優勝者もハッキリとしている」
「私としては、アレが一押しだったのですがぁ」
「ぐだぐだと言うなカゲツ。そんなに言うなら、自分で自分の好みの基準をした大会を開くしかないよ?」
「わかりました! そうすることにしますぅ!」
……少し、考えなしの発言だっただろうか? 『やれるものならやってみろ』と言って、普通に出来てしまうのが彼女らなのだ。
まあ、今回はリアルコラボの関係上、ハルの方でルール制定に介入した点も多い。それでも、最大限カゲツの望みは聞き入れたつもりだが。
だがコラボ関係が絡まなくなれば、あとは本当にカゲツの自由な設定で大会を開くことも出来るだろう。
その時は、快く許可を出してやろうと心に決めたハルだ。
……いや、よっぽど、変なルールであったり、何か被害の出かねない内容でないことが大前提だが。
常識人に見えてカゲツもやはり神様。今回も、見ていてそれをまざまざと実感することになった。
「では、優勝者のおりょーりが、この後リアルで出品されることになるのですねぇ。私は行けませんが、楽しそうですねぇ」
「うん。みんなが、楽しんでくれるように僕も全力を尽くすよ。ただ、物理的にどうしても土地やらなにやらの制限があるから、混雑したら申し訳ない」
「リアルは不便ですなぁ~」
どうしても、ゲームのようにはいかない。スペースの問題の他にも、時間の問題もある。
便利にエーテル技術で料理を合成できると言っても、それも一瞬で<物質化>出来る訳ではない。
そこそこ高速だとハルも自負しているが、そのタイムラグが積み重なって、更に混雑を加速することだって考えられる。
そこに、頭を悩ませるのはこれからなのだ。大会が終わり、めでたしめでたしとはいかない。
「……ただ、やれる限り全力で、最大限良い物になるよう尽くすよ。提供するメニューに関してもね」
「おお! それでは、私の一押しおりょーりも!?」
「それはそもそも、『カゲツ特別賞』として既に展開が決定してるから……」
「知りませんでしたぁ~」
「知っといて?」
本当に、味のことにしか興味のない神様である。まあ、彼女は日本には行けない体なのでそれは仕方ないか。
カゲツの一押しとは、とある料理人プレイヤーの作った一品だ。その者は、その一皿以外の料理を一切制作しなかった。
本当に求道的で、カゲツが好みそうなタイプではあった。ちなみにブースすら使っていない。
もちろん、事前審査段階でのポイントはゼロ。カゲツの評価は上々であったが、さすがにそれだけでは上位入賞は果たせなかった。
そんな、まさに魂込めた一品。単体の評価値は最高であり、その一点のみでもって特別賞に、リアルコラボのチケットを勝ち取ったのだ。
その他にも、料理人プレイヤーや腕自慢を中心に、数々の料理が出店を決めた。
ハルの身内からも、ミナミがきっちりとランクインしていたのは流石である。やはりやるときはやる男。
「それでね、実際のメニューだけど、今回みんなの料理を食べていて思ったことがあるんだ。どうせなら、みんな出してあげたいってね」
もちろん、入賞は入賞。そこの特別扱いは譲れない。
しかし、せっかくの物理的制約の薄い展開が出来るのだ。ある程度の制限はあっても、出店を許可しても良いのではないだろうか。お出しできない出来の物はなかった。
ハルはそのことを、まるで夢でも語るように、視聴者へと語っていく。
なお、このことで後日自分が死ぬほど苦労することになるのは、言うまでもないことではあった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




