第991話 世界に許された贅沢の極み
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「しゅ~りょ~。ここからは、審査タイムに移りますぅ」
「どなた様も調理の手を止めてほしい。まあ、やろうとしても厨房が消え去ってしまうので無理なんだけど」
「諸行無常ですなぁ」
最後の一瞬まで、ギリギリの料理を続けていた者たちから無情にも食材と調理器具が没収される。
ここからは純粋に審査の時間。これまでに作った自信の料理の数々を、ポイントへと変換していくのだ。
そして、その中でも特に審査の比重が重くなっているのが、ハルとカゲツが直接試食する一皿である。
今まで通り、品数は多ければ多いほどポイント面では有利となるが、それだけで勝てるようには出来ていない。
あくまで、リアルコラボの選定対象であるこの一皿が、このイベントの『メインディッシュ』であるのだ。
「とはいえ、『最終問題に正解したら一億点』みたいなバランスにはしていないつもりだ。そこが純粋な味勝負をしたい人には不満かもしれないが、あくまでこれはゲームだと納得して欲しい」
「他のポイントとの差で負けてしまったら、どんなに美味しくてもリアルコラボには出られないんですかぁ?」
「いや、そこは救済策というか、特別賞が用意されているよ。優勝は逃しても、その一皿が突き抜けていればコラボのチャンスは存在する」
「そんなら、そのコラボに賭けての全力投球するのも、また戦略の一つになるんですなぁ」
実際、そうしている者もちらほら見かけられる。
ポイント面で不利になるのは承知で、最高の一皿に全力投球しているプレイヤー。彼らは最初からそのコラボ枠のみが目当てで、現実に自分の作品が広まる事のみを夢見ている。
最初から、そうした一皿限定の勝負にしようかとも思ったハルだったが、やはりこのゲームの本質はどこまで行っても『ゲーム』。
あまり、そうした商業展開ばかりに目を向けすぎるのも良くないだろう。
「さて、とは言ってもそんなメインディッシュは最後のお楽しみだ。今は、僕らも審査の様子を見て回ろうか」
「はいな~」
事前審査も本審査も、イベント展開の都合上時間制限がある。しかし、最高の一皿だけは別。
ハルとカゲツが直接審査するその一皿だけは、時間制限なしに全ユーザーが必ず審査を受けられる。
なので今はまだイベントフィールドは、一つでも多くの作品提出を求めてプレイヤーたちが騒がしく飛び回る戦場が引き続いているのであった。
ハルとカゲツは、実況席から下りてその渦中へとのんびりと足を運んでいく。
「やあ。やっているかいみんな。ああ、いや、そのまま続けてくれていい。貴重な時間だ。挨拶とかいいから」
「モテモテですな~」
「いやモテている訳ではない。まあ、でも、ゲームを楽しんでくれていて何よりだよ」
味覚業界に革命をもたらしたシステムの開発者として、ハルは一部では一躍時の人扱い。
共有スペースに降り立つと、多くの者がわざわざ挨拶に駆けつけてくれた。
皆、口々にハルとこのゲームへの感謝を述べてくれている。
開発者冥利に尽きるというものだ。とはいえ、貴重な審査時間を使ってわざわざ挨拶に来てもらうのも忍びない。
ハルたちは足早に、比較的迷惑を掛けても問題ない知り合いの元へと足を運ぶのだった。
「あっ! ハルさん!」
「こんにちはソフィーさん。調子はどう、と、聞くまでもないようだね」
「うん! 絶好調だよ! このゲームの攻略法、見つけちゃったね」
「それは何より。しかし今回は、攻略以外にもお料理の腕も問われる大会だけど、そこは大丈夫そう?」
「あは、あははは……、うん、よゆーよゆー……」
余裕ではなさそうだ。元気いっぱいのソフィーの顔が珍しく曇る。
どうやら、料理は割と弱点の部類のようだ。多くの者がオリジナルで料理を作っている中で、ソフィーは苦戦しているようだった。
このあたり、『ゲーマー代表』といった感じがする。
リアルコラボ用の審査は捨てて、得意のゲーム効率部分で勝負をかける。誰が何を言おうが、ポイントさえ取ってしまえばゲームではそれが正義。
そんなゲーマーの想いを体現したかのような効率を極めた彼女のポイントは、その自信の高さを裏付けるように現在トップを独走していた。
「すごいじゃないか。流石はソフィーさんだ」
「うん! 主催者の弟子だもん、カッコ悪い姿はみせられないよ!」
「弟子だったんですぅ?」
「弟子ではないが」
「歌って殺せるアイドルを目指すんだもんね! お料理バラエティーにも出演できるように、頑張らなくっちゃ!」
「うん。殺すな殺すな。まずは、発言に気を付けないとお料理番組には呼んで貰えないかもね?」
ソフィーはやる気満々だが、別に苦手なジャンルには挑戦する必要はないとハルは思う。
料理を題材にした放送に出られなくとも、今の時代活動に困ることはないだろう。業界の人には申し訳ないが。
アイドルというのも適当な言葉が見つからなかったため言っているだけの所がある。要は、スポンサーが付いて仕事が出来ればそれでいいのだ。
型にはまったアイドル活動をソフィーに強要するつもりはない。まあ、本人がやりたいというなら別に構わないが。
……というか今さらだが、ソフィーは歌えるのだろうか? よく『歌って踊れる』を目指しているが。
「まあいいや。なるようになるだろう」
「実際、いいのではないですかぁ? おりょーりバラエティー」
「というのは? どういうことだいカゲツ?」
「いえなに、ソフィー様がどうこう、というお話ではなくてですねぇ。データベースやマテリアライザの認証キー、このライセンス販売をそちらの業界様に向けて、狙いを定めるのもありなのかとー」
「お仕事の話だね!」
「どうどう。落ち着いてソフィーちゃん。僕のお仕事の話で、君向けじゃない」
話に出ていた、『アイドルの手料理』の関係だろう。事実、既に問い合わせが来ているという話だ。
このゲームのシステムを利用してアイドルなど人気のタレント活動者に料理をさせるイベントを開き、そこでの完成品を現実に出力して集客する。
これまでも、コラボ店舗としてそうした物はあった。商品がイメージレシピから、『実際の手料理』へと変化するとなれば更に付加価値は増すとの考えだろう。
「まあ、ゲーム内で特殊イベントを開きたいという話だったらカゲツに任せるよ。自社システムを構築したい、という話だったら僕の仕事だね」
「はいなはいな」
「そして私は、そのイベントに出るんだね!」
「……まあ、出すのもやぶさかではないけど。それも今回の成果次第かな? せっかくだ、審査の様子を見てあげよう」
「まっかせて! ……ま、まっかせて!」
「……何故言い直した」
ポイントは順調ではあるが、実に不安の残るソフィーのこの様子。
いったい彼女は、どのようにここまでのポイントを稼いだのか。それを、間近で見てみるとしよう。
*
ソフィーの戦略は、徹底的にゲームシステムを効率的に利用した物だった。
そこに見栄えやオリジナル要素は一切不要。ひたすらに、最高率の反復作業を繰り返す。
ともすれば退屈になりかねないそれも、彼女の卓越した技巧をもってすれば何故か芸術的に感じられるから不思議だ。
ハルは彼女が、まるで小刀のような大ぶりの包丁を豪快に振り回し、次々と獲物の部位を解体していく試合中の録画を見ながら、その戦略を確認していった。
「実は、やってることは普段のプレイと変わらないんだ。私のお店も、こうやって経営してるんだよ!」
「なるほど。だからこその『攻略法』、だからこそのこのブースか」
「うん!」
ソフィーの持ち込んだ『ブース』は宮殿の豪華なバルコニーを模したかのような東屋のような支柱に囲まれたスペース。それが三つ。
彼女は多様性やアレンジを完全に捨て、このブース一本で勝負に出てきたようだ。
最高効率以外は、一切不要。そんな、ゲーマーのエゴを押し通したかのような戦略である。
とはいえ、実際に有効な手だから困る。持ち込みブースを絞り、事前格差を抑えた本イベントだが、それでもなおソフィーのブースは頭一つ抜けた格差を見せつけてしまっているのだった。
「現状、コレ一つでも持ってたらやりすぎですのに、ようやりましたなぁ」
「寝る間も惜しんで営業したからね!」
「その営業の内容が、これか……」
「そう! 最強品質部位だけの、最高級ステーキ!」
まさに、ステータスの暴力。超高級なレア素材、その中でも一部しか取れないレア部位を、彼女の剣捌き、もとい包丁捌きで大胆に切り分けて、他の部分は使用しない。
現実では決して許されないだろう豪胆さ。しかしゲーム内では所詮は廃棄したところでただのデータが無に帰るだけだ。
「しかし、ランダムドロップのこの試合でこの戦略は厳しくなかった?」
「ぜんぜん! むしろ簡単だったよ! 仕入れにお金かからないもん!」
「……一応主催者として補足しておくと、簡単なのはソフィーさんだから、そこを間違えないでね」
ゴールド的には余裕が出ないが、その代わりブースを買う為のイマジンポイントが大量に集まるやり方だ。
そして、それは大会で審査ポイントを効率よく集めるやり方と等しくなる。
そんな、最高級の中の最高級部位だけを利用したソフィーの戦略。確かにこれは『攻略法』だろう。もしかすると調整を入れた方が良いのかも知れない。
しかし、あくまでそれが通用していたのは今までのみ。この大会では、それだけで勝ち上がることは不可能だ。
それを判定する為、ハルは彼女に、その効率では測れない魂の一皿の提出を求めるのであった。




