第978話 渚の魔物、ここにあり
謎の生物への懸念はあれど、今のハルにとってはそれどころではない。
女の子たちの着替えが終わり、その彼女たちと対峙しなくてはならないのだから。
そんな少女たちが続々と到着すると、その中からアイリがイの一番に飛び出してきて、ハルの方へと飛びついてきた。
「ハルさーん! とうっ、わぷっ! えへへへへ、どうでしょうか!」
「おおっと。うん、かわいいよアイリ。はしゃいでいるね、気を付けて」
「はい! モンスターが、出るのでしたね! だいじょうぶです、わたくしの魔法で、やっつけちゃいます!」
「まあ、正確にはただの動物だろうけどね」
今回は、上下ともフリルたっぷりの可愛らしい水着に身を包んだアイリをハルは抱きとめる。何時もの服装から、布地面積だけを減らしたような印象も受ける。
レースでセクシーさをアピールしていた前回と比べると、子供っぽさを際立させた水着であった。
そんな小さなアイリだが、その戦闘力は計り知れない。本気になればこの一帯を焼き払うことなど造作もない彼女の魔力は、原生生物程度では相手にならないだろう。
「どんな相手でもどんとこい、です! しゅっ! しゅっ!」
「あはは。今はパワードスーツじゃないんだから、油断しないようにね」
「そうでした!」
かわいらしく短い腕でシャドーボクシングのポーズを取るアイリ。
彼女はそうして、かつてもこうしたゲーム外のエリアにて戦闘を行ったことがある。
その時はハルの作った戦闘力増強スーツ、通称『うちゅうふく』を着ていたので、残念ながら今のアイリではそこまでの力は発揮できないだろう。
とはいえそんなアイリを含め、野生動物程度に遅れを取る面子はこの中にはあまり居なさそうだった。
とはいえそれは、魔力で出来たキャラクターボディにおいての話。
「私が一番弱いかしらね? ユキも、体のユキで来れば良かったのに」
「えー。だってさぁルナちーさぁ。せっかく魔力あるトコなんだから、キャラで来たいじゃん。思いっきり泳げないし……」
「少しは太陽の光に当たりなさいな。健康に悪いわよ?」
「……ポッドに入ってれば、健康は万全なんだが。どーせルナちーはそんなこと言って、私を日焼けさせようとしてるんだ!」
「あら? バレていたのね? 水着の日焼けあとを指でなぞらせなさい」
「ヤだよ……」
黒いセクシーな水着のルナと、黄色いシンプルなビキニのユキもアイリに続いてこちらに来たようだ。ルナは本体だが、ユキは体をお屋敷に置いてログインしたまま。
肉体では感覚の薄いユキだ、この姿の方が、全身でバカンスを満喫できるという思いもあるのだろう。ハルとしては何も言わない。
まあ、水着の形に日焼けしたユキの体というものに興味がないかと言えば決してまったくそんな事はないのだが。
「ハルは日焼け止めをちゃんと塗るのよ? その綺麗な白い肌を焼いたあなたなんて見たくはないわ?」
「チャラハル君だ。街で女の子口説いてそう」
「口説かんが……」
「なるほど……、女の子を引っ掛ける為なら、いいとしましょうか……」
「……なに言ってるのさルナ。そもそも僕は、日焼けしないからなにかを塗る必要なんかないよ」
「そうなのですか!?」
「うん。僕は全ての状態異常を無効化できるからね」
「すごいですー!」
ついゲーム風に語ってしまうハルたちだが、実際のところそう間違っていない。
体にとって、体細胞にとって有害な変化をエーテル技術で完璧に無効化できるハルだ。病気無効、毒物無効、日焼けも無効。
なので見かたによっては病的に白くも見えるハルの肌だが、実際は誰よりも健康に維持されていた。
「わたくしも、ハルさんのように出来るでしょうか!」
「もちろん。アイリも僕と繋がってるからね。おんなじように処理しているよ」
「ふおおおおお! た、確かに、繋がっちゃってましたか! それなら安心です!」
「あら駄目よアイリちゃん? そんな無粋なシステムは、今日は切ってもらわなくっちゃ。私たちにはこれから、ハルに日焼け止めを塗ってもらうという重要なイベントがあるわ?」
「!! あの、伝説の!」
「……どの伝説?」
きっとなにかのゲームなんだと思う。確かに、そういうシチュエーションは鉄板ものだろう。
ルナははわざとらしく水着の紐を(一本ではなく網目状に組まれたセクシーなものだ)、指で引っ張って伸ばしながらハルへとアピールしてくる。
実際にこの後、体に塗らせようとしているのだろう。
まあ別に構わない。ハルとしても、そういったイベントには興味があった。
ハルはあまり肌にダメージが残らない程度に彼女らのエーテル処理を弱めつつ、多少は日焼けを肌へと通すことにした。
「ほら、ユキも焼きなさいな」
「いや私は焼けんから。いや待てよ? キャラクリ弄れば、一足先に日焼けぼでーに早変わり出来るはず」
「あっ、ズルいわよユキ!?」
「わたくしも! わたくしもやりたいです!」
「いやそんなこと言われても……」
メニューを取り出し、自分の体のキャラクター設定を弄るユキ。
そこには肌の色の編集もあって、ユキの体が徐々に小麦色に変色していく。途中で行きすぎて顔まで真っ黒になった彼女を皆で笑ったりしつつも、なんとか良い感じの日焼け色に落ち着いたようだ。
活発なユキに、健康的な小麦色がよく似あっている。
「うん。似合う似合う。アウトドア大好きな女の子って感じ出てるよ」
「はい! 元気なユキさんにぴったりです!」
「いや、私はインドア派なんだが。ゲームは、インドア」
「そんなことよりユキ。ヒモのラインまで焼けてるわ? やりなおし」
「えー、そんな細かい設定めんどくさ。あと引っ張らないでよールナちー」
「まぁっ……」
ルナがユキのビキニの肩紐を大胆に引っ張ると、その下もまんべんなく日焼けして変色していた。
引っ張り過ぎて胸が今にも見えそうになっているが、その下も同様である。アイリの視線も釘付けだ。
まあ、一括して肌色を変更しただけなので当然といえば当然か。一部だけ日焼けのクリエイトも出来るは出来るが、そちらは詳細設定の細かい方でありユキは面倒くさがっているようだ。
この体は、肉体の方のユキと基本的には変わらない。性質的にはずぼらで大雑把に分類されるユキとしては、そこまでこだわる物でもないのだろう。あと恥ずかしそうだ。
「できますよー。やってあげましょうかー」
「カナちゃん!? 余計なこと言わないのー」
「ええ。やっておしまいなさいカナリー。出来れば水着の面積より一回り大きく、微妙に隠せないラインで白くするとなお良いわ?」
「はいはーい」
「よくないよーカナりん! うわもうやってるし! うえぇ。マジで隠せん……」
的確なカナリーの仕事に、ルナもご満悦だ。ユキの体の日焼けあとは、彼女の水着の位置や大きさから微妙にズレた位置にあり、同一ラインに置いて隠すことを封じている。
そのためハルたちからは、水着の下にアクセントのようにもう一段階、白い肌の輝きが見えるという演出となっているのだった。
「なんということを……、おのれカナちゃん。水着もなんかピンクだし。黄色はどうした」
「いえそろそろー、私も自分の『色』に縛られる必要もないのかと思いましてー」
「ぐぬぬ。なんか反論しにくい理屈を……」
「黄色はユキさんが着てくれているからいいじゃないですかー。バランスです、バランスー」
カナリーの水着は、ワンピースタイプの薄いピンクの物だ。小柄だが胸はそこそこ主張しているカナリーが着ると、可愛いとセクシーの中間といったところ。
本人は良く分からないから適当に選んだと言っているが、それでもよく似合っている。まあ、元が可愛いので何を着ても似合いそうだが。
そんな女の子たちに続いて、メイドさんたちも続々と登場してくる。
そうしてハルたちの、遅めのバカンスが幕を開けるのであった。
*
「君たちも、よく似合っているよ。新調したんだね、メイド水着」
「はい。旦那様」「新たに仕立てて頂きました」「お褒めにあずかり光栄です」
メイドさんたちの水着は、相変わらずメイド服をイメージしたメイド水着。そんな特殊な水着を身に着けたメイドさんたちがズラリと十二人。壮観である。
彼女らはここ未開のビーチサイドにおいても、主人であるアイリ他ハルたち家族の面倒を見てくれる気満々のようで、お世話のオーラが燃えていた。
ハルとしては、ここではハルたちと一緒に休んでくれたらいいと思ってはいるのだが、メイドさんたちの決意は固く、崩すのには難儀しそうであった。
「人間組は揃ったわね? まったく。ハルも一緒に、着替えればよかったのに」
「いや遠慮させて欲しい。去年は酷い目にあったからね」
「また見たかったわ? 裸のメイドさんに囲まれてあたふたするあなたを」
「だから遠慮した!」
あの、どこを見ても肌色の楽園は、男として嬉しくもあるがそれ以上に恥ずかしさが上回るハルであった。『目のやり場がない』、とはまさにあのこと。
当時はメイドさんも、『見苦しい物を見せた』、という気持ちの方が強かったが、最近はもはやそんな事はない。
むしろ裸を見せればハルをからかえる、という悪戯ごころが芽生えてしまったのか、チャンスがあらば体をみせようと機を窺っているくらいだ。不意打ちが実に上手い。
そんな魔境の地に自ら飛び込むような愚をハルが犯すはずもなく、さっさと自分だけ衣装チェンジし一人でこの場に<転移>して来ていたのである
「今日は自然のままを感じられるように、環境固定装置の類は切ってある。なのでその影響で、不調をきたす子も出てくるかも知れない。その時は遠慮せず言うように」
「ハル? なんだか熱っぽいわ? 介抱してくれるかしら。ひとまず衣服をゆるめた方が良いと思うの?」
「ゆるめる服着てないでしょルナ。あと熱っぽいのは何時ものことだから大丈夫」
「あら? 実際に水着がキツいのよ? 見てこのヒモ。お肉が食い込んでいるでしょう?」
「見せつけてこないのー。はしたない」
平常運転、いや夏の海で解放感を増したルナが早くもにじり寄ってくる。危険性物だ。十分に注意せねばならない。
とはいえ、そんな彼女をはじめメイドさんたちもまた生身。当然、パワードメイドスーツも今日はお休みだ。
肌を曝した彼女たちが、未知の毒虫にでも刺されては大事だ。ハルはあまり美少女の水着に浮かれてばかりおらずに、その辺をしっかり監視せねばならない。
本当なら、環境固定装置も解除したくはなかったのだが、それはやはり過保護が過ぎるというものか。
「でもさでもさ。やっぱちょっぴりこわいよね。地球でも、管理されてないヘンなトコには行くなーっていつも言われてるのに。なのに異世界だし……」
「あら? ユキは怖がりなのね? かわいいわ?」
「茶化さないのルナちーー。私は良いんだよ、魔法のぼでーだし。ルナちーは、気を付けよう!」
「そうね。ただ、私としてはどんな妙な生物が居るか、見てみたい気もするわ?」
「わたくしは、虫とかは遠慮したいところです!」
ルナは好奇心旺盛に、というよりもずいぶんと探求心に駆られているようだ。
地球から見れば新種だらけの異世界の、更に人の手が入らぬ未開の地、そこには、商売に役立つ情報がゴロゴロ転がっていると思ってしまうのは自然なこと。
「ハルは知っているのかしら? どんなヘンテコ生物が居るかって」
「いいや? 特に調べていないね。周囲の警戒はしているけど、今のところそういった影もないようだ」
「つまらないわねぇ? そして不勉強ねハル。宝の山かも知れないのよ? もっと熱心に調べてもいいのでなくて?」
「調べては、いらっしゃらないのですか? わたくし勝手に、ハルさんは何でも知っているものかと!」
「まあ確かに、調べようと思えばいくらでも詳細に調べられるんだろうけどさ」
支配地のシールドの外は、カナリーたちが『邪神』と呼ぶ神様たちが点在している。
そんな彼らも今は神界ネットを通じて自由に連絡が取れる状況となっており、友好的だ。今回支配エリアを広げることが出来たのもそうした関係性があってのこと。
原生生物について詳しい者も居るだろう。聞けば、データを流してくれる者だって多いとはハルも思っている。
「ただまあ、マリンブルーが『安全だ』と言って招待してくれた場所だしね。あまり警戒し過ぎるのも、あの子に失礼だし」
「まあ、神様が本気出せば一匹たりとも残してないよね。そこは安心だ。よかた、よかた」
「虫は絶滅させてしまうのです!」
「おおう、アイリちゃん過激……」
まあ、さすがにそれは環境に与える悪影響が大きすぎるだろう。ハルも虫は好きではないので、気持ちは分かるが。
ともかく、ここは過剰に心配することなど止めて、ハルと水着の美少女たちは、思い思いに海遊びの計画を立てていくのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




