第995話 ただお客様を想って
ミナミが提出してきたのは、このままどこの店に出しても恥ずかしくないアイスの盛り合わせ。
がっつりとメインの料理を出してきた先の二人とは、対照的な選択だ。
ともすればシンプルなデザートだけでは審査に不利になると見て、選ばない者も多いのではないだろうか。そこであえてこれを出して来る胆力は、なかなかのものである。
「しかし、この視点は貴重だね。多くの人は、選ばれる為に凝った料理を選びがちだが、これは、選ばれた後のことを考えている」
「ふっふーん。そうともそうとも、そうなんだよねぇ! せっかくのコラボ店舗、開催したはいいがメニューが重いものばっかじゃあ、困るっしょ?」
「そうだね。高評価を得た料理が、全てメインディッシュになる可能性は低くはない」
「そこでぇ? 俺がその穴をしっかり埋めて、隙の無いメニューが出来上がるって寸法よ!」
《小賢しいぞミナミ!》
《正々堂々勝負しろミナミ!》
《そもそも受かること前提か!》
《ここで滑ってこそミナミだろうが!》
《戦略眼が運営目線だな》
《人気の配信者だけあるなー》
《ニッチ戦略ってやつか》
「おいコケるの期待すんなって! 俺のコラボメニュー食べたいって言えーっ!」
「美味しい立ち位置だねミナミ。勝ってよし、負けてよし。これは、勝ち続けることのみを求められる僕らのようなタイプには無い強みだ」
「いやいやいや! 俺だって勝つこと求められてーっすよ! ……ただぁ? ハルさんと比べちったら、ちょーっぴり実力が足りないし、この評価もやむなしかとぉ」
「謙遜しなくていいのに」
ハルのことを高く評価してくれているミナミだが、彼の今のスタイルもまた彼が、いや彼と視聴者が共に作り上げた貴重なものだ。
この世界、勝ち続けるのことは実に難しい。ハルのように、一歩“外れて”しまった人間でもないかぎり。
そこでファンに求められるものが『勝利』のみであれば、負けている期間は人気を失うことになりかねない。
人気の喪失は、収益の喪失だ。生々しい話だが。だからこそミナミの、勝っても負けても美味しいというスタイルは強い。
きっとここに至るまで、彼とファンの間には紆余曲折あったのだろう。そのことが、ありありと想像できる。
「しかぁーし! 『立ち位置が』美味しいと言われるのは心外っすねぇ。美味しいのは、このデザートよ! さぁ、お召し上がりください、お二方っ」
「そですなぁ。私も、味以外の部分で評価をすることはいたしませぬので~。そこは、お先にハッキリとお伝えさせていただきますぅ」
「……とは言うがねカゲツ。その結果、コラボメニューが全部ステーキにでもなったらどうするのさ?」
「それはそれでぇ」
「いや良くないだろ……」
「まあ、細かい所はお任せしますぅ。私は一切ブレることなしに、ただ味でのみ点数を付けさせてもらいますのでぇ」
「頑固だねえ」
「も、ももも問題ないですが? 味だってもちろん、自信ありなんですがぁ!?」
《ミナミ、終わったか……》
《安らかに眠れ》
《小賢しい戦略など意味なかった》
《求道者カゲツには通じぬ》
《味のみが正義》
《でも実際重すぎるコラボになったら?》
《そこはハルさんが調整するんじゃない?》
《良かったなミナミ、まだ生き残る目が出たぞ》
「撃沈前提にすんなって! まあ見てな」
どうやら味の方も、捨てている訳ではないようだ。ただの、穴埋めデザート枠狙いではないらしい。
そのミナミの自信のほどを確かめるべく、ハルとカゲツは揃ってカラフルなアイスにスプーンを通した。
「むっ!」
「へえ、これは……」
「そうれす! これは、この味はぁ! 一口含めば、フルーティーな香りがお口いっぱいに広がる! 舌の上で溶けるにしたがって、更にその香りが爆発しますぅ! そしてその爆風が過ぎ去った後に広がる、優しい甘みっ……! さわやかにお口の中を洗い流す、清、涼、感っ」
「カゲツは今回も楽しそうだね」
まあ、気持ちは分からないでもない。このミナミの作ったアイスは、それだけ計算されつくした味覚のエンターテイメントをハルたちの舌に提供してくれたのだ。
まずは口に入れた瞬間にはじける香りが嗅覚に暴力的に訴え掛け、それが引いた後に、味覚に控えめな甘さが流れ込んで来る。
一口で楽しめる二段構えの充足感。素晴らしい出来栄えだ。プロの仕事と比較しても遜色ないと言えよう。
やる時はやる男、それを今回も見せつけてくれた。普段から高難度ゲームにも挑戦しているだけはあり、凝り性であるようだ。
今回も、メニュー選定の段階からきっちりと対策を取り、『どうせ勝てないから』と甘く考えずに、必ず勝つ為の事前準備を重ねたのだろう。
しかし、この戦法、何処かで見た覚えのあるやり方だ。
「……ローズさんの使った手だね、これは。まさか、再現してくる者が出ようとは」
「そのとーりっ! かの超人お嬢様ローズちゃんが、プロトタイプで使ったワザ、それを、俺が引き継いだのだっ!」
「あれには驚かされましたなぁ」
懐かしむようにカゲツが空を見上げるが、別にそう昔のことではない。つい最近の話だ。
試作段階のカゲツキッチン、カゲツの天上コロシアム。そこで行われた料理対決にて、ローズ、つまりはハルが取った勝利への秘策。それが香りで圧倒することだ。
当時は味覚も他のゲームと同等にしか再現出来ておらず、その物足りなさを補うための苦肉の策だったとも言える。
それを、味覚データベースが充実したこの現状に合わせて、ミナミが引継ぎ仕上げてきたという訳だ。顔には出さないが、少々感慨深いハルである。
「あの試合を見た後、俺は閃いた。あれを再現出来れば、俺の活動の幅も更に広がると……」
「努力家なんだね」
「どど、努力とかじゃねーしっ! パクッて楽して、大儲けしようとしただけだし!」
《キョドんなミナミみっともないぞ》
《こいつ照れてやがる》
《褒められ慣れてないからな》
《餌を与えてはいけません》
《特に相手がハルさんだからなぁ》
《実際、その行動力は凄い》
《まぁ、直後のこのゲームが出ちゃったけど(笑)》
《不憫なのは相変わらず(笑)》
「それは申し訳ない。君の独占コンテンツになるはずだったのに。完全上位互換が出てしまった形になるんだね」
「いやいや、いーのいーの! 所詮ローズちゃんの真似っこだしなぁ! ホントはローズちゃんメインで売り出せればと思ってたんだがよ、連絡つかねーし」
「それは災難だったね」
「まっ、『企業秘密』つってたしな。聞けたところで教えてはくれなかったっしょ。……てかもしかして、ローズちゃんコレにも関わってねぇ?」
「それは、企業秘密だね」
関わっているし目の前に居る。この話は危険なので、ここまでだ。さっさと話をはぐらかさねば、ならぬのだ。
「しかし、ローズさんに聞いたのでなければ、君はどうやって再現を?」
「ヒントは出てたからな! 彼女は、とある栄養スティックの会社を参考にしていたらしい。ならば俺も、その会社に教えて貰えばいいだけのこと!」
「取材に行ったんだ。それは本当に、行動力があるね」
「スタッフの皆さまが一晩で取り次いでくれました」
《卑怯だぞミナミぃ!》
《企業の力を借りおって!》
《恥ずかしいとは思わんのかね?》
《チートはいけないと思うの》
「企業あっての俺ですぅ。使える物は何でも使いますぅ経費で課金もしますぅ」
「こらこら。この放送であまりケンカを売るんじゃない。君たちの関係性を知らない視聴者も居るんだよ」
「あっ、すいません、また何時ものノリが……」
ミナミもミナミで、この辺は相変わらずのようだ。完璧な先輩でなくて何だか安心するハルだった。
「ってなわけで何と、快く手ほどきを受けることが出来たんすよ。ご協力に、感謝してます。ここでは出せませんけど、後で提供が出ます」
「ん? ああ、そうか。今度は僕にケンカ売ることになるからか。別に良いのに」
「いやそういう訳にも……」
どうやら、良い機会だからとミナミを通して自社の技術力をアピールしようとしている企業が居たようだ。
今回のハルのこのゲームとそのリアル展開は、そうした企業にもダメージを与えてしまったのだろうか?
……まあ、そこもあまり気にしてもキリがない。カゲツにも自分で言った通りだ。
そのダメージよりも、世界に与える良い影響が大きいと信じて行動しようとハルは思う。
「さあさあ、そんな俺の事情は置いといて、食った食った! まだまだ他にも、味はあるんですぜぇ」
「確かに。カラフルで綺麗だね」
「目移りしちゃいますなぁ。今度はこの、イチゴ味っぽいピンクのにしましょ」
「おっと。赤いからイチゴなんて、単純に考えちゃいかんぜよ?」
「むむっ!」
どうやらその赤にはバラの芳醇な香りが添付されていたようだ。
顔をしかめたくなる気持ちを、なんとか抑えるハルである。明らかに『ローズ』意識のチョイスだからだ。
とはいえ、その予想外のパンチもまた戦略的な良い攻撃だ。赤いからイチゴ味、という誰もが感じる常識。それに逆らって見せることで、落差が生み出す味の衝撃は倍化するのだ。
やりすぎれば混乱を生み逆効果になるその匙加減、ミナミは見事に制御してみせていた。
「混ぜて食べても、“俺のは”美味しいんすよぉ? 是非お試しあれ。あっ、ここでコーヒーもいかがですか、お客様?」
「ケイオス様を挑発していきますなぁ」
「やかましいぞミナミぃ! メニューを追加するなミナミぃ! 卑怯じゃねーかっ」
「残念でしたぁ。コーヒーも最初からメニューに含まれてますぅ」
《うぜぇ(笑)》
《他の参加者にもケンカを売る(笑)》
《死体蹴りしていくスタイルぅ!》
《マナー×》
《だから裏で怒られるんだぞ?》
こんなミナミでも、この態度は全て場を盛り上げる演技であって、本人は生真面目そのものというのが面白い。
それこそ、人生をかけて『ミナミ』というキャラクターを『ロールプレイング』しているのかも知れない。
今回のメニュー選定だってそうだ。あくまでもお客のことを考えて、リアル店舗に必要そうなメニューを見繕って来てくれた。
もちろんそれは、隙間を埋めることで合格率を上げる打算も含まれているのだろうが、彼のあくまで視聴者を想うスタイルからは、そう感じざるを得ないのだ。
カゲツの基準では、もしかしたら絶対評価はそこまで稼げないのかも知れない。
しかしハルとしては、そうした味には表れないミナミの、そしてソフィーやケイオスたちの心意気もまた、汲んでやりたいとそう感じる気持ちが強くなったのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




