第994話 世界に与えるもの受け取るもの
「ごちそうさまでしたぁ」
「うお、すげー食べっぷり。一切れだけで箸を置かれたら狙いが破綻するなって心配はしてたが……」
「まさか完食されるとは思わなかったかいケイオス?」
「おう。審査って完食しねーだろ普通?」
「まあ、カゲツの場合は半分、自分の趣味入ってるから……」
人間の美味しいお料理が食べたくて、その一心でこのゲームを開発したカゲツだ。ハルたちに接触したのも完全にこの為。
もちろん審査もきちんと行ってはいるのだが、それよりもまずは、自分の欲望を満たすことを優先している気がしなくはない。
「そでした。忘れるとこでしたな、審査ですなぁ」
「忘れないで?」
「ほいでわ、ケイオス様のおりょーりの審査結果はこちら! どどん!」
「むっ!?」
ハルたちの背後に、カゲツの合図と共に巨大なパネルが出現する。そこには現在の参加者の獲得したポイントがランキング状に積み上げられており、現状ではソフィーがトップ。
その暫定首位の座を、ケイオスのポイントメーターが目まぐるしく回転しつつ上回り、位置を交代していった。
「っしゃあ! 暫定トップじゃあ! ……しかし僅差だな。ソフィーちゃんの審査よかポイントは高かったけど、そこまで大したことはなかった、ってことか」
「わざわざ分析しなくてもいいのに。やはりマゾなの?」
「向上心が高いと言って欲しい!!」
ダメ出しされてしまったソフィーと僅差ということは、ケイオスの料理評価もそれに近いということだ。
それをわざわざ、自分から確認しに行くとは漢であった。これから華々しく散るであろうケイオスに、ハルは心の中で敬礼を送っておく。
「……いえそのぉ。私もべつにダメ出しをしたいという訳ではないのですがぁ。単にこうすれば、もっと美味しくなるだろうな、というのをですね?」
「それは分かるけど、そう一朝一夕で進化はできないものだよカゲツ?」
「とっても美味しく頂けたのは紛れもない事実なのでー」
「構わん! さあ、どんと来るがいい! さあさあ! オレをぶって!」
「開き直ってノリノリになるな。気持ち悪い」
「ハルの方からぶたれたーっ!」
ノリが良いのは結構だが、放送中なのでやりすぎは気を付けてもらいたい。
ケイオスとそんなコントを繰り広げつつ、ハルたちはカゲツの審判を待つ。これで、多少なりとも空気がやわらげばいいのだが。
「それでは、僭越ながら改善点をば。まずは前提として、衣の方は非常によく仕上がっておりました。よくよく練習されましたな?」
「まあ、ゲームだからな。大会に向けて訓練は欠かせない。元々慣れてたってのもある」
「意外と家庭的なんだよねケイオス」
「ほっとけー」
「ですが、ケイオス様はその衣にて包み込むことで異なるお肉も調和させられるとお思いだったようですが、やはり不協和音はぬぐえませぬ。欲張らずにどれか一つに絞った方が、統一感が出てよろしかったのではないかとぉ」
「くっ! なるほど! サプライズを演出することに頭が行き過ぎていたというのか……」
「……しかしカゲツ。これでもしケイオスが普通のカツ丼を出して来ても、それはそれで面白みがないということにならない?」
「なりませんよぉ。どんなにありふれていようが、美味しい物は美味しい。そこを、違える私ではありませぬぅ」
あくまで料理としての完成度。それのみがカゲツの審査基準ということだ。
ここに関しては、ハルは少々異なる基準だ。やはりお祭りとして、相応しい特別感は評価したい。
最終的にリアルコラボとして、日本のお店にも登場することになるのだ。そこで出てくるのが、美味しいけれども、ごくありふれたメニューばかりでは華がない気もする。
まあ、そこは『カゲツ賞』、『ハル賞』のように色々と理由を付けて分ければいいだろう。
あくまで今は、カゲツの好きにやらせようと思うハルなのだった。
「うっし! 分かったぜカゲっちゃん! これからはアドバイス通り、小手先の小細工に頼らず食の道を究めて行くぜ!」
「頑張ってくらはい~」
「お前それでいいのかケイオス」
これからは料理人でも目指すというのだろうか? まあ、前回の莫大な賞金が入るので好きに生きればいいのだが。
とはいえ飲食業界は現代においても、気軽に参入すれば痛い目を見ることは変わりない。どうか考えなしに開業して賞金を『溶かす』ことのないように願いたいものである。
そんな、すがすがしい背中で去って行くケイオスを眺めながら、一抹の不安に襲われるハルである。
*
「うーん。本当に、今ので良かったのでしょうかぁ?」
「どうしたのカゲツ。今さら己の言動を省みてるの?」
「いえその、感想そのものは偽りのない気持ちですよぉ。そこは曲げることはありません~」
「それなら?」
「でも、それをケイオス様に伝えたことで、あの方の今後の道を左右してしまったのではないかとぉ」
「安心するといい。どうせ奴は料理人になったりはしない」
「そではなくてですな?」
では、どういうことだろうか。ハルは黙って、カゲツの言葉を待つことにする。
少しの間をおいて、カゲツはとつとつとその心中を語りだすのだった。
「もしかしたらですなぁ? ケイオスさんの三色カツ、あれはあの方向で進化していけば、いずれ今の欠点を克服した素晴らしいおりょーりになっていた道もあったのではないかとぉ」
「なるほど。自分の言葉で、その道を閉ざしてしまったんじゃないかと心配してるんだ、カゲツは」
「はいな~」
ともすればそれは、一つの輝かしい未来を消してしまったことにもなりかねない。
カゲツも実際に美味しそうに食べていた三色丼、それがもしかしたら、更に美味しく調整されて再登場したのかも知れなかった。
それを今回カゲツは自分の言葉で、無責任に軌道修正してしまったと感じているようだ。
「まあ、その側面はあるとは思うよ」
「やっぱりですかぁ」
「でも、気にすることはない。むしろ自分にはそれだけの力があると、自信を持っていいんじゃないかな? その影響力を得るほど、君のゲームは評価されてるんだ」
「はぁ」
このゲームの味覚の再現度が素晴らしいからこそ、その審査を務めるカゲツの言葉は信用される。
カゲツにはそれを苦にするのではなく、むしろ力として活用する図太さを持って欲しいとすら思うハルだ。
自己が他者に与える影響を自覚し過ぎると、いずれ雁字搦めになって何一つ行動を起こせなくなる。
そうなるよりは、『自分でも相手を変えてやれた!』、とポジティブに考える方が健全なのではないかとハルは思うのだ。
……なんだか、カゲツを通して自分に言い聞かせている気もする。ハル自身も、世界に与える影響度で悩む事に関しては人のことを言えはしない。
「そうだぜ! 俺らは時に発言を間違えてしまったとしても、世界に与える影響が良いものだと信じて進み続けるしかないのだ!」
「ミナミ。確かに、君も失言多そうだね」
「おおよぉ! こーれがよく裏で怒られちゃったりしちゃったりしてぇ。……って俺いま凄い良いこと言ったよねぇ!? なんで俺に矛先向いちゃってんのぉ?」
《思い上がるなミナミぃ!》
《普段の言動を思い返すんだ》
《上から目線で言える立場かぁ!》
《でも良いこと言ったぞミナミ》
《お前に救われた人間も、まあ居るんじゃね?》
「居てよぉ! そこは居るって言ってくれよな。まぁ、そんな感じで? 悩むよか一人でも多くに希望を与える為に動くのが吉っ!」
「勉強になりますなぁ」
「君のファンも、こう言いつつも君に救われた人も多いんだろうね」
「よせよせ。止めろ止めろ。営業妨害だぜぇ旦那ぁ」
……別に妨害ではないと思うが。まあ、『キャラではない』ということだろう。そこは、彼と彼の視聴者のやり方を尊重した方が良いのかも知れない。
そんな、電脳世界での活動としては大先輩にあたるミナミ。またも彼に助けられる形で、放送が暗い雰囲気に沈むことは避けられた。
事なきを得た、というだけでなく、むしろ緩急がつくことで逆に盛り上がったのかも知れない。
ミナミの発言に後押しされるように、コメント欄にはカゲツを励ます視聴者の声が次々に寄せられていた。
《カゲツ様ファイト!》
《これからも味覚業界を盛り上げてくれ!》
《たくさん食べる君が好き》
《美味しそうに食べてるの見ると幸せになれる》
《アドバイスはきっと間違ってないぞ!》
《次のケイオスはきっと上手くやってくれるでしょう》
《合掌》
《カゲツちゃんお嫁さんに来てー》
《料理作るのはお前だが?》
《しまった!》
こうして、日本の人々と非常に近い立場で接することになる神様は、彼女らの中で初めてかも知れない。
カナリーやセレステよりも、ずっと距離の近い立ち位置と言えよう。
それ故に色々と問題も出るだろうが、それ以上にきっと得るものがあるはずだ。ハルも、叶うならそれを見てみたい。
「っとまあそんな感じで? 次は俺の審査のターンだな! あっ、お手柔らかにお願いします。優しく、腫れ物を触るように丁寧に。しかし遠慮し過ぎず、嫌味にならず、時にはズバッと! 最後は流れでお願いしまぁすっ!」
「注文が多いね……」
いつの間にか、この場はそんなミナミのペース。彼のブースへとハルたちは案内されると、そのうちの一つに通される。
そのブースは、現代風のオシャレなカフェ、といった感じか。普段からファンタジーよりも現代的なスタイルで活動し、前作でもそれを保った彼らしい。
そして同時に、これは恐らく既にリアルコラボで出店する時のことも考慮に入れたイメージであると推測される。
恐らくは、ミナミは既に経験済み。過去に、カフェメニューの一つや二つ、自分の名前で提供したことがあると見た。
そんな、“現地”を知る彼の手つきは実に慣れたもの。人気の看板キャラクターとして、普段の軽薄な態度は鳴りを潜めて、ウェイターに成り切って丁寧に給仕してくれる。
「お待たせしました。ご注文のコラボメニュー、ミナミ特製、『開闢のジェラート』セットでございます」
アイドルたる彼が手ずから運んでくれたのは、カフェでの展開にも違和感のなさそうなアイスの盛り合わせ。
色とりどりに美しく、目にも楽しいそれが、ハルたちの来店をお出迎えしてくれるのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。
なお、カゲツの「ほいでわ」はわざとやっているとご了承いただければ幸いです。




