第990話 連打か一撃必殺か
「さて、多くの者は既に何皿か料理を終えて、仮審査に入るみたいだね。カゲツ」
「はいな~」
「何故まだ試合時間は残っているのに、彼らはその貴重な時間を使って審査しているのかな?」
「それはですなぁ。ここで本審査への通過が確定してしまえば、あとは残りの時間を『最高の一皿』につぎ込むことが出来るからですぅ」
「他に気を取られる必要がなくなるという訳だ」
「ですが、結局タイムロスなのは変わりません~。そこは、それぞれの戦略次第ですなぁ」
今回の試合では、制限時間中から任意で料理審査が可能で、この間に評価値を稼ぐことが出来る。
もちろん無理にやる必要はないが、基本的にはやっておいた方が得となるシステムだ。
というのも、審査の方も、そちらはそちらで時間が限られているからだった。
せっかく大量の料理を作ることに成功しても、全てを試食して貰えるとは限らない。よって量産タイプの者であるほど、事前審査を活用している。
これは、ゲーム性を増すためであるのと同時に、運営上の、試合進行における都合も含まれている。
参加者も料理も多い分、全てを審査するとなると、どうしてもテンポが犠牲になってしまうのだった。
どうしても、ただ審査員が食べているだけの画では動きがないのだ。かといって、毎回過剰なリアクションを取らせる訳にもいかない。
「事前審査を活用するのはやはり、ゲーマーの方が多いようですぅ」
「そうだね。効率というものを肌で理解している。今回もちゃっかり居るケイオスをはじめとして、収集したアイテムを最適に組み合わせ、無駄なく料理を作り続けているね」
何がどれだけあれば、どういう組み合わせでアイテムを作れるのか。
料理というよりも、普段やっている武器防具の強化チャートのような物が彼らの目には見えているに違いない。
その為に、『周回』する『狩場』を効率的に選定し、最短ルートで駆け巡る。
料理に入れば厨房の器具を余すところなく使い倒し、調理時間を無駄なく常に放ち続けた。
全ての厨房がチャージ中の時も気を抜かない。空いた時間で完成品を審査席に運び込み、小刻みにポイントを稼いでいく。
その様はまるで、一人店長が調理から接客まで、慌ただしく全て一人でこなしているかのようだった。
《うちにバイトで欲しいぃ……》
《ゲーム廃人が使えるかよ(笑)》
《そうそう。リアルではあんなに動けない》
《分かってないなぁ》
《必要なのはあの管理スキルなんだよな》
《逆にバイトなんかじゃ来てくれないだろ》
《社員としても来てくれないぞ?》
《就職したら廃プレイできないからな》
《みんな忙しそうねー》
《お店って大変なんだ》
場合によりけりだが、いかに技術が進歩しても扱う者が人間である以上、物理的限界というものがある。
人間一人が発揮できるスペックには限りがあり、だから人は人を雇うのだ。
などという思考は今は関係ない。試合の場においては、誰もが一人。
だからといって料理人プレイヤーが効率でゲーマーに劣るかといえば、決してそんなことはあり得ないようだった。
「料理人さまがたも、事前審査に次々と運んでいる方は多いようですぅ。流石の手際ですなぁ」
「そうだね。こっちは、元々のレパートリーが段違いなんだろう」
「参照できるレシピの数が多ければ、効率は更に加速しますから~」
「それに、技術の差による調理時間の短縮もある。どうしてもゲーマーは調理アシスト機能頼りの者が多く、そこがボトルネックになるものだ」
「なるほど~。それ以上の速度でおりょーり出来れば、その分だけリードできるんですなぁ」
とはいえ、技術というならゲーマーだって負けてはいない。
先述のアイテム管理スキルに加え、アクションゲームばりのアクロバティックな採取速度。現実では許されない破天荒な厨房内移動。
それらを駆使したタイムアタックは、決して埋められない調理速度による差を詰め、いや逆に追い抜いているのであった。
《厨房内で飛び跳ねるな(笑)》
《おいこの店員態度悪いぞ!》
《食品を扱っているという自覚を持てー!》
《残念だけど、これゲームなのよね》
《どんなヤンチャしても塵ひとつ入らない》
《本職だとこれは出来ないよなぁ》
《意識に刷り込まれてるからね》
《厨房は変わった。ジジイには付いていけんわい》
《これが、新時代……》
安心して欲しい。今回だけだ。こんな時代が来ることはない。
とはいえ、ほぼ同一の味の料理を現実に出力できるようになった以上、『厨房は持たず調理は全てこちらで行う』、なんて風変わりな店も出てこないとは限らない。
それが現実になれば、確かに新たな時代のスタイルの幕開けといっても良いかも知れない。ただし飛ぶ必要はない。
そんな騒がしい事前審査組とはうって変わり、ただ静かにじっくりと、キッチンに向き合うグループもまた半数ほど存在するのであった。
◇
「事前審査をまるで行わない方もいらっしゃるようですが、ハルさん、あの方々は平気なんでしょーかぁ?」
「それもまた戦略の一つだ。さっきも言ったけど、この試合では各々ただ一皿のみを選出し、その評価が最も大きな割合を占める」
「つまり、そこで勝ちさえしてしまえば、他の細々した加点など蹴散らせるということですねぇ」
「そうなるね」
暴れず騒がず、ただひたすらに真剣な表情で味見を繰り返す。スピード自慢とは真逆のそうしたスタイルも、また彼らと同じくらい存在していた。
騒がしい周囲に惑わされず、自分の料理に向き合い続ける。
そんな求道者じみた様子に、視聴者たちは憧れの視線を向ける者も多いようだ。
《かっけぇ……》
《ああなりたいもんだぜ》
《渋いなぁ》
《でもカッコイイだけでポイント捨ててない?》
《そうそう。これ大会だよ》
《優勝する気がないのはちょっと》
《一品だけで優勝できるかもだろ!》
「実際、どうなんでしょぉハルさん~? 渾身の一品のみで効率重視の方々を上回っての優勝はあり得ますかぁ?」
「率直に言えば、難しいと思う」
「あららぁ」
「事前審査が本当に無駄ならば、誰もやらないさ。加点小とはいえ、積み重なった差は現実的に覆しがたい。だから実質的な予選と見て、今から積み上げていく人が多いんだからね」
「前半で一定の順位以上に位置していれば、あとは悠々とおりょーり出来るんですなぁ」
「そういうことだね」
陣取りゲームのような試合で例えれば、ある程度のエリアを先行で奪取し、前半はそこをキープするような戦略だ。
最終的にはその範囲で一位には成れないが、事故で早期脱落する危険性はぐっと減る。
脱落者が増え『決勝』組みが出そろった時点で、温存していた力を開放し一気に勝負を決めるのだ。
「ただ、一点集中が悪手かといえば決してそんなことはない」
「とおっしゃいますとぉ?」
「今回、上位数名の料理はリアルコラボ展開されることが約束されてるからね。それは純粋に一品の味の評価で、総合ポイントは一切関係ない」
「なるほど~」
《なるほど!》
《なるほど!》
《流石はハルさんだぜ!》
《いやそれくらい分かっておけよ(笑)》
《『優勝』じゃなくて『最優秀賞』狙いってことだな》
《でもリアル展開されるのは優勝者だろ?》
《言葉のあやじゃないの?》
《いや、ここが重要な部分と見た!》
鋭い者も居る。そう、優勝者は確定でリアルコラボの候補に入ることが決まっている。
それは言外に、『最低でも何処に出しても恥ずかしくないレベルの料理を作れ』、という運営からのメッセージだ。
ゲーム効率的に小粒の料理を連打していても、ポイント計算的に決して一位には成り得ない。
ゲーマーが効率を肌で感じ取ったのと同様に、料理人の多くはそのメッセージを肌で感じ取ったようだ。なので皆、その一皿に魂を込めている。
「周囲が次々にポイントを加算しているのを見れば、焦るものだ。それに惑わされず自分の見定めた道を直進する姿には、賞賛を送りたいね」
「おやおや~? これは、優勝は一転突破型の誰かになるというメッセージかぁ~?」
「それはどうかな? なにも、己の信念に従っているのは彼らだけじゃない。ポイント重視も、また信じた戦略に向けて突き進んでいるのだから」
「はぐらかされますなぁ」
《いったい、どっちが正しいんだ!》
《ハルさんに弄ばれる~》
《ポイ捨てされる~》
《ポイ捨てしてー》
《きゃーっ!》
《やめとけ(笑)》
《主催だぞ、消されるぞ》
《ああ見えて怖い人だからな》
「いや怖くはないが……。でもまあ、発言には気をつけて」
なにせ気を付けてもらわねば後で弄られるのはハルである。
そんな背筋に走る悪寒にも対処しつつ、ハルはカゲツと実況を続けていった。
ある種、ユーザーに向けてハルの出した挑戦状でもあるこの大会。それに対する回答が、こうして様々な形で出そろって来てくれた事には嬉しく思うハルだ。
時には、ハルの想定した模範解答とは違う形の答案が最も高得点を取る場合だってあるだろう。ゲームを作る側として、ある種楽しみな部分でもあった。
まあ、その想定外が行きすぎると、もはやバグでしかない困った挙動にお目にかかることになるのだが。
だが今回はそんな想定外すら楽しめるのは間違いない。
まあ、劇物レベルに煮詰めて辛みの感覚値が限界突破した料理がその数値の高さ故最高評価を受けるような仕様が潜んでいたら、さすがにバグと断じて修正しさせてもらうが。
そもそも絶対に食べたくない。例えヴァーチャルだろうと御免なハルだった。
そんな妄想も挟みつつも、調理時間の終了がハルたちに知らされる。
果たして、どのような料理が飛び出してくることになるのだろうか? 純粋に一審査員として、心が躍る気分が隠せないハルである。




