第99話 ご存じ無いのでしょうか
「それで、どうするのかしら? 訪問の予定は取り付けていないのでしょう?」
「取ろうとしても鎖国中だし、許可出ないでしょ」
「ならば無許可で入っても問題は無いわね?」
「凄い理屈だ」
「でも、それしかないんじゃないハル君?」
ヴァーミリオンの首都、『城壁都市ヴァーミリオン』の付近へと到着したハルの分身によって、首都の様子がウィンドウモニターに中継される。
首都は、その名の通り要塞のように周囲を城壁で囲んで防御している。何より特徴的なのは、城の山側を背にしている事だ。
鎌倉のように三方向とまではいかないが、二方向が山に面しており、防衛に向いた土地を選んだことが察せられる。
「魔法、特に飛行があるから、逆効果になるのかもね。この世界では」
「そこまで浸透してないんじゃない? 私も使えないしさ!」
「自虐ネタの訓練はしてるようだねユキ」
確かに<飛行>は非常にMPの消費が激しい。現地でも同じであれば、習得者、しかも戦争に耐えるレベルまで鍛えた者は数えるほどしか居ないだろう。
「ええ、飛行魔法を修めた者は、騎士団の中でも選りすぐりの者だけです。軍単位の飛行による行軍を想定する国は無いでしょう」
「でもアイリは使えるんだよね」
「はい! 褒めてください!」
背伸びして頭を差し出してくるアイリを撫で回す。気持ちよさそうな笑顔だ。
さて、ハル達は攻め込む訳ではないのだが、そんな城壁都市に入るにあたっては難点があるのは同じだ。
防衛意識が高いという事は入国審査も厳しいだろう。正門はがっちりと閉じられ、開けてくださいと言って開けてくれる雰囲気ではない。
「商人のフリして忍び込む」
「却下。パスポートが無いよ。……そういうの用意出来ない? 保護者のセレステさん」
「出来ないんだよね。この国は私の管轄外だし」
「管轄の神様はどうしたのかしら?」
「本当だよ」
鎖国している国だ。商人のチェックも厳しかろう。専用の手形やチェックリストも完備しているに違いなかった。
「アイリちゃんの威光で」
「却下。アイリを矢面に立たせるの僕が許すはずないでしょ」
「そもそもアイリちゃん。王族を証明する物を何か持っていて?」
「ありません!」
服装は王女様にふさわしく、豪華な衣装だが、それは証明にはなるまい。今日はいつも通り、ハルとのお出かけとしての準備だけだ。しかも夏なので軽め。
それに豪華さで言えば、この集団自体が全体的に豪華なので、相対的に埋もれてしまうだろう。一番ラフな格好のユキでさえ、この世界の基準から見ればラフさに見合わない上質すぎる生地を使っている。
身の証を立てられないくせに豪華すぎて怪しい連中だった。
「じゃあさ、もう正面突破しかなくね?」
「却下……、したいところだけど、なんか面倒だからもうそれで良い気がしてきた」
「却下よ。アイリちゃんが居るもの。国際問題になるわ」
「逆に、わたくしを使って国際の場に引きずり出すという手も考えられます」
「おお、過激なお姫様だね。気に入ったよ」
「セレステに気に入られるとロクな事無いから、注意した方がいいよ」
「酷いなハル! そろそろ許してくれよ。こう見えて私も結構傷つくんだよ?」
「いや、許してはいるんだけどね。どうもキミは対応に困る部分があって……」
アイリの提案は、ハルが絶対に自分を見捨てないという信頼があってのものだ、という事が分かり嬉しいのだが、それも却下だ。
危険な目に合わせられないという事は勿論、ハルが政治に関わるのも御免こうむりたい。
「じゃあハル君どうすんのさ。空から攻め込む? あ、私<飛行>取るよ?」
「大騒ぎになっちゃうし、それは止めよう。まあ、正門を無視する事には変わりないんだけどさ。<転移>で直接街中に入るよ」
「<飛行>取っちゃったじゃん!」
「……ご愁傷様。今後役に立つさ、きっと」
「最初からそのつもりだったのでしょうに。回りくどいわハル」
「穏便に済む方法を探っていたのですよね!」
それもあるが、時間が欲しかった。それを雑談で繋いでいた訳だ。
<転移>で入ると言っても、場所は選ぶ必要がある。人通りの多い場所に直接降りる訳にはいかない。
転移、転送は、この世界の住人には使用不可能な神の力だ。突然出てきたら<飛行>以上の混乱を与えてしまうだろう。出る場所は選ばなければならない。
この都市にも神殿があった。首都には神殿が用意されているのだろう。場所としてはこの上なく適切であり、ハルはそこを選んだ。
しかし、この神殿はまだシステム的にワープが開通しておらず、スキルの<転移>で内部に乗り込まなければならない。そして<転移>するには視線が通っていなければなからなかった。
そのために、ハルは分身から目玉を飛ばしてこっそりと都内に侵入。神殿の壁に目玉を張り付かせ、周囲の魔力を侵食していった。
対抗戦の後半、ずっと理論を学習していた魔力の侵食、魔力の色の塗り替え。その実践には、壁を貫通するだけの距離でも、思った以上に手間がかかった。
黄色く塗りつぶした魔力にカナリーの視点を通し、ハルは神殿内に皆を<転移>させていった。
ちなみにユキが<飛行>を取るために無駄に課金してしまった分は、ルナと二人で密かに補填しておく事にした。
ログアウトしたら、ユキの元にニンスパ運営名義の『運営からのお詫び』が届いている事だろう。
*
いつも通りの変わらぬデザインの神殿内へと、揃って転移するハル達。魔力の侵食が通った先は、ちょうど祭壇の間だったようだ。
ここだけ見れば、どの神殿にワープしてきたか分からなくなる。
「神殿ごとにデザイン変えればよかったのに」
「無茶を言わないでくれたまえ。私達はデザインが苦手でね。これだって頑張って作ったんだよ?」
「でもセレちんさ、ダンジョンなんかは結構凝ってるじゃん。あれ作る手間考えれば誤差だと思うんだけど」
「ダンジョンは参考にした作品があってね。オリジナルとは程遠いのだよ」
「へー」
興味深い話だ。古代文明とやらだろうか。ハルはダンジョンにはあまり行った事が無いが、遺跡のような物も多いらしい。
だがセレステの神域とは違い、ダンジョンは一目でCGであると分かる作りだ。実際の遺跡を参考にしつつ、一から魔力で作成したのだろう。
「ハル君、帰りにこっちのダンジョン寄ってかない? こっちならハル君も思い切り暴れられるでしょ」
「いいよ。最近はユキとも遊んであげられなかったしね」
「やた!」
「わたくしも行っても、よろしいですか?」
「もっちろん!」
「じゃあ私も」
「おい神様」
だが、まだユーザーの攻略が開通していない地域なので、ダンジョンへは直接ワープ出来ない。
この街を見ている間に、ダンジョンへ分身を<飛行>させて行って<転移>の準備をしておくとしよう。事前の準備が、出来る男を演出するコツ。
……最近は、アルベルトに影響されすぎだろうか。どうも対抗心を燃やしてしまっている気がする。
「でもハルさん、魔力の支配権を奪ってしまって良かったのですか? 宣戦布告に等しいと、以前お聞きしましたが」
「構わないよ。だってマゼンタは既に白旗を揚げているからね。文句を言う筋合いが無い」
「挑発して真意を読んでる訳だ。これでハル君に文句を言って来たら何か裏があると」
「そうなる」
それにこの遠い異国の地、<転移>出来なければ不便でやっていられない。今後も転移門リストとして、この国の各地に黄色の魔力をバラ撒いて行こうと思うハルである。
そんな事を話しながら、ハル達は神殿の大扉を開ける。
*
神殿の扉を開けた先は、すぐに街中へ繋がっていた。アイリの国のように、神聖な場所として隔離はされていないようだ。神へ反旗を翻したのだから当然かも知れない。土地の無駄だ。
神殿の目の前には、おそらく兵舎が居を構えており、見張りの兵士が、ぎょっとした表情で驚いている。
無理も無い。誰も中には入れない建物なのだ。そこから誰かが出てきた、ホラーだろう。
彼は我に返ると、すぐに兵舎の中へと駆け込んで行った。
兵舎は、最近作られたのだろう、都市の外周を囲む城壁や、俯瞰から見て多く見られたような石造りの建築とはまったく違う様式であるようだった。
建材の石がそのまま露出したような他の物と違って、つるつるとした光沢のある質感で作られている。
──なんというか、妙に現代的だ。だけど現代的に成りきれてないってか、外見を真似しただけのようなイメージがあるな。
現代的な何かを参考に、似た物質を自分達で作成してそれを使用しているのだろうか。
これも、神の支配からの脱却を目指した結果なのかも知れない。
「どうするハル君。いきなり国家権力に見つかっちゃったけど」
「良いんだよ。だからここを選んだ部分もあるし」
「使徒である事を証明する手間が省けるわね」
ハル達が周囲を見渡すと、そこに居るのは兵士だけではなく市民も多く居るようだった。神殿の周りの草むしりをしていたようだ。地域ボランティアの集団、といった雰囲気。行政によって見放された神殿の周りを掃除しているのだろうと思われる。
老人や年配の人が多く、それに付き添っているのだろう若い娘や、更に年少の少年の姿も少しあった。
驚愕しているのは彼らも同じだが、兵士のような幽霊を見たような表情ではなく、神々しい物を見た感激の顔をしている。特に老人を中心にその反応が顕著だった。
──やっぱりこっちでも年配の方が信心深いのかな。しかし、神に歯向かってるとは言ってたけど、それは民間には浸透してないみたいだね。指導者の独断なのかな。
予想外に民衆からも注目を集めてしまい、居心地が悪いが、じっとしていても仕方ない。
老人達に質問攻めに合ったり、拝まれたりする前に移動してしまいたい。本当なら、先ほどの兵士の反応を待ちたい所ではあるが。
「うちの黄色い子が居なくて良かったって所か」
「あはは、カナちゃん羽生えちゃってるしね。もっと驚かれちゃう」
「どの道、今後はそういう使徒も増えるのでしょう? 問題無いのではなくて?」
大通りに出られそうな方向へ移動しようかと、道の先を探っていると、先ほどの兵士が上司と、彼らの部隊を連れて帰って来たようだ。
この国の兵士は制服に当たる官給の装備が無いのか、着用している鎧の種類はバラバラだった。軍人である事を表すのは、その下に着ける服装を統一する事で成しているようだ。
その統一感の無さは軍として少々見栄えが悪いが、その理由は、先頭を歩く隊長の装備から察する事が出来た。
「あの鎧、古代兵器だね」
「本当ね? 変な名前だわ」
AR表示による鑑定を皆が行い、異様さを察する。装備の防具欄に表示されたのはアベル王子の聖剣のような、馴染みの薄い言葉だった。
金属とは異なるつるりとした質感。なるほど、兵舎の外壁はこれを真似たのだろう。
ならば神への反抗の理由もそこから察しが付くというものだ。古代への回帰、自らのルーツの探求だろう。神から押し付けられた今の文化を否定したい気持ちか、とハルは推察し当たりをつける。
もう一つ、AR表示で気になる所は、姓が、つまり苗字がある事だった。
仲間とそこの話をする前に、兵士達が到着し口を開いた。
「君達か、神殿の中から出てきたというのは」
「そうだけど、何か問題? 僕らが神殿から出てくるのは普通の事でしょ」
緊張ぎみに、それでいて威圧を感じさせる態度を何とか崩さないように、先頭の隊長が話しかけて来る。こんなに大勢の兵士を連れてくる事からも、想定外の事態のようだ。
ハルは刺激しないように注意しつつも、“何も知らない一般プレイヤー”としての態度を取ることにした。この地への第一陣として、街へ観光に来ただけの人間。
「……その神殿の中へは誰も入れない。問題だろう。問おう、君達は何者か?」
「プレ、じゃなかった。使徒だよ、神の。ここの神様から聞いてないかな? 他の国では『ああ、使徒ね』って感じで分かってくれたんだけど」
「神の、使徒……」
「使徒、そんな……」
「使徒様だ」
「シト様?」
「神様のお使いの事よ」
「すげー!」
「なんと!」
「ご降臨じゃ」
「我らを見捨ててはおられなかった」
周囲で聞き耳を立てていた市民も含めて、ざわめきが広がる。
隊長は苦虫を噛み潰したような表情になる。可哀そうに、ハルも気持ちは良く分かる、これでは市井に噂が広がるのは避けられまい。
だがそれを狙って神殿から出てきたのでハルは謝らない。文句は神と首脳陣に言ってほしい。
他の国の事情は出まかせだ。ハルはまだ行った事は無い。だが、プレイヤーが神殿から出てきて活動するのは、全ての国で神託によって直属の信徒へと知らされている。
そこから為政者へ伝わり、市民へと公布される。アイリの国では、街へ出ても住民の対応は慣れたものだった。
それが周知されていないという事は、信徒と王侯貴族の間のパイプが断たれているか、王侯貴族が情報を握りつぶしているか、そのどちらかが考えられる。
「僕らこの国を見に来ただけなんだ。悪いことはしないよ、使徒は悪事を働けなくなってるからね、安心して?」
「そうそう。そんなに警戒しなくって大丈夫だって」
「そう言われて、おいそれと信用出来る訳がなかろう」
「だからさ、神様から聞いてないの?」
もちろん聞いてない事は知っていて言っている。意地が悪いが、どうか許して欲しい。
後ろの方で『使徒様は正義の使者なのだ』とか、『この国を憂いて様子を見に来て下さったのだ』とか、拡大されて伝わっているが、ただの縛りプレイの観光客である。非人道的行為禁止プレイ。
しかし、神への信仰度合いが逆に増してしまってはいないだろうか?
前にハルが何度か街へ出たときの感想は、神は常に生活と共にある者としての認識だった。今のような宗教的なイメージは感じない、ある意味日本的な信仰だ。
使徒に対するイメージも、『神様が連れてきた変な人たち』、程度だった。犯罪者とか捕まえてくれて便利だ。
それが、神を否定する事によって、ここでは逆に神秘性が増してしまっている。
街に出ると石を投げられるよりは良いが、これはこれでやり難い。そう感じるハルであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございます。
「使途」→「使徒」。これはやらないように注意していたのですが、見逃してしまいました! 急にダサくなってしまいますよね。(2022/6/9)




