第982話 ちいさな彼女、ちいさな彼
ハルはゆっくりとアイリの肌をオイルを塗りつつ撫でまわしながら、自身の体についても語っていった。
管理ユニットとしてエーテルネットと深く触れ合ううちに、ある種のバグ的にこの機能を獲得したこと。それにより、アイリ同様に幼い見た目で成長が止まったこと。
そして今は、ハルと融合するに至った彼女らもまた、巻き込む形でその仕組みに登録してしまっていること。
「だからきっと、君たちもまた、エーテルネット無くしては生きられない体になっていると予想される。ごめんね? 僕のわがままで」
「別に、いいのではなくって? ユキも特に文句ないわよね?」
「んっ、ないねー。元々私は、あっちの体には特にこだわりないし。これは、あっちの私で居る時も同じー」
「こだわり持ちなさいな。せっかく良い体しているのだから」
「どこ見て言ってるのさールナちー」
「おっぱいよ」
「言い切った!」
ありがたいことに、皆そのことについて受け入れてくれているようだが、不安や恐怖はゼロではあるまい。
そんな大切な彼女らが心から安心して過ごせるように、常に万全の体制であらんと決意するハルなのだった。
「しかし、そうするとハルさんは、エーテルネットから離れると死んでしまうのでしょうか!」
「そう単純で危なっかしい話じゃないさ。現に何度か、ネットから遮断はされているしね」
「確かに。わたくしと出会った当時のことを、思い出しますね!」
「うん。離れただけで死ぬなら、あの時僕は死んでいたことになる」
「それに、もしそんなに危なっかしい体なら、ハルは学園に通う事すら出来ないわ?」
「あー、確かルナちーのとこの学校、ネットが通ってないんだっけ?」
「まったく不便極まりない環境ね」
ハルとルナの通う学園は、校内がエーテルネットを遮断した環境にある。
まあハルはその中からも裏技的にネットに接続出来たりもしているのだが、基本は完全にオフラインの環境だ。
厳重な気密扉じみた校舎の扉でエーテルの満ちる外気を遮断し内外を完全に隔て、前時代の環境を無理矢理再現していた。
内部はある種の聖域となり、お金持ちの子の多い学生は、不純物の入らぬ環境で培養される。
ハルにとっては窮屈な箱庭だ。まあ、そんな箱庭に通えている時点で、そこまで厳格なルールではないのは分かるだろう。
とはいえ今は自分だけの問題ではない。なるべく、オフラインにはしないようにと思っているハルだった。
「ではそのルール、わたくしの体のものとどっちが優先でしょうか?」
「そうね? 確かに気になるわ? 確かめるには、いい方法があるわよアイリちゃん」
「ほう! それはいったい、どういった方法なのでしょうかルナさん!」
「簡単よ。ハルに頼んで、大きく育ててもらえばいいのよ。その可愛らしい、おっぱいを!」
「なんと!」
「ここはせめて身長とか言わない?」
まあ、言っている内容はもっともだ。ハルがアイリを強引に成長させることが出来れば、その呪いのような成長停止から抜け出せるということになる。
それが胸でもなんでも、アイリの気が晴れるなら施術については構わないとハルは思う。
ルナが胸などと言ったのも、ただ彼女がえっちだからという訳ではなく、身長だとアイリに性格面でも成長を強要していると感じさせてしまう恐れがある故の気遣いだろう。
そのはずである。きっとそうなのである。優しいルナだ。だから『これで夢のロリ巨乳が誕生ね』、などという呟きは聞かなかったことにしたいハルなのである。
「しかしわたくし、大きなお胸なんて似合うでしょうか? 不安ですー」
「慣れれば気持ちいいものよ? 自分が、愛する人の好みの体に変えられて行っているという感覚は」
「おお! なんというか、怪しく甘美な、響きなのです!」
「まるで僕がルナの体を好き放題に弄っているような誤解を招く言い方だ……」
「あら? このまるまると立派に育ったお尻の山は、誰が育てたのだったかしら?」
「それはルナの方からどっか弄れと……」
「あはは。ハル君たじたじだ」
実際、ルナに言われたからとはいえ自分の好みに合わせて彼女の体形を調整してしまったのは事実なハルだった。言い訳にも力が入らない。
がばり、とまた起き上がって自分の胸をぺたぺたとしているアイリに、話をごまかすように水着を着せ直してやる。
とりあえず今は、それ以上追及しないでいてくれるらしいルナだった。
ハルはため息をひとつ吐きつつも、今度はそのルナに対してオイルを塗るその手を伸ばす。
「ふおおお……、人が塗られているところを見ると、なんだかドキドキしちゃうものですね……」
「これがハル君の育てたお尻なんだね。確かにルナちー、最近太ったと思ったんだ」
「……もう。だから私は、ちょっと嫌だったのよ。以前のスカートが入らなくなっていたわ?」
「男の子との趣味の差ってやつだねー」
実にいたたまれないハルである。男性的な欲望丸出しで、女の子に文句を言われる。そんなシチュエーションに自分も陥るとは思っていなかった。
とはいえルナも、そんな自分の体に関する危険な選択をハルに任せ、ハルを信頼しそれを受け入れることで、愛情を示そうとしてくれている。
その喜びに比べれば、こうして多少の愚痴を言われることなど何のことはないだろう。
「……確か、始めたのは去年の夏だったね。あの時も水着で、神界のプールで」
「……そうね。思い出すわね」
「わお。二人だけのひみつの会話だ」
「ロマンチックですー……」
「ロマンチック、なのかな? その時は確か、おなかをつまんで怒られたよね」
「ひゃうっ! ……もう、だから止めなさいと言ったでしょうに」
「おお。ルナちーがやり込められてる。レアだ、レア」
「わたくし、実は知っているのです! ルナさんは、実際にハルさんといちゃいちゃすると、案外されるがままなのです!」
アイリの言う通り、結構そういうところがあるルナだ。今回も、オイルを塗るハルの手が触れた途端に、ハルを弄る普段の攻勢は鳴りを潜めた。
この辺りは、アイリの方が逆に積極的になったりもする。分からないものだ。
「よし行けハル君! この隙に、ルナちーをトロットロにして動けなくしちゃるのだ!」
「……ユキ、あなた私に恨みでもあるのかしら」
「ある! いつも私はルナちーにやり込められている!」
「あら? ならこの機会にユキが自分で復讐なさいな? 今なら私、手も足も出ないかも知れないわ?」
「うわあ。これ絶対ユキが触ろうとしたら逆に引きずり込もうとしてるよ」
「捕食者の目! なのです!」
せっかく大人しくしてくれているのだ、これ以上ルナがやる気になって、その矛先がハルに向いてもかなわない。
ハルはオイルを塗る手で、起き上がりかけたルナの体をなだめつつ、話題の方もまた逸らすこととした。
「じゃあルナも仕返しに僕の体をなにか弄ってみる? あまりに性能に影響が出そうな変更は、避けてもらえると助かるけどね」
「おお! 互いに、いじりっこなのですね!」
「マニアックなプレイじゃなぁ」
「二人とも言い方もうちょっと何とかならない?」
ロマンチックさが皆無だがアイリはそれでいいのだろうか? なんだか、よくないことを提案している気になってきたハルだ。
だからという訳ではないようだが、ルナはそのハルの提案を断った。特に、ハルの身に対し何かを要求する気はないようだ。
「いいわよ、それは別に。そもそも、今のハルがもう、私のわがままを叶えてもらった結果でもあるのですもの」
「ほう!」
「それはいったい、どういうことなのでしょうか!」
ロマンスやエロスを期待して、アイリとユキが寝そべるルナへと距離を詰めて来る。
その勢いにやや押されつつも、ルナは渋々と口を開いた。その内容は、先ほどのハルの体の秘密とも関わる事。
「……これは、私とハルが初めて会って間もない時の話ね。当時のハルは、まだ今と比べて小さな体だったわ」
◇
それは、ハルがルナの家に引き取られて行った当時の話。
研究所のあった山中の施設が、自然の中で療養する為の病院施設へと姿を変えた後もずっと、ハルはその内部にただ潜み続けた。
別に何をするわけでもなく、ひたすらに己の存在を維持し続けるだけの日々。それは『生きている』というよりも、『機能している』と言った方が正しいとハルは己の状態を自虐する。
「大人しくて素直な、とっても良い子のハルだったのだけど、人間社会に交じって暮らすには少々問題があったわ?」
「ハルさんに、問題ですか?」
「女の子と見れば、ナチュラルにえっちなことをし出す非常識さが抜けなかったとか?」
「ええ。手を焼いたものだわ? 私やお母さま、当時の使用人もハルの毒牙に……」
「……僕が成長しなかったことね。ちょうど、アイリのような感じだね」
「年齢もアイリちゃんくらいだったかしら?」
さらっと、何事もなかったかのように話を戻すルナだった。勘弁して欲しい。
「そういえば、ハルさんはわたくしよりもずっと長く、小さな体で過ごしたのでしたね!」
「うん。みんなで見に行ったでしょ? あの山奥の研究所跡地。あそこで百年、何もせず隠れ続けてたところをルナに見つかっちゃった」
「運命の出会いですねー……」
確かに、運命の出会いだ。あの時から、止まっていたハルの時間は動き出したと言っていい。
ルナに連れられ、月乃に保護され、彼女らから現代の常識の教育を受け、そして、肉体も成長させて、今のハルがあるというのがこれまでの出来事。
「だから私からは、これ以上ハルになにかを望むことなんてないわね」
「それでルナちーは、お礼に自らの体をハル君に差し出したのか」
「けなげですー……」
「……そうよ。まったく、反撃のチャンスだからと生意気なユキね? あなたもハルに体を弄られてしまいなさいな」
「そう言われても、どこ弄ろ……?」
「くっ、ユキはモデル体形だからと、本当に生意気なんだから」
「別に、私なにも言っとらんが……」
すらりと高身長なユキ。小さくて可愛らしいアイリ。そんな二人と比べて、自分は強みに欠けるのではないか、そう悩むところもあったらしいルナなのだった。
ハルの好みに体を弄ってくれという依頼も、そうした焦りから来ている部分もあるのだと思う。
何もしなくても体形を維持できている二人と違って、唯一体形維持に苦心しているのもルナだけの悩みである。最近は、ハル任せでそこは安心。
そんなルナの身体にオイルを伸ばしつつ、ハルは久々に自分の体について考える。
大して気にしたこともなかったが、確かにこの成長停止はアイリの例と酷似していた。きっとただの偶然なのだろうが、なにか共通点があったりするのだろうか?
いや、恐らく考えすぎだろう。それこそ、ハルとアイリでは世界が違う。ハルはエーテル所以、管理者の身であるがゆえ。アイリはきっと魔力が原因。
とりあえず、今はそんな答えの出ない問いよりも、ルナに満足してもらうオイル塗りイベントを完遂するのが今のハルの任務であるのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




