第980話 終わらぬ黄昏、艶めく柔肌
「エビ、カニ、ホタテ。他にも魚がいろいろと。どんなものが出てくるかと思えば、地球のものと海産物は大差ないのね?」
「だってこれは地球からの輸入品だからね♪」
「……あなたね」
「しかたないんだぞ。お客様に、間違っても妙な物をお出しする訳にはいかないんだからね♪」
「まあ、それは分かるけど。それでも現地の物が出ないというのは拍子抜けねぇ」
仕方がないことだ。マリンブルーも、出来る事なら現地の海で獲れた魚介を使いたかったことだろう。
それをしないということは、何かしらの問題があるということだ。そもそも魚が獲れないか、獲れても食用に適した物が居ないか。
ここで『現地の物で揃えました!』と張り切ってみても、それがどれも美味しくなかったら、それはそれで。気持ちは嬉しいがテンションがダダ下がるのは避けられないだろう。
その代わりに今ここで金網の上に焼かれている物は、どれも味の保証された一級品ばかり。
どうせなら、美味しい方が良い。ハルはこの選択をしてくれたマリンブルーに感謝するのだった。
「とってもおいしいです! 海の物は、普段はあまり食べませんからね。新鮮な気分です」
「良かったわアイリちゃん。日本は海に囲まれているから、昔から魚介類の料理は多くあるのよ?」
「こんど一緒に、食べに行きましょー。高いお寿司屋さんとか、高いレストランとかー。ハルさんのお金でー」
「はい! お金は、えへへへ……、お世話になるしかないですが……」
「いいよ。気にしなくて。前回の収益もあるからね」
普段特に金銭の使い道を持たないハルだ。前回ローズとして得た広告費や視聴者からの支援。それらを合わせると、ゲームにつぎ込んだ課金額を上回っていた。
持っていても仕方ないので月乃に渡そうと思ったが、断られてしまった。
仕方ないので投じた費用部分だけは返して、残りはカナリーの言うように皆の食事代にでも使うとしよう。
「かなりの額を稼いじゃったからね。どれだけ高級な食事をしたとして、きっと使い切れないだろうから」
「そんでもさ? 中には馬鹿高い、それこそ一食何千万とするとこもあるんしょ?」
「……まあ、無くはないけど。とはいえそれはもう食事とは全く別の部分の料金だよ。そうした所に、行ったりはしないさ」
「そか。よかた、よかた。そんなとこ行ったら緊張でどーにかなっちゃうだろうからね、“あっち”の私は」
最近は、食事の時は『体のユキ』で食べてくれるようにしているユキだ。大人しいあちらの彼女では、無駄に格式ばった場所での食事はきつかろう。
「メイドちゃんたちも食べるんですよー。ほらー、カニなんか見てのとおり足がいっぱいありますからねー」
「わたくしは、このエビを食べるのです! がぶっと一気に、行っちゃいます!」
「エビは茹でた方が好きだなー」
「あら、意外ね? ユキもこんなロブスターのような大きなエビを食べなれていて?」
「うんたまに。確かに普段はあんま食事はしないけどさ? 私だって普通にごはん食べるときくらいはあるんだぜルナちー?」
「そうね? ごめんなさいな?」
まあ、ルナが言っているのはユキが普通の食事をしていることその物ではなく、意外と高級品を食べなれていることだろう。
こう見えてユキは、無自覚にセレブスタイルだ。ぽんと家一軒を買ってしまうだけはある。
とはいえそれも、選んで高い物を買っているというよりも、金銭に頓着がなく相場も知らないだけなのだが。
ユキはログアウトすると途端に大人しくなってしまうのは知っての通り。そうなった状態で外出すると、入る店も限られてくる。
なるべく表通りに面した平和な店で、中でも人の少ない落ち着いた店。
その条件となると、自然と高級店が増えてくるのも分かろうというもの。しかも普通に支払えてしまうので、ユキが相場観を身に着ける機会はついぞなかった。
「……少し見てみたい気もする。ユキがおどおどしながら、食事できる店を探して、言われるままに高級なメニューを食べてるとこ」
「きっとすごく、かわいいのです!」
「確かにね? ユキは見た目だけなら、髪も長くて清楚な良家のお嬢様ですものね? ハル? 街頭監視モニターをハッキングなさい。その時のユキを探し出すのよ」
「やーめーれーー」
まあ、やろうと思えば出来なくはない。ここ数年の出来事ならば、データもまだ廃棄されずに残っている可能性は高い。
ハルはそれを断固阻止せんと、照れ隠しに殴り掛かってくるユキのパンチを回避しつつ、自分も海鮮バーベキューの味を楽しんでいく。
その味は、高級品であるなしに関わらず最高の味わいだった。きっと、こうして皆で居るからだろう。
*
そうして食事も終わり、おなかも満ちた皆で落ち着いて腰を下ろす。
空を見上げれば、深い藍色の空に遠く朱が混じっている。沈み切らない太陽がいつまでも、水平線に沿って平行移動しつつ残業に励んでいた。
「……夜にはならんの? あ、わかった。白夜ってやつだ」
「ならんぞ♪ まだ昼だからね、あれは単にちょっと派手に傾いちゃっただけなのでした♪」
「思い切りが良すぎる太陽だこと……」
「恐らく、この後また昇ってくるんでしょうねー」
少々理解に苦しむ。しかしこれが、今のこの星での平常運転なのだった。
昼夜はめちゃくちゃ、気候もめちゃくちゃ。そんな中では人間は元より、動植物もどれだけ生き残っているか定かではない。
いずれ全ての土地を開拓しきったとて、この星が元通りになることは望めないだろう。
とはいえ、今はそんな風に空の様子に合わせて黄昏れている時ではない。バカンス中なのだ。それにきっと陽はまた昇る、すぐに物理的に。
「さて? それじゃあまた太陽が出てくる前に」
「オイル塗りイベント、ですね!」
「まあ、もう覚悟は決めたよ……」
「あはは。ハル君がんば。私は遠慮しておくよ。助かったね一人分」
「なにを言っているのかしらユキ。あなたもやりなさいな?」
「そうです! ユキさんもハルさんに、ぬりぬりされるのです!」
「いいい嫌だって! ただでさえ触るん恥ずかしいのに、じっくりぬりぬりされたら死ぬ! 死んでしまう!」
「逝ってしまうのね? かわいいユキね」
「ルナちーねっとりと言うのやめれー! なんかやらしい! 私がやらしいみたいじゃん!」
その大きな胸を覆い隠し、体を丸めて縮こまるユキだ。
本人は気付いていないようだが、そうすることで胸が余計に強調され、涙目で威嚇するような態度もかえって嗜虐心を煽りたてる結果となってしまっている。
普段はルナに混じってえっちな話題で盛り上がるユキなのだが、ログイン中は肉体の方と比べて、体の接触が敏感になってしまっている。
オイル塗りは酷だろう。ルナがいじわるに追い詰めるも、断固拒否の構え。ユキに行うのは難しそうだ。
「……仕方がないわね。今度、体のユキの方でやるとしましょう」
「ですね! その時はみんなで、もみくちゃです!」
「あっちはあっちで、嫌だろうなぁ私……」
あちらは接触はオーケーになりがちだが、恥ずかしがりにもなりがちだ。どちらのユキにせよ、オイルイベントは不向きのようだった。
「じゃあ、今回は私たちだけで楽しみましょうかアイリちゃん」
「はい! さっそく、脱ぐのです!」
「……それもまた、はしたないわよ? もっとこう、じれったい程にゆっくりと、あくまで基本は隠しつつ脱がなくっちゃ」
「むむむ……! 奥が深いのですね、勉強になります……!」
「そんな勉強はあまりしなくていいからね、アイリ」
実に元気よく、すぽん、と水着の上を脱ぎ去るアイリ。その小さな胸がハルの前に丸見えになるところを、ルナが慌てて隠していた。
そんなアイリは、いつの間にかメイドさんが用意したシートに横になると、胸を下にしてぴったりと隠して一安心だ。
ルナもそれに続いて同じように横たわると、その状態でゆっくりと、見せつけるように水着を外していった。
「おおっ! そうやるのですね! ……しかしわたくし、おっぱいが小さいので、ルナさんのようにつぶれません。残念ですー」
「平気よ? ハルはお尻が好きだもの。しかしそうね? やっぱり、ユキのその馬鹿でかいおっぱいが潰れるところが見たいわね?」
「だからやらんてルナちー。しかし、そだねぇ。ハル君がその光景にどんな反応示すか、気にはなるかもっ」
「でしょう?」
「あまり調子に乗るなユキ。塗るぞ?」
「うひゃ。勘弁ねーハル君ー」
バックステップで慌てて二、三歩距離を取ると、ハルが離れられないと知ってそこからニヤニヤと余裕の表情で眺めてくる。
……厄介なことだ。ハルは確かに、どうあろうともうこの場から逃げられない
視線の下ではアイリが既に、輝かんばかりの瞳でわくわくとオイル塗りを待ち焦がれているのであった。
見れば、寝ころんだ状態で、残った水着にも手を掛けると、それすらも脱ぎ去ろうとしていた。
「むむっ。下は、どうすればいいのでしょうルナさん! この体勢では、うまく脱げそうにありません。きっとせくしーさとは、程遠いです!」
「慌てないでアイリちゃん? 下は、ハルに脱がせてもらうのよ?」
「おお!!」
「……脱がさないからね? ……履いたままでも大丈夫でしょ、そっちは」
「なるほど? 水着の中に手を突っ込んで、まさぐるように塗り込みたいのね? マニアックなハルね? いやらしい。でも気に入ったわ?」
「塗らなくても大丈夫でしょって言ってるんだけど!?」
いやらしいのはルナである。巻き込まないでいただきたい。つい叫ぶがごとく勢いのツッコミが出てしまうハルだった。
「まあいいわ? まずは、アイリちゃんからやってあげなさいな」
「分身しなくていいの? ここまで来たら、やるけど」
「構わないわ? 一人ずつやることで、倍の時間あなたを恥ずかしがらせることが出来るしね?」
「流石はルナさんなのです。策士です」
「それに、私も同時にやられていたら、アイリちゃんが辱められる様をゆっくり堪能できないじゃない?」
「!! わたくし、辱められちゃいますか!」
「ないからね? ほら、じっとしてアイリ」
ハルはため息をつきながら、じたばたと落ち着きのないアイリを抑えてポーズを落ち着かせると、手のひらに特性の日焼け止めを取り出してゆく。
これは、成分のほぼ全てがエーテルで作られた、全環境適応型。
この異星の海に溶けて流れても、時間が経てば自己分解し汚染もしない優れものだ。
「……考えたんだけど。この中身を弄って、垂らしただけで自動で全身に広がるシステムにすれば便利そうじゃない?」
「すごいですー! 以前、髪の毛を染めた時のあれですね! ……しかし、それでは、塗ることができなくなってしまいます!」
「やらせないわよ? カナリー? ハルのエーテル制御能力を抑え込みなさいな。あなたなら出来るんじゃない?」
「むむむ。スペック的には可能かもですがー、私の練度では厳しそうですねー。まあー、そんなことしたら塗った後で私が洗い流しちゃいましょうねー」
「……分かったよ。確かに往生際が悪かった」
しかし、ここまで恥ずかしいとは予想外だった。彼女らの肌そのものは見慣れており、それに触れることだっていくらでもあったというのに。
これは周囲の目が、好奇心旺盛に全方向からハルに突き刺さっているからだろうか。アイリたちはよく、気にならないものである。
「うひゃあっ! ふおおおおおお! こ、これは、思ったよりもなんというか、“くる”ものですね!」
ハルが意を決してアイリの背中に手を伸ばすと、その手とオイルの感触にアイリの体が海老ぞりに大げさにのけぞった。
その拍子に胸が見えてしまうこともお構いなし。むしろハルが構う。触れないようにやんわりと、大人しくするよう上から抑えた。
「えへへへへ。すみません。思ったよりもくすぐったくって!」
「ごめんね、我慢して。すぐ終わらせるから」
「だめよ。じっくりねっとり、やりなさい。アイリちゃんもたまに大げさに暴れてハルを困らせなさい。ハルはもっと事故を装って、胸に触ったりしなさい」
「ルナ、頼むから大人しくていて……」
そうして前途多難なオイル塗りイベントが、スタートしてしまったのである。
※誤字修正を行いました。




