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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
新章 カゲツ編2

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第993話 驚天動地の

 なかなか厳しめのカゲツの審判が終わり少々会場がざわついているようだ。

 まあ当然だろう。あのソフィーの後に審査を受けたいと思う者は多くなかろう。


「ほらカゲツ。君が上げて落とすもんだから参加者が萎縮いしゅくしちゃってるよ。褒めるだけに出来なかったの?」

「別に、上げて落としたわけではございませぬがぁ……」

「結果的に同じことさ」

「う~む。私としては、どちらも嘘偽うそいつわりない感想なのですが」


 それは分かっている。彼女らは元々嘘がつけない。食事に感動するカゲツも、チクチクとダメ出し、もといアドバイスするカゲツもどちらも本物。本心からの言葉である。

 ただ、この大会は比較的カジュアルなもの。素人しろうとでも気軽に参加できるものだ。気軽に否定は、されたくはなかろう。


 ハルがそんなカゲツの悪癖あくへきをどうしようかと悩んでいると、参加者の方からそれを解決する声が、『我に策あり』とばかりに投げ込まれて来たのだった。


「では次はオレだハル! オレならどんなにコキ下ろされようと、決してへこたれることなどない!」

「うわ、マゾのひとだ。当店はドMお断りだよ。どっか他所のお店に行ってくれないケイオス?」

「って酷いなぁ!? せっかく叩かれ慣れているオレが、『この程度なんでもない』ということを示す手本になってやろうと登場したというのに!」

「叩かれない方法を考えようよ……」


 せっかくと言うなら、せっかくハルがカゲツの事を止めようと考えていたのに逆効果である。

 まあ、ケイオスの場の雰囲気を和やかにしてくれた心意気は買うし、参加者にそこを気にさせてしまった時点で主催としての力不足を痛感するばかりなのだが。


「おっと、その役目ならオレにこそ相応しいぜぇ? この程度、挨拶にもならないとオレが身をもって教えてやるよ!」


《うわミナミだ!》

《何しに来たミナミ》

《ひっこめミナミ!》

《けちょんけちょんにされちまうぞ!》

《もっと自分を大事にしろ》

《うむ。ミナミでは役者不足》

《俺らが構ってやっから、下がっとけ?》


「な? 俺こそ適任っしょ?」

「……お気遣いはありがたいけど、君のそれはいつ見ても惚れ惚れするよねえ」

「そんな感心するとこじゃないんですけどぉ!? 俺、イジメられているだけにしか見えませんよねぇ!?」


 ケイオスに続き、ミナミも視聴者との何時ものやり取りを引っ提げて登場する。こちらは、愛があるからこそ成立しているタイプだろう。

 ……愛はある、はずだ。視聴者たちも本心では、ミナミの事が好きなはずである。


 彼もまた、我こそはと名乗りを上げて挑戦してくれることとなった。エンターテイナーとして未熟なハルを、熟練のミナミに助けられた形になるのだろう。

 ローズとして接した期間のことは伝えていないが、かつての仲間が助けに来てくれたようで、なんだか頼もしい気持ちになるハルだった。


「っつーわけで、ここは俺に任せときんしゃい? 魔王様は、トリでどっしり構えときゃいいんすよぉ」

「えっ? 魔王とか何言っちゃってるのこの人? 知らないなー、覚えがないなー。ダメだぜ? 脳内の中二設定を人に押し付けちゃ」

「うわっ、この人はっ……」


 そんな二人の活躍で、場と放送の空気を和らげてもらいながら、ハルとカゲツは次の審査へと向かうのだった。





「じゃあオレからな。早い者勝ちだ!」

「うーいっ。せいぜい頑張んなー」

「腐るなミナミぃ。情けないぞミナミぃ」

「視聴者の真似すんなってのぉ!」


《腐るなミナミ》

《情けないぞミナミ》

《トッププレイヤーの同窓会だな》

《確かに、ここまで全員経験者だ》

《特に魔王様は唯一のスピンオフ元経験者》

《魔王? 誰の事だ、知らんな……》

《俺のログにも何もないな……》

《ここで名乗りを上げられるのが人気の元か》

《ワシらが育てた》


「はいはいマイドお世話になってまーす。お前らに育てられた覚えはありませーん」


 相変わらずの小気味こぎみの良い掛け合いを途切れることなく続けるミナミに見守られつつ、ケイオスの審査の順番となる。


 彼の用意したブースは、和風の小物が雑多にひしめく木のブース。

 木製のテーブルはブース一杯に広がり、小棚のようなでっぱりも各所に突き出していて何だか狭苦しさを感じる。

 しかしその狭さは苦痛ではなく、何だか安心する空気を感じてくるから不思議だ。


 まるで行き馴染みの、古き良き大衆店にでも入ったような安心感。

 もちろんハルは、そのような店になど入った試しはないというのに不思議なものだ。


 隣り合ったブースからは、まるでガヤガヤと騒がしい他の客の気配すら感じられるようで、これもブースの効果なのだろう。

 ブースは五感に訴えかける。それは、聴覚ももちろん対象だ。この話し声のような意味を成さないノイズもまた、このブースの環境効果。

 意識を集中すれば、隣の客の食べている料理の匂いすら感じられるようで、それが食欲を刺激してくる。


「……いや待て。隣のブース効果、貫通してないよね? これってあくまで、このブースの環境効果だよね?」

「そのはずですよぉ。多種ブースの組み合わせによる相互作用を封じる設計にしたのは、ハルさんじゃないですかー」

「うん。でもまるで、そんな気配がしちゃったからさ」

「ちっ、やっぱコンボ効果は無いのか。だが、雰囲気作りはバッチリはまっていたようだな!」

「……隣接ブースに干渉すると、君みたいのが絶対に悪用するからね」

「よー分かってらっしゃる」


 とはいえ、雰囲気だけで錯覚させたのは見事という他ないだろう。ケイオスのブースは、どれも似たような大衆的なイメージを感じさせるものが揃っていた。

 戦略としては審査における幅が狭まるので一概いちがいにプラスとばかりは断じられないが、それを押しても揃った際のこの空気感を重視したのだろう。


 ゲーム性を高めるなら、ケイオスの目論んだようにブース同士の相互効果も実装しても良いのだが、その場合少々“危険”が大きい。

 このブースのシステムは、五感から脳に働きかけて、脳に『錯覚』を引き起こす仕組みになっている。

 その性質上、全ては一個一個で完全に調整されており、その中で完結している。


 それが別のブースと干渉して相互作用を引き起こすと、ハルですら想像しなかった『バグ』を引き起こす可能性が否定できない。

 しかも、ここで言うバグはゲームに対してではない。参加プレイヤーの脳に対して発生するバグなのだ。その穴は開発者として、しっかりと塞いでおかねばならなかった。普通に意識不明が起こりかねない。


「しかし、コンボが失敗に終わろうともコレ一つでオレには十分! さぁ、とくと召し上がるがいい!」

「おお、これが噂の魔神流か」

「いやオレはもう魔王じゃないから魔神流でもないっつーの。いつまで引っ張るんだって」

「無論、いつまでも」

「やりづれぇ! ともかく、こいつが我が至高の一皿、『豪華三色カツ丼』よ!」

「ふむ?」

「これまた、美味しそうですなぁ!」


 ハルの発言に引っ張られてか、なんとなく『魔王様』の片鱗へんりんを出しつつもケイオスが料理を運んでくる。

 それは、この落ち着いた店の構えに相応しく、やはり大衆向けのメニュー。カツ丼のようだ。


 ソフィーの最高級ステーキの後にはなるが、カゲツは一切の残念な顔をすることなく、その料理に顔を輝かせている。

 本当に、食べることが大好きなのだろう。こんな顔をしてくれるなら、料理のし甲斐もあるのだろうな、などと隣でなんとなく思うハルであった。


「……しかし、三色?」

「どう見ても、一色ですねぇ? ごはんとソースも合わせて、三色なんでしょーか?」

「いやさすがにそれは残念すぎっしょ? 食ってみりゃ分かるって」

「中身がサプライズなんだ」

「なら、お名前ももっと練りませんかぁ? サプライズ感に欠けると言いますかぁ」

「注文の多い奴らだね君ら!? わかった、わかった。じゃあ『驚天動地きょうてんどうちのカツ丼』ってことでヨロ!」


 なんとなく、強そうな名前を付けなければいけない流れを作ってしまったようで少々後続の参加者に申し訳ない。

 悪乗りしすぎただろうか。ハルの悪い癖である。


「ではではではでは? 早速ながら、いただきます!」

「いただきます」


 二人ではしを手に取り、揃ってカツにかじりつく。揚げたての衣のザクザク感が、実に口内を楽しませてくれる。

 ソースの程よい酸味と、あふれ出る肉汁にくじゅう、それらと衣の油が絡まって、濃厚だが嫌味のないスッキリとした味わいを演出している。

 この仕上がりは、なかなか出せるものではない。ハルも自分でやってみて、良く分かる。


 揚げ過ぎてガリガリに硬くなったり、または油でべちゃべちゃになったり、単純でありながら難しいものなのだ。

 まあ、そんなお世辞にも上手くいかなかった料理でも、皆で食卓を囲んで食べればどんな高級料理よりも美味しい物なのだが。


「……っといかんいかん。ノスタルジーに浸るところだった。おのれケイオス」

「これぞ、このブース効果って訳よ! ってそれ多分オレ関係ないよね? 言い掛かりだよねぇ!?」


 記憶から味を引き出す効果のあるブースだ。ともすれば、そちらに意識を引っ張られすぎて正確な審査が難しくなる。

 しかし、そんな効果にも惑わされることがないのが我らがカゲツだ。美味しそうにしつつも、先ほどの疑問を忘れることなく可愛らしく小首をかしげていた。


「ふむふむ? まだこれでは、『三色』感がありませんなぁ? 謎の鍵となるのは、次の一切れにあると見ました。いざいざ!」

「相変わらずの食欲だねえ」


 電脳空間ゆえ満腹にはならないが、カゲツほどガツガツと行く気にはならないハルだ。『油物だ』という意識も、ブースによって増幅されているのだろうか?

 そんなハルを尻目に、カゲツは二切れ目を豪快にかき込んでいく。そして何を悟ったのかカッと目を見開くと、続いて三切れ目のカツを休むことなく口に放り込んだ。


「ほれは、ほの味わ! そういうことらったんれすねぇ!」

「……いいから飲み込んでからにしなさい。はしたない」


 ハルの言葉に逆らうように、カゲツはむしろ続けてご飯を詰め込むように口に追加していく。その様子がもう言葉以上に、このカツ丼への評価となっていた。

 ハルが喋るなと言ったからか、饒舌じょうぜつな料理評はお休みしただ食べることへと集中するカゲツ。

 お世辞にも品のある姿とは言い難いが、かといって下品さはない。まるで、大衆店ではこれがマナーとでも言わんばかりだ。


 気を抜いていてはカゲツがただ最後の一粒まで美味しそうに食べるだけの放送になってしまう。

 ハルは彼女の代わりに、このカツ丼の何が三色なのかという疑問を視聴者に向けて解説することにした。


「うん、なるほど、やっぱり一切れごとに肉が違うね。これは鳥の……」

「ムネ肉だ! さっぱりとした淡泊さが、逆にカツに合うんだぜ!」

「へー……。で、こっちは牛肉で、基本の豚と合わせてこれが『三色』と」

「そのとーりっ! オレ、気付いちゃったんだよね。カツってのは、衣とソースが八割で、それさえあれば中身が何だろうと『カツだ』って感じるものだと……」

「怒られろ……」


 まあ、ハルとて食べていてそう感じた部分はある。良く言えば、衣が異なる肉に調和をもたらしているという事だろう。


 そんな、ケイオスの変わり種のカツ丼。高級料理でないのが彼らしいと思う。

 さて、気になるのはカゲツの評価。この少々変わっていようともありふれた料理。彼女はいったい、どう評価するのだろうか?

※誤字修正を行いました。「三食」→「三色」。三食カツ丼は、ちょっと重いですね?

 誤字報告ありがとうございました。ルビのミス気づきませんでした、申し訳ありません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] もうダメだぁ……おしまいだぁ……至る所マゾだらけだぁ……。一人現れると三十人はいるというマゾが二人も連続で現れるなんてぇ……。 いや、片方は自前のツッコミ群を大名行列のように引き連れた芸人…
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